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003 王都からの脱出

 宿屋の宿泊費は一泊で金貨1枚だった。かなりの高級宿である。

 だが問題はない。騎士の男の財布の中には金貨が12枚ほど入っていたのだから(ちなみに、日本円に換算すると12万円ほどだ)。

 二人の牢番の財布からも銀貨や銅貨を奪っていたので、小銭の確保についても問題ない。屋台などの小さな商店では、金貨というのは高額過ぎて使いにくいのだ。

 王都を出て次の街へ行く乗合馬車に乗るための乗車賃も(おそらくは)問題ないだろう。推測ではあるが、金貨1枚から2枚程度だと思うのだ。

 アリエルは侯爵令嬢であり、市井(しせい)の物価などを把握してはいない。だが、日本人としての知識からそう推測した。そして、その推測はあながち間違ってはいなかった。


 その宿屋の1階は食堂になっており、宿泊客はそこで食事を()れるようになっている。

 夕食の時間、彼女は一人でテーブルに座っていた。

 ただ、そこの従業員の女性の態度はあまり褒められたものではなかった。

 客が多くて混み合っているならまだしも、客の入りが3割程度であるにもかかわらずイライラとした態度を隠さなかったのだ。仕舞いには舌打ちまでしていた。

 料理をテーブル上に置くときも放り投げるようにしたため、飛び散ったスープがアリエルの服を汚していた。もちろん汚れても構わない服ではあるが、女性からの謝罪の言葉は一切無かった。

 彼女としても揉め事などは起こしたくないのだ。目立つことなく、この王都を脱出することが最優先事項である。


 しかし、腹に据えかねた彼女はこっそりと能力を使用した。

 従業員の女性の大腸内(肛門近く)に空気の塊を生成したのだ。ちょうど彼女が隣のテーブルの常連客と(おぼ)しきイケメン男性と談笑していたときのことだった。


 ブッ。


 食堂の喧騒の中でもかなりの音量で響いた音は、イケメン男性の顔を凍りつかせた。

 音源は言うまでもなく、談笑中だった従業員の女性の方だったからだ。こういうとき、おばちゃんなら平然とした態度で『私じゃありませんよ』と(うそぶ)くだろうが、そこは若い女性だ。顔を真っ赤にしてしまい、白状しているのも同じという状況に(おちい)っていた。

 涙目で厨房の奥へと走り去った女性は、二度と戻ってくることはなかった。少なくともアリエルの食事が終わるまでは…。


 翌日、朝食を()った後、宿屋をチェックアウトしたアリエルは、隣街へ向かう乗合馬車の乗り場へと向かっていた。宿の人にその場所を聞いていたのだ。

 運賃は銀貨3枚(日本円換算3千円ほど)で、夕刻には隣街へ到着できるらしい。

「きったねぇ坊主だな。くせえし、ちょっと離れて座ってろや」

 宿に風呂は無かったし、身体を清拭(せいしき)することもしなかったアリエル。これは男装のため(女性として認識されないように)でもある。

 なお、下着にしても服にしても替えは無いし、洗濯もできないのだ。少々臭いくらい、彼女にとっては許容範囲であった。


 すでに彼女が脱獄したことはバレているだろう。牢番が死に、騎士が痴呆状態となっていることも…。

 王都の街門を首尾よく抜けられるか、それが懸念事項だったのだが、どうやら問題はなさそうだ。

 いや、門にはいつもより騎士の姿が多く、貴族女性や身なりの良い女性を厳しく取り調べていたのだが、髪を短くし、顔を汚したアリエルに気づく人間は誰一人としていなかった。


 …


 馬車はすでに行程の半ばを消化し、現在は森の中を突っ切るようにして街道を進んでいる。

 そこに盗賊団(らしき集団)が現れた。

 馬車の中には護衛として雇われた冒険者と呼ばれる男が同乗していた。

 彼は腰に()いていた剣を抜き放ち、御者台の上に仁王立ちになってこう言った。

「お前ら、何者だ?怪我したくなかったらとっとと()せろ」


 威勢だけは良いようだが、どう見ても多勢に無勢である。護衛の役割は野生動物を追っ払うことくらいで、このような大集団との戦いなど想定されていなかったのだ。

「おいおい、この状況でよくそんなセリフを言えたものだ。逆に、とっとと降伏したほうが身のためだぜ」

 集団の後方から前のほうへ出てきたのは、一際(ひときわ)体格の良い男だった。おそらく、この集団の頭目だろう。

 護衛の冒険者は観念したのか、剣を鞘に納めてからこう言った。

「降伏するよ。金も差し出す。それで勘弁してくれ」

 冒険者にとっての最優先事項は『生き残ること』であり、勝てない戦いに身を投じることなど到底あり得ないことなのだ。

 ただ、御者や乗客たちからの非難の視線が冒険者の男に突き刺さっていたのは、やむを得ないことでもあった。


 ただ、アリエルだけは平静を保っていた。

 いや、逆に内心で歓喜していたと言っても良い。なにしろ実験体がこんなにたくさん現れてくれたのだから。


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