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 教育実習生が実習期間を終えて帰っていくと、貴族学校の一年間の中でも大きなイベントがやってくる。


 本格的な夏が来る前に「貴族学校体育祭」が行われるのだ。


 体育祭は「令息科」「令嬢科」といった学科ごとではなく、それらがごちゃ混ぜになって大きく「(くれない)組」と「純白組」の二チームに分かれる。

 貴族ともなると色の名前も豪華だ。「赤組」「白組」でよくない? とちょっと思ってしまう。


 体育祭を二週間後に控えた今日、組み分けが発表された。私たち令嬢科C組はみんな純白組に振り分けられたようだ。


「騎士科A組、騎士科A組……やったー! ロハリー、先輩も純白組だ!」

「へえ。良かったね」

「うん!」


 配られたプリントを教室で確認していた私は、二分の一の可能性に勝利して喜びの声を上げた。これで堂々と先輩を応援できる。

 続いて自分が出場するプログラムを確認した。


「私たちは午後に一年生女子競技の『狩り』に出ればいいんだよね」

「新入生はもう一つあるよ」


 私の席の横に立っているロハリーが、私のプリントを覗き込んだ。プログラムの最初の項目を指でとんとんと示す。


「新入生合同発表の『舞踏』。これだけは競技じゃなくて、体育祭開幕のショーみたいな扱いなんだけと、競技より厄介」


 ロハリーはまるで顔に「気が重い」と書いてあるようだ。


 私が首を傾げたとき、担任のブラウン先生が教室に入ってきた。体育館に集まるように指示を出され、みんな移動を始める。


 今日から体育祭まで部活動はお休みになり、放課後は体育祭の練習や準備を行うのだ。


「体育祭は貴族の親たちがこぞって見に来るし、『舞踏』は由緒正しき伝統行事だから、ここで失敗すると駄々下がりなの――貴族としての評判が」


 体育館への道すがら、ロハリーの説明を聞く。


 一年生は学科を問わず全員参加するため、体育館に続く廊下も混んでいてなかなか進まない。心なしか他の生徒たちも気が重そうだ。


「『舞踏』でのダンスミスは家の恥にもなるし、卒業後も『あいつはダンスが下手』って扱いになるから貴族はみんな戦々恐々。私の姉が五年前の『舞踏』で相手の足を踏んだけど、いまだに夜会でダンスの相手が足元をちらちら気にしてくるらしい」


 やっと体育館に足を踏み入れると、おおざっぱに右側に女子、左側に男子が集まっていた。周りに倣って練習が始まるのを待つ。

 今日から二週間はこうして練習して体育祭に備える。


「じゃあペアはかなり大事だね。どうやって決まるんだろう」

「それが、くじ引きなの。本番も直前にペアが決まるから、この練習でも毎回ペアを変えるはず」

「え、ペアを固定してやるのかと思った。その方が上手なダンスを発表できない?」


 ロハリーは「その通り」と深く嘆息した。

 体育の先生が前に集まりだしたのが目に入る。間もなく練習が始まるようだ。


「でもこれはそもそも、貴族の子たちが夜会で初めて会うような相手とも上手にダンスを踊れるようにする練習だから」

「なるほど」


 得心が行って頷いたとき、先生の一人が「練習を始めます」とよく通る声で宣言した。


 最初の説明は大体ロハリーに聞いたようなことで、実際に練習が始まる。


 まず男子と女子それぞれに数字が書かれた名札が配られるので、胸元につける。女子はその順番に、互いに等間隔を空けて並び、同じ番号の男子が自分を見つけるのを待つ。


 男子は自分と同じ番号の女子を見つけたら腰を折ってダンスを申し込み、みんながダンスを始める姿勢になると曲が始まるらしい。


 習うより慣れろと言うことで、早速初回が始まった。


 私は七十五番と書かれた名札を胸元につけ、七十四番と七十六番の女子の間でペアの男子を待った。


 私は貴族じゃないから社交界での評判も何もない。それにダンスはどちらかといえば得意な方だ。


 よって、すごく気軽な心持ちで突っ立っていた。


 けれど――私に一人の男子生徒が近づいてきて目が合ったその瞬間、呑気な気持ちは霧散した。


 自分の胸元と私の胸元を交互に見比べ、私とペアであることを悟ったその男子生徒は、なんと「ウッ」という謎のうめき声を漏らして表情を歪ませたのだ。


「え、な、どうしたの……?」


 顔を見られて泣きそうな顔をされたのは人生でも初めての経験かもしれない。

 不安でいっぱいになりながら尋ねると、男子生徒は慌てて表情を取り繕った。


「い、いや違うんだ、ごめん。トゥロックさんと組めるのは本当に嬉しいんだけど、上手くリードできるかなって。僕はダンスにそこまで自信が無くて」


 彼はそう言いながら私の頭の先を何度か見上げた。


 それでもちゃんとダンスを申し込んでくれて、音楽に合わせて指定されたステップを踏み始めたけれど、なんともやりづらそうだ。


 そこでやっと気がついた。彼は見たところ170cmくらいだ。


 相手が自分より大きいとやりにくいのだ! 身長が高い私はつまり、それだけで『ハズレの相手』なのだ!


 これは衝撃だった。今まで兄か父か先生といった、高身長の人かダンスが上手い人としか踊ったことがなかったから気づかなかったのだ。


 おそらくお互いに申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら一回目のダンスが終了した。

『舞踏』では全ペアが同じステップを踏み、同じタイミングでターンをする。少なくともその練習にはなったと思う。


 お互いペコペコしながら別れ、二回目の練習が始まった。今度は百三十八番と書かれた名札をつける。


(背が高い人、背が高い人でお願いします!)


 私の祈りが通じたのか、今度現れたのは185cmはありそうな男子生徒だった。長めの金髪で貴族らしさに溢れている。


 私はほっとしたけれど彼はそうではなかったらしい。

 私を見とめた瞬間、彼も「ウッ」とさっきも聞いたような呻き声を漏らしたのだから。


 さすがに少し傷ついた。


「な、なんで……?」

「あっすまない、違うんだ。大輪の百合のような君の相手を務められるのは本当に光栄なんだけれど」


 さらっと花にたとえられてびっくりする。彼は本当に申し訳なさそうな顔でこう続けた。


「君は目立つから、もし当日のペアが君だった場合、失敗したらダメージが大きいだろうなって。プレッシャーを想像したらこう、胃にきちゃって」

「ご、ごめんなさい」

「いや、謝らないでくれ。こちらこそすまない。僕が上手くやればいいだけなんだ」


 彼が優雅に一礼してダンスが始まった。高級そうなコロンの匂いがする彼は、何を心配しているのかわからないほどダンスが上手だった。


 こんな人でも『舞踏』を心配しているんだから、みんな相当なプレッシャーと戦っているのだろう。


 確かに私は「見たこともないくらいデカい女」というだけでなく、貴族学校史上初の平民入学者だ。見物人からの視線が集中する可能性は大いにある。


「万が一君を転倒させたり怪我させたりしたら、君のファンたちや服飾研究部も黙っちゃいないだろうしね」


 金髪の男子生徒は喋る余裕が出てきたらしく、ダンス中そう言って笑った。

 私はこの事態の深刻さに気がつき始めて会話どころではなかった。


 背が大きいことで他人に直接迷惑をかけたことは今までなかった。こんなに申し訳ない気分になったのは初めてだ。


 185cmでダンスも上手い金髪の彼は例外的な存在で、ほとんどの人は一人目の男子生徒みたいに、私と対面すると緊張と不安に陥るだろう。


 相手に緊張されると私にも伝染する。私がミスすると相手が困る状況も不安に拍車をかける。


 二週間の練習でこの考えは裏付けられ、結局私はひたすら不安のまま体育祭当日を迎えたのだった。

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