何でも盗って行く隣人に、死を盗ませてみた。
R15は念の為になります。
よろしくお願いします。
「…まさか盗むとは思っていませんでした」
嘘。
………
「ねぇ、そのグロス可愛い色!どこの使っているの?」
大学一年の春、橘リナとの出会いはその一言から始まった。
「あ…ありがとう…。えっとCC社の春の限定カラーの…」
「えーリナも欲しい〜!まだ売ってるかな?」
「どうかな…?」
「あのね、えっとぉ…ちょっと貸して欲しいな…?リナも使ってみたい…」
自分の「可愛い顔」の使い方を知っているのだろう…上目遣いにリナが言う。
「あー…私、他人と共有とかそういうの嫌で…CC社のサイト、見てみて」
「えー。つまんなーい。じゃあ、いらなくなったらリナにちょうだいね!リナ、待ってるから!」
リナはそう言うと、ガタリと大きな音を立てて椅子から立ち上がり教室から出て行った。
どういうつもりだろう…
「なんだ?あの子…」待ち合わせていた青山に背後から声を掛けられる。
「…なんだろうね。…行こう」
「なかなか可愛い子だったんじゃない?」青山が言う。
「あーゆーのが好きなら言って」
「まさか!俺には結衣しかいないよ」
青山はそう言って、私の肩を引き寄せた。
結衣しかいない。
恥ずかしげもなく青山は気持ちを伝えてくる。
同じ大学に通う青山とは高校から一緒。
青山に告白された私は…なんとなく付き合っていた。
「…今日もウチ来る?」
「行く〜!そういえば、お隣さんに挨拶出来たの?」
「ううん。まだ。いつ行ってもいないんだよね」
「じゃあ、結衣の部屋行くついでに寄ってみようよ」
「とかなんとか言って…隣がどんな人が知りたいだけでしょ」
「あ、バレた?」
私の部屋は、大学からすぐ近く!が売りの人気のアパート。
タイミングよくキャンセルが出て入居する事が出来た。
お隣さんに挨拶をしたいのだけど、なかなか会うことが出来ずにいる。
私は角部屋、隣りは一部屋だけだ。
ピンポーン
いつもの様にチャイムを押す。
「はぁーい」
思っていたよりも甘い声が返事をした。
「あの、隣の部屋に入居した如月と申します。挨拶を…「えっ?あっ!ちょっと待って下さい!」
ガチャッ!
…え?
「わあ!やっぱり如月さんだ!今朝お話ししたの覚えてる?お隣さん!よろしくね!…あの…そちらのカッコいい方は…」
その上目遣い、今朝も見た。
「え?かっこいいって俺?あー…俺、青山っていいます、よろしくお願いします?」
「えー…如月さん、こんなかっこいい彼氏さんいたんだー!いいなーずる〜い。リナもこんな素敵な彼氏が欲しいな〜」
リナと話すのは朝と今で2度目だけれど、すでにあまり関わりたくないと思う自分がいた。
。。。
「ねぇ、結衣ちゃんって、なんのシャンプー使ってるの?いつもいい匂いがする」
シャンプーの銘柄を教えると、次の日からリナは同じ匂いになった。
「ねぇ、そのポーチ可愛い!」
新しく変えたばかりのポーチ。
どうやって探してきたのか、五日後にはリナも同じ物を持っていた。
リナはなんでも真似してきた。
「結衣ってリナちゃんと仲良し?」
笑いながら青山が言う
「やめて…そーゆーの冗談でもキツイわ」
「ただの真似だろ?ま、あまり気にするなよ」
「…うん」
そんな感じで始まった大学生活。
3年生の頃にはリナは「偽妹」と呼ばれていた。
「結衣ちゃん!」
「…ほら、偽妹来たよ…あの女どういう感覚してるんだろうね」
友人の葵が言う。
この三年で私はたくさん友達が出来た。
青山も友達と過ごす時間とバイトに行っている時間が多くなっている。
青山とは少し距離が出来たが、勉強も楽しいし、私には夢がある。
「ねぇ、結衣ちゃんちってお金持ち?」
「はあ?何のこと?」
「だってぇ…あお…んーん…なんでもない。あっ!今度お部屋に遊びに行ってもいい?三年も仲良くしてるのに一度も中に入った事がないもん。お茶しようよ!」
「ごめん、この後の講義の準備しないといけないから行くね。葵、またね」私は席を離れた。
葵が目で「りょーかい」と言う。
「えー!結衣ちゃん、お茶しよーよー」
そんな声が背後からするが知ったこっちゃない。
何故リナを部屋に入れなければならないのかわからない。
。。。
リナについてはいい噂を聞かない。
一年の頃、一つ上の学年に美男美女カップルと言われていた人たちがいた。
穏やかな空気を纏う二人で、誰もが羨むカップルだった。
だが別れた。
詳しくは知らないが「リナ」絡みだそう。
二年目にもそんな話を二つ聞いた。
「…青山…」
私は携帯を取り出し青山に電話をした。
青山は電話に出ずにメッセージだけ送ってきた。
「今忙しい。何?」
…青山…いいヤツだと思っていたのに。
そろそろ潮時か…特に思う事はない。
青山には返事をせず、私は父親にメッセージを入れた。
「青山の件はなかった事に。それと例の件始めようと思います。よろしくお願いします」
携帯をカバンに入れ、ため息を吐いた。
部屋に戻りパソコンを開くと父親からメールが来ていた。
「青山君はとっくに外していたよ。あとの事はお前次第だ」と。
私は青山に「別れよう」とメッセージを入れた。
数秒後、隣の部屋から「ピロン」と、メッセージの着信音が聞こえた。
私はまた、ため息をついた。
気分を変えようとベランダに出る。
ベランダからリナの部屋を見ると、下着姿のリナの横に青山がいるのが見えた。
青山を見つめるリナが、微笑みながらそっと手を伸ばし…
カーテンを閉めた。
。。。
ドンドン!
その日の深夜、玄関のドアを叩く音で目が覚めた。
「結衣!結衣!いるんだろ!開けてくれ!」
私は携帯を取り青山に電話する。
「何?」
「…っ。いや、…電話じゃなくて会って話したい。ここ開けてくれないか?」
「私は話すことないんだけど?」
「…その…内定が取り消されたんだ…結衣からお父さんに連絡してくれないかな」
「連絡したよ。でも、その時には内定は取り消されてたよ。それに、そのメッセージ夕方には送ってるよね?今頃来るなんて非常識すぎる」
「……ごめん、バイトで気づかなくて…それと…別れたくないんだ…」
「別れたくないって笑える。私が送ったメッセージの着信音はすぐに隣の部屋から聞こえたけどね?私、青山の事なんとも思ってないみたい。ショックじゃないの。リナとでも誰とでも好きにして。これ以上騒いだら警察呼ぶから。内定取り消されたなら警察沙汰は避けた方がいいと思うよ。さよなら。これで終わりだから」そう言って電話を切った。
枕元に置いた携帯がしばらく部屋を照らしていた。
目を瞑り青山について考える。
高校三年で同じクラスになった青山。
いつも友達に囲まれて笑っている姿を思い出す。
卒業の少し前、同じ大学を選んだのは私が行くと知っていたからだと。
「好きだ」と言われたあの日を思い出す。
結衣しかいない。と言ったあの日の事も。
……私の中では全て過去の事だった。
本当に何とも思っていない自分に驚く。
私は私の夢に向けての動きを早めることにした。
父親にも連絡したし、準備は進めてきた。
やはり一人の方が気が楽だ。
青山のおかげでリナがまとわりつくのも終わるだろう。
「ねぇ、結衣ちゃんってお掃除の会社作るの?」
朝一番、リナが声を掛けてきた。
私が露骨に嫌な顔をすると、リナが慌てて言う。
「青山君の事、怒らないで。リナが悪いの。でね、お掃除の会社の事だけど、何でお掃除なの?化粧品とかお洋服じゃなくて?」
「貴方には関係ないでしょう?」
「だってぇ…お掃除の会社なんて…なんか貧乏人の仕事みたいでぇ、ダサいって言うかぁ…リナね、もっと素敵なお仕事だったらお手伝い出来ると思って…」
私は怒りで震える指先をリナに悟られないようにした。
その時、二つのアイデアが浮かんだ。
「ありがとう、貴方のおかげでいいアイデアを思いついたわ。今度お礼したいから部屋に遊びに来てね」
「えー!結衣ちゃんのお部屋!行きたーい」
「時間ある時必ず呼ぶから。じゃあね」
私が起こそうとしていたのは、天然素材の洗浄剤を使ったルームクリーニングの会社だった。
ペットブームに乗じて、犬猫が舐めても大丈夫な洗剤を使って、部屋の匂いや、キッチン、廊下などの掃除をする会社。
価格帯を抑えるつもりだったが、同時に高級路線も売り出そうと思った。
所謂、金持ち向けのルームクリーニングだ。
リナの一言がアイデアに繋がった。
それと…
「お邪魔しま〜す!」
「どうぞ、そこら辺に座って」
「わあ〜すご〜い!CC社のコスメばっかり!いいなぁ〜一つちょうだい?」
「…いいよ?一つだけね」
「ありがとう!」
あれから何度か私の部屋にリナを迎えている。
そして一つだけ何か持って行かせている。
そして何度か行き来するようになると、リナは断りもなく私の物を盗っていくようになった。
私は、葵や友人にこう話す。
リナがウチに来るのはいいけど、物が失くなるみたい。でも、どこかで私が失くしただけかもしれない…と。
すると、友人達は勝手にリナに目を光らせてくれるのだ。
私はデパートに行き、先週末にCC社から新発売された6個セットのバスボムを2つ買う。
オマケで、非売品のバブルバスも2本付いてきた。
私は、二つ目のアイデアも着々と準備していた。
。。。
その日、私はバブルバスをふんだんに使ったお風呂に入ってから大学へ向かった。
葵と話していたらリナが話に割ってきた。
「ねぇ、結衣ちゃん凄く良い匂い!何使ってるの?」
当然リナが聞いてきた。
「CC社のバブルバスとバスボム。バスボムはね、細かいラメが入っているから…ほら見て、肌がキラキラして綺麗でしょう?」
手を伸ばして光を当てて見せる。
「えーっ!えーっ!ずるーい!リナも欲しーっ!」
「バブルバスは非売品だから…あー…でも、あと一回分ないくらいで良ければそれあげる。バスボムも一緒に」
「欲しい!ありがとう!後で部屋に行くね!」
リナが去ったのを見届けた葵が言う
「よくリナを許すね…私なら無理」
「本当、無理。だけど、仕事を始めるならああいうお客様に耐性をつけたいと思って」
「ぷっ(笑)そりゃそーだ。あれ以上変なのも居ないだろうし?」
「ほんと、有難いお客サマよ。そうだ、葵の部屋、今度クリーニングさせてくれない?」
。。。
「こうしてお湯を張る前にバブルバスを入れて…半分くらいお湯が張ったらバスボムを入れるの…でも、リナにあげるやつは残り少ないからここまで泡立たないかもしれない。我慢してね」ほとんど空になった容器をリナに渡す。
「…ねえ、もう一本あるじゃない?それは?」
バスタブの縁に置いてあるCC社のバブルバスの容器を指差しリナが言う。
そちらは中身が満タンに入っている。
「あー…これはね、違うの」
そう言って私はその容器を洗面台の下へ仕舞った。
「リナ、ごめん、私2、3日実家に戻らなきゃいけないんだ。この後すぐ出掛けなきゃいけなくて。化粧水の試供品で良ければあげる。探してくるね」
そう言ってリナをバスルームに一人にした。
「はい、化粧水」
「結衣ちゃんありがとう!バイバイ」
「うん。…さようなら」
リナを見送り、私は洗面台の下を確認する。
仕舞ったはずのバブルバスの容器が無くなっていた。
私は笑いを堪えて服を脱ぎ、泡の中に身を沈めた…
。。。
「橘リナ、死んだって!」
実家から戻るその足で大学に向かい、飛び込んできたリナ死亡のニュース。
大学に警察が来たりして一時騒然となる。
「如月結衣さんですね、ちょっとお話し出来ますか?」
警察に声を掛けられた私は硬い表情で頷く。
「コレに見覚えは?」
袋に入ったCC社のバブルバスの容器を見せられる。
「…あります。私がリナにあげたバブルバスです」
「これにはバブルバスではなく、塩素系洗浄剤が入っていました」
「!!嘘!まさか!そんな!リナがそれを持って行くなんて!」
私は葵と警察と一緒に部屋へ戻る。
リナの部屋には規制線が張られていた。
私の部屋に行き、洗面台の下を警察に見せ、説明する。
バブルバスの残りを渡したが、少ない量に納得しなかったリナが目を離した隙にそっちも持って行ったのだと。
「つまり、貴方の家から盗まれた物だと?」
「はい…まさか盗むとは思っていませんでした」
「ではこういう事ですか?貴方は掃除の仕事で使う塩素系洗浄剤をCC社の空き容器に詰め替えておいた。それを橘リナはCC社のバブルバスだと勘違いし盗んだ。そして塩素系洗浄剤を泡立て、そこにバスボムを投入。バスボムに使われていたクエン酸と塩素系洗浄剤が反応し、塩素ガスが発生した」
「……はい…たぶん…そうだと思います…」
「全く。リナって最期まで最悪だよね」
「葵っ!…私が…バブルバスをあげなければ…」
「あれはリナが欲しがったんでしょ!刑事さん!私、その場に居たんです。リナが結衣のバブルバスをちょうだいとせがんで、結衣は少ししかないって言ってました!なのにあの女が勝手に…」
葵が怒ったように言う。
「わかりました。また、何かあればお話しを聞かせてください」
。。。
しばらく大学をざわつかせたリナの死は、「盗んだ薬品による事故死」として終止符が打たれた。
。。。
起業して五年。
私は「未来を担う若手社長」として、経済誌の表紙を飾った。
あちこちに講演に呼ばれる日々。
そこで私は薬品の危険性を必ず話す。
「……つまり家庭の洗剤は危険な薬品です。薬品の扱いはとても慎重にするべきです。特に最近はお洒落な暮らしとして、中身を移し替えたりしますが、それはとても危険な事なのです。実体験として、私が学生の頃に隣人が…」
拙い文章、最後までお読み下さりありがとうございました。
良い子は絶対に真似しないでね!
薬品の扱いはお気をつけ下さい。
☆脱字のお知らせありがとうございます
修正致しました。