062 尋問
アリエルたちはマリーナという名の奴隷を自らが拠点としている宿屋へと連れ帰り、すぐに尋問を始めた。なお、その場にはラルフはもちろんのこと、エルビスとケイトの二人も同席していた。
どうやらマリーナという奴隷はアリエルの顔を全く覚えていないらしい。面と向かって座っているにもかかわらず平然としている様子は、アリエルのことをラルーシュ侯爵令嬢だと認識していないことを確信させるものだった(いや平然とではなく、少しだけ怯えている様子ではあったが…)。
旧・王都での学院時代、この二人にはほとんど接点が無かったのである。卒業パーティーの場でようやく顔を合わせたと言っても過言では無いくらいだ。ゆえに彼女がアリエルのことを認識できないのも無理はない。
ラルフが本当の身分を明かし、マリーナに聖女エルザであることを認めさせようとしていた。しかし、彼女は頑なにその事実を認めようとはしなかった。
そこでアリエルが自身の名を出してみたところ、思わぬ反応が返ってきたのである。もちろん、彼女が本名を明かしたというわけではない。『アリエル・ラルーシュ』と一言呟いただけなのだ。
この名に反応するのなら『聖女』で間違いない。自らが貶めた女性の名を忘れるほどサイコパスでは無いだろうという一種のカマかけだった。
そして、その試みは成功した。
ただ、アリエルの思っていたような反応ではなかったのである。まさか、聖女エルザがアリエルの身を案じていたなど、誰が想像できるだろうか。まさか自分(ドラド警部)がアリエル・ラルーシュであることに気づかれている?いやいや、そんな様子でもない…。
だとしたら、この反応は何なのだ?アリエルは酷く混乱していた。
ここでエルビスが会話に参加してきた。
「僕は冒険者のエルビス・スペードという者だよ。あ、こいつは僕の妹でケイト・スペード。君はラルーシュ侯爵家のご令嬢であるアリエル様から婚約者を奪ったんだよね?その君がアリエル様のことを心配している様子には違和感を覚えざるを得ないんだけど…」
「は、はい。それには事情がありまして…。乙女ゲームのシナリオというか…。はっ、いえいえ、今のは無しで…。えっと、本当はやりたくなかったというか、心苦しかったというか」
つい『乙女ゲーム』や『シナリオ』という単語を口走ってしまった聖女エルザであった。『ケイト・スペード』という名前に心を奪われていたせいである(やはり聞き覚えのあるファッションブランド名だったため)。
しかし、アリエルは彼女の発言を聞き逃さなかった。
「ラルフおじさんとケイトお姉さんは少し席を外してくれないかな。あっ、そうだ。帝都散策でもしてきたらどう?デートだよ、デート。二人とも最近、ちょっと意識し合ってるよね?歳はちょっと離れてるけど、お似合いのカップルだと思うよ」
「ばっ、馬鹿野郎。いや失礼…。警部殿ぉ~」
「エルちゃん、ナイス!さぁラルフさん、行きましょう行きましょう。服飾店に宝飾店に高級料理店、ああ、どこへ行こうかしら?あ、もちろん全部ラルフさんの奢りですからね」
元気溌溂としたケイトが情けない顔をしたラルフに集ろうとしている様相だった。見るからに『パパ活』っぽい感じでもある。本当に二人の間に愛が存在するのかどうかは、神のみぞ知るといったところだろう。
余談だが、歳の差は12歳くらいであり、親子ほど離れているというわけではない。
…
「さて、それではあらためて転生者会議を始めよう。ちなみに、僕は元・日本人だよ。こっちのエル君もそうらしい。多分、君もそうじゃないかな?」
「は、は、はい。日本人でした。あ、エルドラドとかラルフローレン、ケイトスペードって、やっぱりそういうことだったんですね?」
憮然とした様子のアリエルが鋭い視線を聖女エルザに向けながら、こう言った。
「そんなことはどうでも良い。この世界について、お前の知ってることを全てしゃべれ。シナリオとは何だ?まだゲームは続いてるのか?」
ここからは長い話になった。エルザの知る全ての情報が、洗いざらいこの場で明かされることになったのである。
そして、それはアリエルにとって思いもよらないものだった。
…
長い話が終わったあと、余韻を楽しむ暇もなくアリエルがエルザへ話しかけた。
「お前は『聖女』には戻りたくないというわけだな?」
「はい。それだけは断言できます。もしも命を永らえることができたとしても、私が教会へ戻ることはございません」
「エル君、彼女をどうするつもりだい?アリエル様を貶めた償いは必要だろうけど、情状酌量の余地はあると思うよ」
ちなみに、エル・ドラド警部がアリエル・ラルーシュであることをエルビスは知らない。それを知っているのは、相棒のラルフとハート州知事のマリアくらいのものである。
ここから腕組みをして長考に入ったアリエル…。
アリエル以外の二人も黙ったまま、彼女の発言を待っているという状態だった。
沈黙の時間に耐えかねたのか、エルザが突拍子もないことを言いだした。
「死罪となる前にドラド警部の穢れを祓ってさしあげたいのですが、ご許可いただけますか?」
「は?穢れだと?何を言ってる?」




