051 制裁
名前も分からなかった女の子が突然立ち上がり、すたすたとリビングルームを出ていった。意思を持たない人形のような状態だったのが嘘のようである。
残されたリズやターニャが呆然とした状態から復帰して、すぐに彼女を追いかけようとしたのだが、その前にその女の子が戻ってきた。
その小さな両腕にはいくつかの道具を抱えていた。
布を裁断するための大きな裁ちばさみ、ペンチ、金槌、キリなどの工具である。
テーブルの上にそれらを置いたあと、彼女は自己紹介を始めた。
「私、ナンシー。この家の娘。父さんと二人、ここに住んでた。父さん、こいつらに殺された。絶対、許さない。こいつら拷問する。あ、でもこの人だけは別。助けてあげる」
訥々とした語り口ながら、その意思はこの場にいる全員へ十分に伝わったのであった。先ほどの若者だけはどうやら無罪らしい。
アリエルは被害者たちに庇われているその若者に向かって質問した。
「あなたの名前と、ここにいる理由は?」
「はっ、はい。自分はトーマスと申します。小隊長の実家からうちの親が借金している関係で、無理やりここへ連れてこられました。騎士団長の命に背いたことにつきましては、その罪をこの命をもって償わせていただきたく存じます」
アリエルは思った。なかなか見所のある男だな、と。
余談だが、彼の容姿は特にイケメンというわけではなく、農村によくいるような朴訥とした好青年という感じだった。
さらにこのあと、被害者女性三名が口々に彼の助命を嘆願してきたことを踏まえて、次のように最終判断を下したアリエルであった。
「ムルロア辺境伯領騎士団の法に照らせば反逆罪となるのだろうが、パリ共和国政府の判断としては特に反逆罪には問わないものとする。政府重鎮たる私の権限をもって、それをここに明言するものである。なお、騎士団についてはすでに退団しているものと看做す。盗賊行為への加担については情状を酌量し、労役を課すことでその刑罰となす。その内容はここにいる被害者女性三名のお世話である。彼女たちが今後、身の立つようにしっかりとお世話するように…。これでどうかな?」
「警部殿、相変わらずお優しいこって…」
ラルフが呆れたように呟いたが、アリエルとしては自分自身を『優しい』などと思ったことは一度もない。この判決にしても、単に被害者の救済を誰かに押し付けたかっただけなのである。
ラルフがすぐにトーマスの手足を縛っていたロープを短刀で切断し、彼を自由の身にしたのは言うまでもない。
アリエルはそれを確認したあと、笑みを浮かべながら女性たちに向かってこう言った。
「さぁ、このあとはお楽しみの時間だよ。リズ、ターニャ、ナンシー、存分に楽しんでね」
このあと長時間に亘って盗賊たちの悲鳴や絶叫が部屋の中に響き渡った。穏やかに死ぬことすらできず、延々と苦痛を与えられるという状況に絶望し、発狂する者もいたほどである。しかし、これこそが自業自得というものであろう。
…
「それじゃ私たちは行くよ。これからの仕事で大量の金貨が要るもんだから、あなたたちに渡せる量が少なくなっちゃってゴメンね」
「いえいえ、慰謝料として一人あたり金貨1000枚なんて十分過ぎますよ。しかもそれとは別に生活費としてさらに500枚も…。私たち全員で3500枚もの金貨をいただけるなんて望外の喜びでございます」
アリエルの別れの言葉に対して、ターニャが返答した内容は真実だった。総額5900枚の金貨の配分として、以下のように定めたのである。
・リズへの慰謝料 …金貨1000枚
・ターニャへの慰謝料 …金貨1000枚
・ナンシーへの慰謝料 …金貨1000枚
・当座の生活費 …金貨 500枚
・アリエルたちの取り分 …金貨2400枚
なお、エルビスとケイトへも分け前を渡そうとしたのだが、受け取りを拒否された。まぁ、それはアリエルの予想通りではあったのだが…。
「トーマスさん。死体埋葬のための穴掘り、ご苦労様。ローレン警部補も腰を労わってくださいね」
エルビスの言葉である。男性陣四人で庭に大穴を掘って、そこに七名分の死体を放り込んでから埋め戻したのだ。なお、建前上は男性となっているアリエルは一応参加したものの、見ているだけだった。本当は非力な女性なので、この待遇については当然のことと言えよう。
また、作業の7割方は『身体強化』を駆使したエルビスによるものだったので、トーマスやラルフの負担についてもそれほど大きくはなかったのである。
「さすがに俺も歳かな。穴掘りはきっついぜ」
「ラルフおじさん、ぎっくり腰にならないでよ。あ、でもケイトお姉さんがいるから大丈夫か」
「ふふ、エルちゃん。私の『治癒』でそれくらい簡単に治しちゃうわよ。ラルフさんもいつでも頼ってくださいね」
「あ、ああ。そうなったら頼むぜ。しっかし、今回は儲かったな。予想を遥かに超える成果だったぜ」
半分以上の金貨を被害者救済に充てたというのに、気にする様子も見せないラルフを見て、アリエルは満足感を覚えていた。さすがは『義』を重んじている元・任侠である。
「あ、そうそう。街道上で17人の盗賊たちをあっさり殺しちゃったことについては謝罪するよ。本当は拷問したかったと思うんだけどさ。そいつらを殺した犯人ってこの人だから、恨むならこの人にしてね」
「おおいっ!待て待て。僕は護衛としての任務を果たしただけだよ。冒険者としては当然だろう?」
エルビスの言葉を聞いて、Cランク冒険者であるリズが反応した。
「あんた冒険者だったの?ランクは?」
「Sランクパーティー『巨大魚』のエルビス・スペードだ。こっちは妹のケイト・スペード。あらためてよろしくな」
「えっ、Sランクぅ~?!」
驚きに目を丸くしているリズだった。同じ冒険者だからこそ、その凄さが分かるのだろう。
「この人って、見た目は優男だけど、実は世界最強だからね。まぁ、私だったら殺せるんだけどさ」
「褒めてくれてありがとう。てか、エル君のほうが僕より上ってことかい?そりゃ、なかなかの自信家だな。でもまぁ、そういうことにしといてあげるよ」
実際、二人が戦ったらどちらが勝つのだろう?
遠距離戦ならエルビス、近距離戦ならアリエルだろうか…。いや、実はエルビスの持つ『索敵』の能力によって、近距離戦でも彼のほうが有利なのだ。アリエルとしてはエルビスの能力が『身体強化』だけと思っているからこその、先ほどの強気な発言だったのである。
彼はアリエルの殺気を『索敵』によって感知した場合、『身体強化』を使って神速のスピードで移動するだけで良い。それで彼女の『空気生成』の能力を無効化できるだろう。
一人で二つの能力を持っていることこそが異常なのである。さすがは転生者と言うべきか。




