025 ファーストアタック
ラルーシュ侯爵家が王都に所有するタウンハウスの広い庭に、当主夫妻の乗る豪華な馬車と使用人たちの乗る普通の馬車三台、それにSランクパーティー『巨大魚』の幌馬車が停まっている。
そのほかに騎乗した騎士たちが14名もいるため、護衛戦力としては十分である(決して過剰戦力というわけではないが…)。
ちなみに、目的地であるラルーシュ侯爵家の領地までは約一週間の行程だ。
「それでは出発する」
騎士隊長の指揮で彼らの移動が始まった。隊列は、まず騎馬が一列三名の縦隊二列で六騎、次に豪華な馬車、使用人の馬車が三台続き、殿にも二列縦隊六騎だ。さらに豪華な馬車の両脇にも、騎馬が一騎ずつ並走している。
その一行に少し遅れる形で、冒険者の幌馬車が後続している。せっかく護衛として雇ったのに、当主夫妻の乗る馬車とはかなり距離があるわけだ。これは騎士たちの矜持を守るためだろう。
王都外壁の門を目指して進む彼らをアリエルは先回りして待ち構えていた。
門の上部には人が立てるような足場があり、そこには巡回の騎士たちが詰めている。しかし、その場に常時二名いるはずの騎士たちはなぜか倒れ伏していた。そう、アリエルの仕業である。
見張り任務の交代時間までは、この状況が発覚することはないだろう。
そして、門を通過していくラルーシュ侯爵家の一行。
アリエルは先頭を進む六騎の騎士たちの脳内に空気を生成した。即死させなかった理由は、彼らが落馬したせいで隊列が止まってしまうのを恐れたからである。
次いで豪華な馬車の御者の心臓を止めた。さらにその両脇にいる騎士二名の脳内にも空気を生成。
後続の使用人用の馬車を操る御者も殺していった。
最後に殿を守る騎士たちについては、御者たちと同じように即死させた。六人がバタバタと落馬していく様子を見て、後続していた『巨大魚』の幌馬車が急停止した。
頭痛に悩まされている先頭の騎士たち及び御者不在となった四台の馬車は、後方で発生した事態に気づかず進んでいく。
これによって、侯爵家一行と冒険者たちは分断された。
アリエルはすぐに外壁上から階段を使って地上へと降り立ち、その場から姿を消した。このあと一人で馬に乗って奴らを追いかけるのだ。もちろん、王都を出るのは別の門からとなる(この門はしばらくは通れないだろう)。そして、彼女が奴らに追いつく頃にはその護衛戦力はほとんど消えているはずである(脳内出血によって…)。
門の手前ではSランク冒険者のカイルが大声で何かを喚き散らしていたが、その門は六人の騎士の死体で塞がれているため、彼らの馬車は停まらざるを得ない。いわゆる通行止めである。
ちなみに、アリエルとしてはここでそのカイルも抹殺しておきたかったのだが、安全マージンを考慮した結果、ここで下手に手を出すことは避けるべきと判断した。仲間のエルビスがどのような能力を持っているのか不明なのだ。
とりあえず優先すべき目標はラルーシュ侯爵夫妻ということでもある。
「はやくそいつらをどかせろ。依頼人が先へ行ってしまう」
倒れた騎士たちの生死など自分たちには関係ないとばかりに、焦ってパニックになっているカイル。
彼のリーダーとしての能力には疑問を抱かざるを得ない。そういう稚拙な言動であった。
…
王都から10kmくらい離れた位置で一人の騎士が落馬した。どうやら力尽きたらしい。
すぐに隊列を止めた騎士隊長は、後ろを振り返って目にした光景に愕然とした。馬車の御者が御者席に横たわっている。目を見開いていたが、生死は不明だ。
さらに馬車の後ろから後続しているはずの騎馬の姿が見えない。冒険者の幌馬車もそこには無かった。
馬車を牽く馬たちは御者不在ではあるが、独自の判断でその場に脚を止めていた。
「何なんだ、これは…。くっ、頭が…」
頭痛が治まっているわけではないのだ。脳内に生じた空気が勝手に抜けることはなく、乗馬の際の振動によって徐々に脳内出血が始まっていた。
突然街道上に停まった馬車に対して違和感を覚えたのか、豪華な馬車の中からラルーシュ侯爵が顔を出した。
「なぜ停まっておる?賊でも出現したのか?」
「い、いえ。どうやら何らかの攻撃を受けたようでございます。先行の部隊は一名が死亡し、残る七名には私も含めて戦闘力の低下が見られます。また馬車の御者たちが倒れておりますが、生死は不明です。さらに後続の部隊や冒険者たちの姿が見えません。彼らと分断されたものと推測します」
これだけ戦力の低下した状態で先へ進むのは、野盗などに襲ってくれと言ってるようなものである。王都からの距離はそれほどでもないので、ここは引き返すのが正しい判断と言えよう。
「暗殺者のいる王都へ戻るなど言語道断だ。すぐに先へ進むぞ。使用人の中から御者のできる者を探せ。今日中に次の宿場町へ入るぞ」
騎士隊長としては王都へ引き返すべきと意見具申したかったのだが、当主の判断は絶対だ。それに暗殺者が王都にいるというのは、間違った判断では無いかもしれない。
仕方なく、王都に最も近い宿場町を目指した一行だった。
そこにはなんとか夕方には到着したのだが、その時にはさらに四名の騎士が死亡していた。これでラルーシュ侯爵家の護衛は僅か三名だけとなったのである。




