016 後始末
アリエルがこの街の領主とその妻を殺害しているちょうどその頃、『天使亭』の女店主は独り言ちていた。
「今朝方、悲壮な決意で出ていったあいつらだけど、領主の襲撃には失敗するだろうね、おそらく…。いったいどうしてこんなことになっちまったんだろう?」
こうなればあの少年を色仕掛けで誑かして、自分の味方にするしかない…。純情そうな童貞の若者など手玉に取るのは簡単だ。そう考えている女店主であったが、アリエルが女性であることに気づくことなく、その生を終えることになる瞬間はもう目と鼻の先に迫っていた。
アリエルとしては強姦被害者への補償など、実は考えていなかったのである。被害者が名乗り出ることもないだろうし、加害者である男たちは全員死んだのだから、もはや誰が被害者なのかも調べられない。いや、調べられることを被害者たちは嫌うだろう。
ただ単に、女店主への嫌がらせとしての被害者への補償命令だったのである。
「おはよう。金貨の用意はできたかい?」
『天使亭』のドアを開けて店の中へ入ってきたアリエルは開口一番、女店主に対して問いかけた。
「い、いや、ここにかき集めた金貨が586枚ほどあるけどさ。これで精一杯だよ。なんとかこれで勘弁してもらえないかね?」
「ふーん、被害者は13人だったらしいね。一人あたり金貨45枚ってのは、なめられたもんだ。あ、そうだ。足らない分の12,414枚だけど、100枚につきあんたの身体を一か所破壊することにしよう」
124か所を破壊するということである。手足全ての爪、指先、腕や脚等、末端から順に破壊していっても到底足りないだろう。いや、途中で気が狂うか、痛みで死ぬか…。
ちなみに、強姦被害者の人数については、領主を襲撃して死にそうになっていた男から聞き出した。もちろん、その男にきっちりと止めを刺しておいたのは言うまでもない。
満面の笑顔で言ったアリエルに対して、笑顔を引きつらせながら女店主は申し出た。
「あんた、うちの二階に住まないかい?色々とご奉仕するよ。あたしが快感ってやつを教えてあげるからさ。どう…」
女店主は最後まで自分の言葉を言い切ることができなかった。アリエルが片方の耳の鼓膜を破ったからだ。中耳の鼓室に空気を生成、その圧力により内側から鼓膜を破壊したのである。
突然めまいを生じて倒れ込む女店主。何が起きたのか分からないという表情だった。
「聞こえるかい?124か所の内、まずは一か所目だね。ああ、以前生爪を剥がした分もカウントしてあげるよ。つまり、これが三か所目で残りは121か所ってことになるかな」
「え?何?どういうこと?」
どうやら『残り121か所』という言葉だけは何とか聞こえたらしい。恐怖と絶望に染まった女店主の表情は、後悔の念も加わった複雑なものになっていた。
店を売り払ってでも金を工面するべきだったのだ。自分の見通しの甘さを後悔したが、もう遅い。
…
「これで両手の爪は全部剥がしたね。次は足の指かな?あと、113か所だよ」
「も、もう許して、許してください。お願いします。いっそ一思いに殺して…」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった女店主の顔は、化粧も崩れ、見られたものではなかった。
「この店の建物と土地の権利をこの街の孤児院に譲渡するという念書を書いてくれれば許してあげても良いよ。もちろん、金貨も本当は586枚以上あるんだよね?それも全部譲渡するように。そうすれば苦しまずに死なせてあげるよ」
「わ、分かりました。書きます。だからもう痛いことをしないで…」
この女店主の心は完全に折れていた。この街の暗部を牛耳っていたゴルデスの妻であり、真の黒幕であった女店主としての矜持などすでに失われていたのである。
ちなみに、アリエルの知る由も無いことだったのだが、この女店主の命令によって強姦された被害者も存在した。その動機は若くて美人だった女性への嫉妬である。
小一時間後、アリエルが『天使亭』を辞して、その足ですぐにこの街を出たあと、店に残っていたのは女店主の死体と、一枚の書類、そして大量の金貨だけだった。
書類は、店の権利とここにある金貨を孤児院へと譲る旨を記した念書であり、金貨の総枚数は約800枚だった。
死体は拷問されたあとのように無残なものだったが、その表情はなぜか安らかなものだったという。
…
こうしてアリエルの手により、この街を食い物にしていた盗賊団は壊滅し、その盗賊団を支援していた悪徳領主は死亡、街の暗部を支配していた反社の人間も全て(女1+男5という少数だったが)死んだ。
後世、フローレンス商会や周辺の村の女性たち(盗賊団に捕らわれていた女性たち)によって、『エル』という名の神の御使いの偉業が伝えられることになる。
この街を浄化するために天上より遣わされた御子であると…。
アリエルにしてみれば『ムカついたから殺した』…、ただそれだけのことであり、それ以上のものではなかったのだが…。




