014 領主襲撃
しばらくは宿屋に引きこもって生活していたアリエルだったが、今日は久々にフローレンス商会を再訪した。
「エル君、いらっしゃい。待ってたわよ」
店の奥の従業員スペースへと案内されたアリエルは、そこで商会長とその娘のマリーを含めた三人で密談を始めた。
「君のお望みの情報だがね。毎週の休息日の午前9時頃、教会へ行っているそうだよ。夫人も一緒にね。それ以外だと、あまり外出はしないそうだ。たまに商業ギルドへ行くくらいかな。その場合はイレギュラーになるから、予定を把握するのは難しいだろうね」
『領主』というキーワードを出さずに話す商会長。
ちなみに、休息日というのはアリエルの前世で言うと日曜日のことだ。時間についても一日を24時間に分割しているので、イメージしやすい。
「教会って遠いの?」
「いや、馬車ならせいぜい5分程度だな。逆に言えば、5分もチャンスがあるわけだが…」
おそらく娘からアリエルの目的(領主の殺害)を聞いているのだろう。ニヤリと笑いながら、そう言った商会長であった。
「領主館から教会までの地図を描いて欲しいんだけど、お願いできるかな?」
「私が描いてあげる。エル君の役に立てて嬉しいわ」
マリーに描いてもらった地図には、お勧めの襲撃ポイントまで描き込まれていた。人通りが絶える場所や、逃げる際に身を隠せそうな場所等々…。さすがは地元民である。
「事を成す前に、この地図は燃やしてしまうから安心してね。もっともおいらは捕まるようなへまはしないけどさ」
大切な協力者なのだ。懸念の払拭くらいはしておいてあげるべきだろう。
「うん、ありがとう。エル君の成功を祈ってるね」
アリエルに対して満面の笑みを向けるマリーであった。
…
その頃、天使亭では…。
「領主の屋敷を襲撃する計画はどこまで進んでんだい?きちんと仲間集めはしてんだろうね?」
未だに右手の指先が痛むのだろうか、顔を顰めながらも男たちへと問いかける店主の女性。
「姐さん、無理ですぜ。休息日の朝に馬車を襲撃するくらいならなんとか…。それでも護衛を排除できない可能性が高いってのに…」
「泣き言は聞かないよ。だったら夫人を人質にして、身代金を要求するってのはどうだい?夫人じゃなく、子息でも構わないけどね」
「護衛が付いてるのは同じですぜ。とにかく何か隙を見せないか、常時屋敷を見張ってやす。人質になりそうな奴が、うっかり一人で外出するかもしれやせんし…」
極めて分の悪い賭けではあるが、もはやそれくらいしか望みが無いのだ。刻一刻と死刑執行の日が近づいてきていることをひしひしと感じている彼らであった。
もちろん、執行官はアリエルである。
当然のことながら、そんな都合よく人質の確保などできるはずもなく、直近の休息日を迎えた。ご都合主義の神様は彼らを見放したようである。
男たちは、半ばやけくそな気持ちで領主の屋敷から教会へと向かう馬車を襲撃することにした。チャンスは二回、往路と復路がある。
なお、人込みに紛れて小柄なアリエルが彼らを尾行していたことに気づくような心の余裕など、彼ら二人には無かった。
アリエルとしては、この男たちを囮にして領主を殺すつもりなのである。とにかく、馬車の足止めさえできれば良いのだ。
できれば、領主が馬車の中から顔を見せてくれれば御の字である。
…
しばらく待っていると、男たちの隠れている襲撃ポイントへと領主一行が近づいてきた。豪華な馬車の前方に二騎、後方にも二騎の護衛騎士が見える。
襲撃者が20人くらいいれば殺れるかもしれないが、たった二人では犬死だろう。ただ、そんなことはアリエルにとってどうでも良いことなのだ。
あのとき路地裏で死なず、ここまで生きながらえたことに感謝しろ。そんな気持ちである。
男の一人が装備しているのはクロスボウであり、もう一人はすでに鞘から抜き放った長剣を構えていた。
クロスボウから発射された矢が護衛騎士の乗る馬に命中した。突然の痛みに棹立ちになる馬と振り落とされる騎士。
馬車の御者が手綱を引いて、急制動をかけた。
クロスボウの二射目を番える男と、長剣を持って馬車へと駆け寄っていく男。なかなかの連携だ。
…が、それでもさすがは護衛任務を担う騎士たちである。
即座に混乱から立ち直った一人の騎士は長剣を持つ男を一撃で斬り伏せた。さらにもう一人の騎士がクロスボウを構えている男の胸を剣で刺し貫いていた。
さて、ここまではアリエルの予想通りの展開である。
問題は、領主が馬車の外へ出てくるかどうかだが…。そして、その賭けにアリエルは勝利した。
馬車の外へ出てきた領主が騎士の一人に問いかけたのだ。
「これは何事だ?」
「はっ!どうやら襲撃のようです。この者らに依頼した人間がいるかどうかは、尋問してみないと分かりませんが…」
クロスボウの男は即死だったが、長剣の男のほうは重傷ではあるがまだ息はあるようだ。
アリエルは隠れている建物の陰から、能力の及ぶ距離にいた一人の騎士の心臓を止めた。突然、落馬した騎士を助けようと駆け寄ってきた騎士の心臓も止めた。これで二人。
残りの二人の騎士は、この異様な事態に対して警戒しているのか、抜剣したあと周囲を見回している。ちなみに、騎乗したままだ。
倒れた騎士には近づいてこないので、アリエルの能力が届かない。自分を中心に半径5mがアリエルの能力の及ぶ範囲なのだ。
仕方なくアリエルは建物の陰から姿を現して、馬車のほうへと向かった。
馬車の中の人数は不明だが、目に見える範囲には騎乗した騎士二人と馬車の御者、それに領主の四人がいるだけなのだ。
もはや隠れている必要もないだろう。アリエルは顔を隠すこともなく、悠然と歩いて馬車へと近づいていったのであった。




