007 領都へ向かう
この洞窟内に生きているのはアリエルと五人の女性のみ。盗賊たちは頭目も含めて全員が死体となっていた。
彼らの死体から換金できそうなものをはぎ取り、洞窟内に隠されていた金品についても大広間へとかき集めていった。六人で手分けしても、これがなかなか大変な作業だった。なにしろ死体は28人分である。
「それじゃ、おいらはここにある現金のうち、六分の一だけを貰うよ。あとはあなたたちで山分けしてね」
剣や防具などの金目のものも多くあり、換金すればそれなりの金額にはなるだろう。しかし、アリエルには必要なかった。逆に邪魔ですらある。
ただ、現金の六分の一と言っても、金貨33枚(日本円換算33万円)にはなったのだが…。つまり、ここには総額で金貨200枚ほどあったというわけだ。
「私たちを助けてくれたあなたが総取りするのが普通だと思うのだけど、本当に良いの?」
「うん、あまり多いと重いし、持ち歩くのが大変だからね。あと、これって酷い目に遭ったお姉さんたちが貰うべき慰謝料だと思うよ」
そうなのだ。金貨というのはかなり重いのである。騎士から奪った革袋には、すでに10枚以上の金貨と小銭(銀貨や銅貨)が入っていて、ここにさらに33枚の金貨が加わると、相当な重さになるのだ。
「あ、ありがとう。私たちに何かできることってないかしら?」
「あ、そうだ。ここの盗賊団の黒幕はこの地域の領主なんだよ。だから、しばらくは目立たないように生活したほうが良いよ。武器なんかを売り払うのは、一か月後くらいにしたほうが良いと思う。領主が犯人捜しをするかもしれないしね。で、それに関連してお願いなんだけど、おいらのことは秘密にしておいて欲しいんだ。まぁ、おいらがここの領主を殺すまでの間なんだけど」
この言葉を聞いた五人の女性たちは、驚きに目を見張った。しかし、すぐに笑みを浮かべて頷いたのであった。
「領主様、いえ糞領主が死んだという噂が流れてくるのを期待して待ってるわ。本当に本当にありがとう。もしも筆おろししたくなったら言ってね。感謝の気持ちを表すには、このくらいしかできないけど」
『筆おろし』とは男性が童貞を捨てることだ。そう、アリエルのことを未だに男の子だと思っている女性たちであった。
…
手を振って女性たちと別れたアリエルは、領主の館がある領都へと向かった。ここから徒歩だと半日ほどの距離だそうだ。もっとも、彼女の足では一日はかかりそうである。
乗合馬車が街道を通れば、それに便乗させてもらおう。そう考えていたアリエルだったが、街道を歩く彼女の背後、王都の方角から盛大な土埃が巻き上がり、それが迫ってくるのに気づいたのは幸運だった。
即座に街道横の茂みに身を隠したアリエル。おそらく気づかれてはいないはずだ。
そしてこれは推測ではあるが、あの集団は彼女を捕縛するための追手だろう。王都を脱出したことに気づかれたとしか思えない。
どうやら乗合馬車への乗車は諦めるしかなさそうだ。
茂みに隠れているアリエルの目の前を騎馬で走り去ったのは、20騎ほどの騎士たちだった。兜をかぶっていたため表情はよく分からなかったものの、なにやら鬼気迫るものを感じた。
その集団はすぐに街道の先へと消えていった。
アリエルは再び歩き出した。今日は野宿だろうか。保存食は肩から下げているカバンに入っているし、寒さも厳しいわけではない。野宿上等である。貴族令嬢とは思えない逞しさを見せるアリエルであったが、これは前世記憶の賜物だろう。
翌朝、日の出とともに目を覚ました彼女は、野小便、野糞のあと、簡単な朝食を摂り、川の水で顔を洗うとともに軽く口をゆすいだ。街道脇には細い小川が流れていたのだ。
「草の葉でお尻を拭くのはなんだか嫌ね。綺麗になった気がしないわ」
思わず独り言を言ってしまうくらいには嫌だったらしい。
さて、それよりも本当にこのまま領都へ向かって良いものなのかどうかを検討せねばならない。
もしもアリエルの現在の容姿が知られていたのなら、昨日の騎士たちによってすぐに捕縛されてしまうかもしれない。もちろん騎士たちは領都のさらに先へと向かった可能性もあるのだが。
街道を領都へ向かっててくてくと歩きながら考え込んでいると、彼女の横に一台の馬車が停まった。どうやら背後からの気配に気づかないくらい集中していたようだ。
「よぉ、坊主。領都へ行くんだったら乗せてやっても良いぜ。ああ、怪しい者じゃねぇ。しがない行商人だ」
そう言えばアリエルは身分証を持っていない。領都に限らず街への出入りには身分証の提示が必要なのだ。王都から出たときは、王宮の侍女の従者に偽装していたせいで、身分証が不要だったのである。
「おじさん。おいらと取引しない?領都に入りたいんだけど、身分証を持ってないんだ。おじさんの店の従業員とか秘書ってことにして欲しいんだよ」
「うん?そいつは割と危険な行為だな。坊主が犯罪者じゃないって証明できないし、あとで厄介なことにならんか?」
「おいらは犯罪者なんかじゃないよ。でも自己証明できないから、その代わりに金貨を10枚払うよ。どう?」
アリエルは革袋から金貨を10枚取り出して、手の平の上に載せて見せてあげた。ちなみに日本円にして10万円相当である。
「おいおい、そんなに気軽に金貨なんぞ見せるもんじゃねぇ。暴力か話術で奪われっちまうぞ。うーん、儂は人を見る目には自信があるんだが、どうにも坊主が悪人には見えねぇんだよな。よし分かった。その取引に乗ってやるよ。領都の門をくぐるまでで良いんだよな?」
人の良い人物に出会ったようだ。実に幸運なことである。
アリエルは思わず口角を上げて、にんまりと微笑んだのであった。