009 協力者の確保
結局、アリエルは先輩冒険者からの誘いを断った。彼女の目的はこの街にいる領主の暗殺であり、冒険者という身分は街や村への出入りに必要なだけだったから…。
冒険者ギルドの受付嬢から良さげな宿屋を紹介してもらい、そこへ向かって歩いている途中で、アリエルは尾行者に気づいた。
さきほど声をかけてきた冒険者の中の一人だった。その体格の良さは街の雑踏の中でも異彩を放っていたため、容易に気づくことができたのだ。
アリエルは大通りから横道に入り、狭い路地のほうへと進んでいった。もちろん、わざとである。
「おじさん、なんか用かい?」
人通りの絶えた狭い路地の途中で、振り返りざま声をかけた。
「ふっ、気づいていたか。もしかして、俺を誘っていたのか?お前もその気があるってことだよな」
「その気ってのが何を意味してるのか分かんないけど、誘ったのはその通りだよ」
舌なめずりしながらゆっくりと近寄ってくる大柄な男。…っと、突然片目の眼球が破裂した。眼球内に空気を生成したため、その圧力で破裂したのである。
「どうしたの?おじさん。もう片方の目もいっとく?」
とても愉快そうに、口角を上げて笑っているアリエル。まさに悪魔の微笑みであった。
激痛に耐え、潰れた目を手で押さえながら、残った目でアリエルを睨みつつ男が問いかけた。
「ま、まさか…、お、お前の…、し、仕業なのか?」
「ふふっ、さてどうだろうね?おいらに協力してくれるなら、もう片方の目は残しといてあげるよ。どうする?」
「くっ、なめるな!」
突然、抜剣して斬りかかってきた男だったが、片目では遠近感が掴めないようで、その振りぬいた剣がアリエルに届くことはなかった。
彼女はその場から脱兎のごとく逃げ出した。
すぐに協力者が得られるとは考えていなかったし、協力者にするのならば彼の戦闘力は残しておきたい。
殺すのは簡単なのだが、殺してしまっては意味が無いのだ。
その後、アリエルは紹介された宿屋に入り、宿泊の手続きを行った。
部屋に入った彼女は独り言ちた。
「領主の館に忍び込むのは難しいわよね。やはり馬車で屋敷の外へ出たところを襲撃するしかない。でも、そのためには囮役が必要なのよね。あの男が馬車を襲撃して、護衛によって斬り殺されれば、きっと領主は馬車から出てくるはず。いえ、出てこなくても、馬車さえ停まれば襲撃は可能なんだけど…。まぁ、できれば領主の顔を確認してから殺したいところね」
元・侯爵令嬢であるアリエルはこの街の領主の顔を見知っているのだ。ただ、先方もアリエルの顔を覚えているかもしれない。たとえ髪を短くしていても、彼女がアリエル・ラルーシュであることに気づかれるおそれはある。
やはり協力者が必要だ。そう考えるアリエルであった。
…
翌日の冒険者ギルド内に昨日の冒険者の姿は無かった。傷の痛みで寝込んでいるのか、このまま冒険者を廃業するつもりなのか。
いや、お仲間の二人もいなかったので、何か依頼を受けて街の外へ出ているのかもしれない。
いずれにしても、彼を手先にするのは難しいかもしれない。アリエルはそう考えていた。
なにしろ、脅迫して手先とするには彼女の実力を示さなければならず、それを行うとその男の戦闘力を低下させることになってしまうのだ。非常に匙加減の難しい案件である。
悩んだ末、彼女は街の破落戸どもに声をかけることにした。
どんな街にも必ず存在しているはずだ。反社会的な人間というものは…。
繁華街に近い通りの片隅に座り込んだアリエルは、街頭を観察することにした。あたかも物乞いのように彼女の前には小さな茶碗が置かれている。そこには自分自身で銅貨を数枚入れているが、これは呼び水にするためだ。
この街には物乞いに施しを与えるような裕福な人間がそこそこいるみたいで、茶碗の中にはいつの間にか銅貨が10枚以上も入っていた。
「おありがとうございます」
銅貨一枚が投げ入れられるたびに、こうした口上と共に頭を下げるアリエル。とても侯爵令嬢だった人間とは思えない。
そして、そろそろ夕方になろうかという時間帯、ついに目的の人物が姿を現した。
まさにザ・チンピラといった風情の男たちである。柄の悪い冒険者という可能性もあるのだが、態度や歩き方が彼女の前世にもいたチンピラ(もしくはヤンキー)にそっくりだったのだ。
その男たちは総勢五人で、一人の若い女性を取り囲んでいた。そして、そのまま路地裏の方へと入っていった。