024 ラルーシュ侯爵家
Sランクパーティー『巨大魚』のメンバー全員が冒険者ギルドへやってきたのは、とある貴族家からの護衛依頼を指名されたからである。その詳細な依頼内容を確認するためだったのだ。
依頼とは、その貴族家の当主と奥方が自身の領地へ向かう際の道中の護衛である。ちなみに、王都を発つのは三日後だ。
アリエルが冒険者ギルドでそのパーティーメンバーと遭遇した翌日、斥候職のエルビスは彼女と密かに会っていた。同じ転生者なのだ。できるだけ情報交換をしておきたいと考えたのも無理からぬことである。
「エル君、僕たちは明後日王都を発つんだけど、君も一緒に来ないか?向かうのはラルーシュ侯爵領だから、往復で二週間くらいの旅路になるけど…」
アリエルは耳を疑った。そして、内心の喜びを表情に出さないようにするのに苦労した。両親を殺す最大のチャンスであり、これが最後のチャンスになるかもしれないのである。
そうか、奴らもこの王都から逃げ出すつもりか。彼女は内心で嘲笑った。
しかし、エルビスに対してこう返答した。
「いや、遠慮しとくよ。てか、おいらは反体制派だから、王族や貴族って敵だからね」
「え?まさかアカなの?前世からの共産主義者なのかい?」
「違うよ。おいらは民主主義者だよ。どちらかというと、左派ではなく右派だね。共産主義者ではなく、共和主義者ってこと」
異世界転生もの(小説や漫画)では、転生先のファンタジー世界というのはほとんどが王制であり、それを打倒するような思想はあまり出てこない。エルビスは思わず絶句した。
「もしかして僕たちの護衛対象であるラルーシュ侯の襲撃を画策してる?最近、貴族が殺される事件が頻発してるけど…」
「ふふ、どうだろうね。でもこれだけは言っておくよ。おいらの邪魔をするなら躊躇わずに殺す。たとえ転生者仲間であってもね」
「うーん、その自信を見ると、君も何らかの能力者なんだろうね。僕としては君のような子供を攻撃したくはない。でもSランクの冒険者として、任務は果たさなくてはならない。困ったなぁ」
エルビスの困り顔を見たとき、アリエルは思った。この男は本当の善人なんだろうな。私とは大違いだ…と。
あと、『君も』というセリフから判断して、エルビスが何らかの能力者であることをアリエルは確信した。転生者ならではのチート能力かもしれない。
「君が僕たちと敵対すると決まったわけじゃないし、さっきの話は聞かなかったことにするよ。ところで、明日は事前の顔合わせなんだけど、リーダーが何かやらかさないかが心配だよ。なにしろ、沸点の低い人間だからね」
「そんなんでよくSランクに成れたものだね。よっぽど実力があるのかな?」
「まぁね。剣技で右に出る者は少なくともこの国にはいないだろうね。僕だったら勝てるけど…」
ごく自然に自分自身の優位性をぶっこんでくるエルビスであった。やはりチート持ちなのかもしれない。
…
「侯爵閣下に拝謁を賜り、恐悦至極にございます」
口上を述べたのは可愛い系の女性だった。本来はパーティーのリーダーであるカイルが行うべき言動だが、彼には敬語を駆使できるような教養が無いらしい。
「うむ、くるしゅうない。明日からの護衛をよろしく頼む。Sランクパーティーの実力に期待しておるぞ」
ラルーシュ侯の目が発言した女性の胸元に吸い込まれていた。嫌らしい目つきだった。
なお、この可愛い系女子はエルビスの実の妹であり、やはり能力者である。兄妹揃って能力者であるのは、アリエルとその死んだ兄と同じであり、極めて珍しい。
髪色はクリーム色で、ゆるふわな雰囲気を持つ可愛らしい女性であり、華奢な体躯でありながらも豊かな胸が内側からローブを押し上げているのが分かる。
ちなみに、リーダーのカイルが彼女に頻繁にアプローチをかけているのだが、全く相手にされていないらしい。
その他のパーティーメンバーだが、茶髪で大盾を持つ男性はアリエルの想像通り盾役だった。厳つい風貌で、周囲の人間を常に見下している。そう、彼もまた能力者だったのだ。『絶対防御』という能力らしい。
もう一人の女性は通称『魔法使い』と呼ばれているが、その能力は『水操作』であって、『水魔法』ではない。
『水魔法』が何もないところから水を生み出すことのできる能力であるのに対し、『水操作』は既存の水を操る能力である。もちろん、それもまた魔法と言っても過言ではない力ではある。
ちなみにこの『水操作』、実はかなり恐ろしい能力である。アリエルの『空気生成』に匹敵するほどの即死能力であると言えるだろう。
なぜなら、人間の身体はその70%が水分であり、例えば血液の流れを操作することにより人間だろうが動物だろうが関係なく、あっけなく殺すことができるのだ。しかし、彼女本人も他のパーティーメンバーもそれに気づいてはいなかった。転生者であるエルビスを除いては…。
「エルビス兄さん、どうだった?私、頑張ったよ。ねぇ褒めて褒めて」
侯爵邸からの帰途、エルビスに纏わりつく妹。どうやらブラコンの気があるようだ。
「ケイト、なかなか堂々たる挨拶だったぞ。よくやった」
妹の名はケイトというらしい。エルビスは自身の腰に抱きついている妹の頭を優しく撫でてやった。
「侯爵ごとき小者に俺様が出るまでもないからな。まぁ無難な挨拶だったぜ」
爵位の序列すら知らないという無知をさらしたカイルに対して、メンバーたちは冷ややかな視線を送った。貴族の中で侯爵位は上から二番目である。その上の公爵が王族であることを考えると、実質的に臣下の中の最高位であるとも言えるのだ。
「カイル、侯爵は小者じゃねぇぞ。ま、俺たち冒険者にとっちゃ関係ないがな」
茶髪男性が一見重そうな大盾を軽々と振り回しながら、リーダーの間違いを指摘していた。
「ロブさんよぉ。それはこの俺様が間違ってるって言ってんのか?お前、何様?」
「い、いや、俺はそんなつもりじゃ…」
途端に弱気になる強面のロブ。パーティー内の序列がよく分かる光景だった。
「そんなことよりさぁ、昨日見たエルって子、締めちゃわない?あ、エルビスのことじゃないわよ。ギルドにいた生意気な糞ガキのことだから勘違いしないでね」
『魔法使い』の美人が提案すると、カイルが喜色満面になった。
「ウルド、良いことを言う。だが、首尾よく出会えるか?」
美人の名はウルドというらしい。真っ赤な髪を腰のあたりまで伸ばした美女だが、性格はかなり悪そうだ。実は彼女、カイルのことが好きなのだが、カイルの関心は現在ケイトに向いているのである。
余談だが、ロブはウルドに好意を持っているのだが、告白はしていない。なんとも複雑な人間関係である。
「とりあえずギルドへ行ってみましょうよ。今日もいるかもしれないわ」
こうして彼らはギルドへ向かったのだが、アリエルと出会うことはできなかった。彼女はラルーシュ家の領地へ向かうための準備に忙しかったのである。




