041 帝国行き準備
アリエルはラルフと共に冒険者ギルドを訪れていた。革命後では初めてのことだった。
「エル君、お久しぶりですね。今回の市民革命でのご活躍は噂で聞いてますよ。冒険者はお辞めになって、今は警察官なんですってね?」
顔見知りの受付嬢がアリエルに親し気に話しかけてきた。そう、彼女はすでに冒険者を廃業していたのである(ギルドへは脱退の書類を送付済み)。
ちなみに、王国時代に警吏と呼ばれていた治安維持や犯罪捜査を行うための存在は、共和国になってからは警察官と呼称変更されている(もちろん、アリエルの提案である)。
「うん、そうだよ。今日は警察官というよりは政府の人間として、Sランクパーティー『巨大魚』のエルビスとケイトに対して指名依頼を出しに来たんだよ。二人はここに顔を出してる?」
「ええ、一日おきくらいには来てますよ。今日もそろそろ顔を見せる頃合いじゃないかしら?」
その発言が引き鉄となったのだろうか、ギルドのドアが開くや否やエルビスとケイトの兄妹が姿を現したのであった。
「おっ!エル君じゃないか。いや、ドラド警部と言ったほうが良いかな?…てか黄金郷かよ」
アリエルの新たな名前であるエル・ドラドとは前世では『黄金郷』という意味である。
「そっちはラルフさん、いやローレン警部補だったよな。…ってファッションブランドかよ」
ラルフ・ローレンは有名なファッションブランドだが、前世の知識を持つエルビスだからこそツッコめるネタである。
「そういうエルビスお兄さんも家名をスペードに決めたそうだね。プレスリーじゃなくて良かったよ。まぁ、妹さんの名前が有名ファッションブランドになるけどね」
ケイト・スペードもファッションデザイナーであり、ブランド名であることはラルフ・ローレンと同じである。
アリエルとエルビスの感性は割と似通っているのかもしれない。
「で、今日は俺たちに会いに来たのかい?」
「うん、お兄さんたちに依頼を出したくてね。実は帝国へ行くつもりなんだけど、護衛として一緒に行ってほしいんだよ」
この世界が乙女ゲームだからなのか(どうかは知らないが)、異なる国でも同じ大陸共通語という言語が使われているのだ。そのため、外国へ行くことについてのハードルは極めて低い。通貨にしても金貨や銀貨が共通のものであり、両替の手間が一切無いのだ。さすがはゲームの世界。ご都合主義である。
ただ、通貨発行権とは独立国家の重要な権利であり、国家の根幹たる権能だと思うのだが、そのあたりはどうなっているのだろうか?アリエルにとっては疑問を感じざるを得ない社会環境である(いったい誰が硬貨を鋳造しているのやら…)。
「うーん、指名依頼の依頼料は高いよ。なにしろ俺たちはSランクだからね。帝国へ行くとなると期間も長くなると思うんだけど、大丈夫かい?」
「国の予算で賄うから大丈夫だよ。二人で一か月あたり金貨30枚でどう?」
「安っ!一人一か月15枚かよ。まぁ、エル君には恩義があるから依頼を受けるのは構わないんだけど、俺たちの冒険者ランクに見合う報酬額にしてくれないと困るんだよな」
ここで受付嬢が口を挟んできた。
「そうですよ、エル君。Sランクをそんな安い報酬で働かせるなんて、ギルドとしても認められませんよ」
ここからすったもんだの交渉をした結果、依頼料は一か月金貨100枚と決まった。国からは(ギルドの手数料分を含めて)一か月あたり金貨120枚の支出となる。アリエルとしては自分の懐が痛むわけじゃないのでもっと出しても良いのだが、ロベスピエール大統領からはできるだけ安くしてくれと懇願されていたのだ。
国の予算を管理する為政者としては当然の主張(というか要望)だろう。
…
移動に用いるのは二頭立ての幌馬車で、国の予算で用意したものだ。御者については、エルビスとラルフが交代で務めることになっている。
帝国との国境までは約二週間、とりあえずは帝都まで行くつもりなのでさらに二週間はかかるらしい。
帝国滞在期間を一か月から三か月程度と見込んでおり、その間に『聖女』を見つけ出して捕縛するのである。さらに、ついでと言っては何だが、帝国貴族を暗殺していくつもりでもある(以前、ここ王都でやったように)。
元・王太子の発言を信用できるかどうかは分からないが、帝国がパリ共和国へ軍事侵攻してくる可能性がある以上、少しでも国力を削いでおきたいということである。
なお、帝国はパリ共和国政府を公式に承認していないため、現時点での両国の国交は断絶している。なので、アリエルとラルフは行商人の親子で、エルビスとケイトはその護衛という立場で国境を越えるつもりだ(商人などの民間人の入国は認められているので)。
行商人親子の実体が今後帝都を震撼させることになる凶悪なテロリストであることなど、誰にも想像できないだろう。
『聖女』のせいで巻き込まれることになった帝国こそ、いい面の皮である。
…
帝都行きを明日に控えた日の夕刻、壮行会がある飲食店の個室で開催されていた。防音性能の高い部屋であり、盗聴対策に気を遣っていることがよく分かる。
出席者は四人で、以下の通り。
・エル・ドラド警部(アリエル・ラルーシュ元・侯爵令嬢)
・ラルフ・ローレン警部補(元・エドワーグ・ファミリー若頭)
・エルビス・スペード(Sランク冒険者)
・ケイト・スペード(Sランク冒険者)
アリエルが主催者としての音頭をとってワインで乾杯したあと、居住まいを正して話し始めた。ちなみに、この世界ではワインは水のようなものであり、アリエルの飲酒に問題はない。
「明日から一か月間も共同生活をしていくことになるからね。どうせバレるだろうし、ここで言っておくよ」
「ん?エル君の秘密の暴露か?良いねぇ、いかにも仲間って感じだよな」
エルビスの茶々入れをスルーして、告白を続けるアリエル。
「おいら、いや私の性別は女だよ。なので、宿屋で二人部屋になるときはケイトお姉さんと同室にしてね」
「「「なにぃぃぃぃぃ~」」」
この部屋の防音性能が高くて良かった。そう思えるくらいの三人の絶叫だった。
「あ、でも対外的には秘密だよ。ローレン商会会頭であるラルフ父さんの息子エルというのが建前だから、そこは間違えないようにしてね」
「あ、ああ。しっかし、そうか…。いや、ちょっと安心したよ。僕の性癖がヤバい方向へ向かっているのかと…。ごほっ、いや何でもない」
「エルちゃん、可愛い!ああ、でもちょっと残念かも…。エルビス兄さんに教えてもらった言葉なんだけど『ショタ』だとばかり思ってたのよね~」
「エル坊、いや警部殿。あんたを背中におぶった際、胸の感触が感じられ…、おっ、おい、殺気を放つな。あんたの殺気はシャレにならんぞ」
言いたい放題の三人であった。




