039 地下牢再び
聖女の行方は杳として知れなかった。
アリエルとラルフの二人は王都(現在は王都ではなく、首都となっているが…)にある教会をしらみつぶしに当たってみたのだが、その滞在の痕跡すら見つけられなかったのである。
もしかしたら首都を逃げ出して別の街にいるのかも…。最悪、この国から出奔している可能性すらある。
共和国全土と比較すると相対的に狭いこの首都ですら捜索は困難だというのに、他領や他国までを考えると気が遠くなる。いったいどこへ消えたのだろうか?
それよりも姿を消した理由は何なのだろう?
革命の動きは誰にも察知されていなかったはずだ。そもそも彼女の意思による失踪なのだろうか?拉致や誘拐といった線も考えられるのではないか?
八方塞がりという状況に陥ったアリエルは、再度地下牢にいる元・王太子の元を訪ねてみることにした。
最初の訪問から数えて、すでに一か月が経過している。果たして元気に生きているのだろうか?
…
螺旋階段を使って悪臭漂う地下牢の円形ホールに降りると、そこかしこから呻き声が聞こえてきた。
罪人たちの食事は家畜の餌のようなもので、最低限の量しか与えられていないらしい。飲み水も同様である。
トイレには尻を拭くための紙も無いため、肛門の周りはすっかりかぶれていることだろう。一か月も身体を洗えず、歯も磨けていない。まさに動物と同じ扱いである。
昼間でも薄暗く、夜間は真っ暗闇になる環境においては、彼らの瞳孔は開きっぱなしだ。もはや瞳孔径の調整機能さえ失われているかもしれない。
そんな環境でも(いや、そんな環境だからこそ)虫たちが床や壁を元気に這い回っていた。
元・王太子の牢の前までやってきたアリエルとラルフは、鉄格子越しではあるが彼に向かって話しかけた。
「久しぶりだね。そろそろ気が狂ってる頃合いかな?」
ラルフの掲げるカンテラの明かりが眩しいのか、両腕を顔の前にかざしている元・王太子は億劫そうに答えた。
「ああ?あぁ、お前か。俺をここから出してくれる気になったか?金貨1000枚だぞ、1000枚」
「うーん、そうだね。金貨なんて要らないんだけど、聖女の居場所を教えてくれるのなら特別に出してあげても良いかな。どうする?」
無精髭に覆われ、日本のホームレスよりも遥かに汚らしくなっている元・王太子は、かつてのイケメンだった姿が嘘のようである。その彼が少し悩んだあとに語り始めた。
「エルザは隣国である帝国へと亡命したはずだ。もしものときはそうするって言ってたからな。で、もう少ししたら、帝国の軍隊を率いてこの国へ侵攻してくるはずだぜ。そうなったら俺たちは解放されるって寸法さ」
「へぇ~、やっぱりかなりのお馬鹿さんだね。そんな情報をペラペラとしゃべるなんて…」
「おい、話したんだから俺をここから出せ」
「良いよ。ただし以前言ったよね。出るときは処刑台へ向かうときだって。それでも良いなら出してあげるよ」
「くそっ、騙しやがったな。だったら帝国が助け出してくれるのをここで待つことにするぜ。貴様、覚えてろよ。帝国がこの国を占領したら真っ先に殺してやるからな」
なるほど。それが拠り所となることで、ここでの暮らしに耐えることができていたのか。アリエルはそう納得したのだった。
せっかくなので、国王や王妃、側妃、第二王子、第三王子、第一王女、第二王女、その他側近たち(侍従や侍女)の様子も見て回ることにしたアリエルとラルフ。死んだという報告は受けていないので、おそらく全員がまだ生きているのだろう。
で、結論から言うと、男たちの様子は元・王太子と大差なかった。
ところが、女たちの様子は違っていた。牢の中には分厚い布や敷物が整えられ、容姿もそれほど酷くなっていなかったのである。
不審に思っている二人に対して、牢番を担っている者たちが恐る恐るといった感じで話しかけてきた。
「あまりにもお可哀想だったので、できる範囲で環境を整えさせてもらいました。越権行為ではありますが、なにとぞご容赦を」
「おい、こいつらに快適な生活など必要ないぞ。まぁ、悪臭や虫についてはどうしようもないみたいだけどな」
正義感の強いラルフは激昂していたが、アリエルは牢番たちの後ろめたそうな様子にピンときた。
「ねぇ、こいつらってもしかして女を売ったのかい?だったら彼女たち本人の才覚によるものだし、別に咎めることでもないかな」
そう、彼女たちは(例外なく全員が)我が身を牢番たちに提供することで、少しでも良い生活環境を手に入れていたのである。牢番たちにとっても、陰鬱な任務に対する報酬としては過分のものではないだろうか。
「春を売ってる皆さん、ここから出られたあとのことを考えているのかい?帝国が助けに来てくれるって誰かが言ってたよ。もしそうなったら皆さんはどうするの?娼館で働くつもりなの?」
全員に聞こえるように大声で語りかけたアリエルは、女たちの悲鳴やすすり泣く声を背にその場を悠然と立ち去ったのであった。
女たちには絶望を、男たちには一縷の希望を与えたアリエルの性格の悪さを見たラルフは、自分の上司の復讐心が一向に衰えていないことを確認したのであった。




