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020 皆殺し

 野外舞踏会の会場となっている公園の一角に暴徒が集結している。

 警備の騎士の中の責任者らしき男が、怒鳴り声を張り上げていた。

「お前ら、散れ!用もなくこの場にいた場合、しょっ引いて牢獄に入れるぞ」

 急いで騎士たちもここへ集結しているようだが、数の差は歴然だ。戦力比は1:100くらいにはなるのではないだろうか。もちろん、民衆側が100である。


 民衆の後方に控えていた『エドワーグ・ファミリー』の元締めが、側近である若頭(わかがしら)に小声で何かを伝えていた。おそらくは襲撃のタイミングを伝えていたのだろう。

 しばらくは睨み合いの状態が続いていたのだが、そこに『ジャーン』という大きな音が響き渡った。銅鑼(どら)のようなものが叩かれたのである。

 襲撃者側は一斉に騎士たちに襲いかかり、現場は大混乱の様相を呈していた。

 ある騎士が一人の人間を斬っている隙に、その数倍の人間がその騎士に襲いかかってくるのだ。職業軍人である騎士といえども、四方八方から斬りかかられてはなすすべもない。

 民衆の死者も出ているようだが、その数倍もの騎士の死体が短時間の内に生成されていた。


 襲撃者側にとっても敵は分かりやすい格好をしているので、同士討ちの心配はない。敵とは騎士の鎧を着こんでいる者、そして(きら)びやかな格好をしている貴族たちである。

 反社の人間も一般の民衆も分け(へだ)てなく協力して、決して1対1で対峙(たいじ)しないように戦っていた。1対1では騎士側が勝つに決まっているからだ。

 アリエルはその状況をしばらく眺めていたのだが、突破口が開かれたと判断して動き始めた。

 小走りで公園の外周付近まで近づいた彼女は、死体の山を踏み越えながら舞踏会の会場となっている公園の中心部分へと近づいていった。


 そこには阿鼻叫喚の地獄が現出していた。

 騎士たちの肉壁をすでに突破した民衆が、貴族連中に対する殺戮(さつりく)劇を繰り広げていたのである。アリエルにとっては少し出遅れた感があった。

 逃げ遅れた人間には女性が多く、豪華なドレスは血に染まり、土の地面の上に倒れ伏していた。エスコート役の男どもは、自身のパートナーを見捨てて逃げ去ったようである。

 しかしながら、位置的に正反対となる側にもまた襲撃者の待ち伏せがあった。全周包囲は無理だが、公園の出入口は三か所しか存在しないのである。その三か所を閉塞(へいそく)しておくのは戦術的にも当然のことだろう。

 公園の出入口以外の所から塀を越えて逃げれば逃げられたかもしれない。しかし、パニックに(おちい)った貴族連中にとって、そんなことは全く頭の中に無かった。


 民衆にとって幸運だったのは、会場警備にあたる騎士の人数がそれほど多くなかったことだろう。王家の思惑(おもわく)としては暗殺者は一人もしくはせいぜい数人なので、あまりにも警備担当者が多いと襲撃自体を見合わせるかもしれないという懸念を抱いたらしい。

 この判断により、舞踏会参加者の命運が決まったと言っても過言ではない。つまりは皆殺しだ。

 ただ、そんな中、アリエルは焦っていた。彼女の兄がなかなか見つからないのである。


「あの糞兄(くそあに)はどこにいるのかしら?まさかもう死んでるの?」

 自身の手で殺すことを夢見ていたというのに、勝手に死んでんじゃねぇよ。内心でそう思いつつも、会場内を駆け回るアリエルであった。

 そして、どうやら神はアリエルに味方したようだ。茂みの中でブルブル震えている兄を発見したのである。


「お兄様、ごきげんよう。お元気そうで何よりですわ」

 アリエルの兄は一瞬(ほう)けたような表情になったが、耳に届いた声とセリフから自身の妹であると判断できたのだろう。彼女の方を見た。そして絶句した。貴族女性の象徴たる長い髪が、無残にも切られてしまっていたからだ。

「ま、まさかお前はアリエルなのか?そ、その格好はいったい…」

「私は市民革命の闘士、エルと申します。あなた様はラルーシュ侯爵家のご嫡男とお見受け致します。革命の理念に基づき、あなた様にはこの場で死んでいただきますので、お覚悟を」

「ま、待て!待ってくれ!お前にかけられた罪は冤罪であり、すでに名誉は回復されているのだ。家に戻ってこい。父上や母上も喜ぶことだろう」

 なるほど。実家が安泰であった理由が判明した。できれば国家反逆罪の連座により、すでに没落していれば良かったのに…。


「私はすでに以前の名を捨てております。ラルーシュ侯爵家とは何の関わりもございません。それよりもあなた様の『治癒』の能力をお仲間たちに使って差し上げれば如何(いかが)でしょう?こんなところに隠れていないで…」

「そ、そんなことをすれば俺が殺されるではないか。いや、待てよ。まさかお前もこの暴徒たちの仲間なのか?」

「うーん、仲間というのはいささか語弊がありますね。この襲撃事件の首謀者というべきかと…」

 彼の表情が驚愕と絶望に染まった。この表情が見たかったのだ。


「さて、そろそろこの場にいる貴族と騎士全員の殲滅(せんめつ)が完了する頃合いでしょうか。残るはあなた様だけですね」

「た、頼む。見逃してくれ。俺はお前の兄なんだぞ」

「私を虐待してきた兄というわけですか。そう言えば、私の能力を覚えてらっしゃいますか?」

「うむ、『空気生成』だったな。何の役にも立たない能力だ」

 アリエルは無言で彼の片目を破裂させた。


 ぎゃー。

 男の悲鳴が響き渡るが、周りの喧騒にまぎれてこちらを注視する者はいない。

「あなた様の眼球内に空気を生成したのですよ。どうか『治癒』で治るかどうか試してみてください」

 アリエルに言われなくても彼はとっくに試していたようだ。しかし、失われた眼球が元に戻ることはなかった。どうやら『治癒』の能力というのは、人間の持っている自然回復力を活性化させるだけの能力であるらしい。だからこそ部位欠損には無効なのだ。


「今からあなた様の脳内に空気を生成致します。脳が傷ついて出血するかもしれませんが、『治癒』の能力で回復していってください。どうかできるだけ長く苦しみますように」

 そう言ってにっこりと笑ったアリエルは、間髪入れずに脳内クモ膜下に空気を生成し、脳内圧力を高めた。

 四つん這いになって嘔吐する様子を見ると、まだまだ余裕がありそうだ。彼女はさらに脳内圧力を高めていった。

 脳が傷ついては修復され、また別の個所が傷つくが、それもまた修復される。修復はされても、過去に形成されたニューラルネットワークが再生されるわけではない。

 次第に思考力を失っていく(ように見える)自身の兄を見ながらアリエルは思った。このまま続けた場合、赤ん坊の状態に戻るのかしら?


 しかし、その疑問が解消されることは無かった。さすがに『治癒』が追い付かなかったのだろう。そう、彼は死んでしまったのである。かなりの苦しみと共に…。

 これをもって、最重要標的(ターゲット)の一人はついにこの世から消え失せた。次は王家かな?いえ、やはり両親が先だろうか?

 楽しそうに微笑むアリエルの姿を見た『エドワーグ・ファミリー』の元締めである初老の男性は、そこに悪魔を幻視したと晩年語っていたらしい。市民革命の中心人物であった『エル』という少年の逸話の一つである。


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