042 伯爵領
帝国へと向かう旅は何の問題もなく…とはいかなかった。
途中で通過することになったとある貴族家の領地へ差し掛かった際に、問題が発生したのである。帝国との国境まではまだ遠いというのに…。
パリ共和国政府に恭順の意を示さず、帝国側にすり寄る動きを見せている伯爵家だった。なお、革命発生の時点で領地へ戻っていた貴族たちは僅かながらも存在したのだが、その中の一人ということになる。
まぁ、分からなくもない。共和国において貴族は皆殺しなのだから…。
政府としては、軍隊を派遣して国に帰順しない者たちを討伐すべきなのだが、まだまだ国家体制が脆弱な現時点において、大軍を動かすような余裕がなかったのである。
「ふむ、目的地は帝国か。我が伯爵領を通過したい商人については、その全員から通行税を徴収しておる。一律金貨100枚である。ああ、往復だと200枚になるが、復路では別途徴収するから、ここでは100枚だけを支払うようにせよ。なお、通行税を支払えないのであれば、我が領への入領を拒否することになっておる」
「私、ローレン商会のラルフと申します。通り抜けるだけで金貨100枚とは法外な。この事実をパリ共和国政府に対してご報告申し上げますがよろしいので?」
「はっ、あのような輩が政府とは片腹痛い。無法者の集団ではないか。帝国軍が王都を解放するまでの仮初の体制であるぞ。そのほうらも商人であるならば、どちらにつくのが利があるのか分かるであろう?」
領境警備の係官にすら、帝国軍の侵攻予定が知られているようだ。これは元・王太子の言に対する信憑性が生じたとも言える。
「親父、とりあえず払うしかないよ。荷を帝国へ運ばないことには利が出ないんだからさ」
アリエルとしては金貨100枚くらい、あとで伯爵家を襲撃して奪い取れば良いではないかと考えているのだ。その考えが以心伝心で伝わったのか、ラルフとしても仕方なさそうに金貨100枚を支払ったのである。
なお、アリエルたちは金貨500枚程度を旅の資金及び帝都滞在費用として準備していた。そこから通行税を支払うことはできたものの、残りの金額では四人分の約半年に渡る生活費としては少々心もとない。
必ず回収、いや利息を付けて10倍くらいの金貨を取り戻すことを心に決めたアリエルであった。
…
帝国へ向かう街道はこの伯爵領の領都を通っている。アリエルたちはその領都へ到着次第、その日の宿をとることにした。ちなみに、その宿には少し長めに滞在する予定である。
なぜなら…。
「領主の屋敷を襲撃して、伯爵を殺害、貯め込んでいるであろう大量の金貨を強奪するよ。あ、襲撃する当日になったら、エルビスお兄さんとケイトお姉さんは宿で待っててね。さすがに強盗の共犯にすることはできないし…」
「ああ、分かった。ただ、その計画を他言しない条件として一つだけ約束してくれないか。無関係の使用人たちをできるだけ殺さないようにしてほしい。もちろん、エルとラルフさんの安全が第一だから、一人も殺すなとは言わないけどね」
エルビスも考え方が柔軟になったものである。以前のエルビス(正義厨くさい)だったら必ず制止していたことだろう。
「警部殿、これは国有財産の強制徴収ですぜ。強盗ってのはどうにも聞こえが良くねぇ」
「ああ、そうだったね。共和国の新たな法によれば『法の下の平等』が全人民に適用され、元・貴族階級の人間はこれまでの特権的身分の放棄を宣言しない限り、その人権を認めずってことになっているんだよね。つまり、そいつらへの殺害行為には殺人罪が適用されないってことになる。なにしろ、人権が無いからね。これによって伯爵家の屋敷を襲撃することが適法化されるってわけ」
アリエルの説明を聞いて感心した様子のエルビスとケイトだったが、いやいや恐ろしい論理展開である。この法は決して『人権が無い人間を殺しても良い』とは言っていないのだ。アリエルの拡大解釈であり、その証拠にラルフが呆れた様子で彼女のことを眺めていた。
「まぁ、すぐに行動を起こすわけじゃない。まずは屋敷を偵察して、できるだけ警備の人数や使用人の数なんかを事前に把握しておきたいところだよね。襲撃の当日に領主が不在でも困るし…」
「ああ、まずは街で聞き込みだな。領主の屋敷に出入りしている御用商人と接触できれば御の字なんだが」
たった二人だけでの殴り込みになるのだ。事前の準備を周到にしておくことは極めて重要である。
…
それから五日後、襲撃準備は整った。
屋敷を警備している伯爵家の騎士たちは総勢30人で、10人ずつが三交代制で屋敷を警備しているらしい。
予想よりも騎士の人数が多いが、これは革命騒ぎを原因として騎士団を増員した結果である。ただ、一度に対処しなければならないのは、あくまでも10人だけと考えて良い。戦力を集中されると困るが、各個撃破が可能ならば十分に対処できる人数だろう。
「警部殿、ロベスピエール作戦のときは革命軍のほうが人数が多かったせいで余裕があったけどよ。今回はたった二人ですぜ。なので警部殿の能力をあてにせざるを得ねぇが、よろしく頼んますぜ」
「ラルフおじさんも愛用の短刀で活躍してくれることを期待してるよ。ただし『命大事に』を心がけてね。あと、機動力が必要なときには背中におぶってもらうかもしれない。頭の片隅に入れておいて」
「前回と違って今回は女性ってのが分かってるから、なんだか別の緊張感がありますな。ただ、胸が無いのは救い…って、ああっ、殺気をふりまくのは止めて!」
どうにも一言多いラルフであった。




