012 悪・即滅
チンピラから助けた女性はマリーという名で、この街では中堅どころの売上規模を誇る商会の一人娘であった。商会の名はフローレンス商会。
店舗を構えた小売りも行っているようで、アリエルはマリーによってその店へと連れていかれた。余談ではあるが、調味料や乾物を取り扱う店だった。
「お嬢様、ご無事でしたか?不良どもに拉致されたという知らせを聞いて、御身を案じておりました。まさか…」
従業員の女性が口を濁したのは、すでに強姦された後であるという可能性を考えたからだろう。
「私は無事よ。こちらの少年が助けてくれたの。それで、彼にお礼をしたいからここへ連れてきたのよ。お父様は奥?」
「い、いえ。冒険者ギルドへ向かわれました。お嬢様をお助けするための緊急依頼を出すと言って…」
「うーん、それは困ったわね。私は無事だし、不良グループだって5人中、すでに3人は死んでるし…」
アリエルは思わず咳払いをしてから、こう言った。
「おいらは何もしてないよ。あいつら勝手に心臓麻痺で死んだだけだからね。確率的には低いと思うけど、あくまでも偶然だから…」
マリーはハッとしたような顔になって、従業員の女性に向かって釘を刺した。
「先ほどの話は聞かなかったことにしてちょうだい。と、とにかくお父様の帰りを待ちましょう。エル君もそれで良いかしら?」
エル君というのはアリエルのことである。ちなみに冒険者ギルドに登録している名前もこの名である。
…
「いやぁ、君がFランクとはいえ冒険者だったとは…。娘を助けてくれて本当に感謝している。儂が出した依頼については、君が達成したということを認めるよう、依頼者として冒険者ギルドと交渉するよ」
「いや、それは困るんだよね。依頼は取り下げって形でお願いするよ。だって殺し…ごほっごほっ、死んじゃったからね、あいつら」
そう、強姦未遂の現行犯とはいえ、殺人はヤバいと思うのだ。もちろん、アリエルが殺したという証拠は何もない。なにしろ、死んだ奴らに外傷など全く無いのだから…。
「うーん、それでは個人的に金貨50枚を進呈しよう。これはギルドへ依頼したときに提示した報奨金と同額だよ」
「それも要らない。おいらが欲しいのは情報なんだよね」
マリーは驚愕していた。道端で物乞いをしているアリエルの姿を見ていたので、まさか金貨の受け取りを拒むとは思っていなかったのだ。マリーの父である商会長も目を見張っていた。
「何の情報だろう?儂が提供できるものであれば良いのだが…」
「うん、おいらが知りたいのは、この街の領主の外出予定だよ。いつどこを馬車で通るのかってことさえ分かれば、十分かな」
「それを知ってどうするつもりだい?いやいや、やはり答えなくて良い。世の中には知らないほうが良いことも多いからね。うん、感謝の気持ちを表すためにも、ここ一週間ほどの領主様の外出予定を調べてあげよう。金貨数枚を遣えば、造作も無いことだ」
領主館の使用人たちは、金で主人の情報を漏らすような糞ばかりらしい。アリエルにとっては願ってもないことだが…。
「あ、あと生き残りの不良たちに接触したいんだけど、どこへ行けば会えるかな?」
これにはマリーがすぐに答えた。
「ゴルデス一家と名乗っている不良集団なんだけど、リーダーのゴルデスはさっき死んだわね。なぜか心臓麻痺で…」
「うん。不思議だったよね」
「で、奴らが寝床にしているのが、裏通りにある『天使亭』という酒場の二階らしいわ。酒場の店主は女性で、ゴルデスの内縁の妻らしいんだけど」
「ふーん。領主の予定が分かる前に、ちょっと行ってみようかな。それにしても警吏はそいつらを捕まえようとはしなかったの?」
「被害者を脅すことで、被害届けを出させないようにしていたみたい。危うく私もそうなるところだったんだけど…」
このあと、アリエルはマリーに地図を描いてもらい、その酒場の場所を把握した。
なお、二日後には領主の予定も分かるとのことだったので、明後日以降の再度の訪問を約束してから店を辞したアリエルであった。
…
地図を見ながら『天使亭』の近くまで行ってみると、なにやら慌しい雰囲気だった。泣き叫ぶ女性の声も聞こえてくる。
三人の死体が搬送されてきたのだろう。殺人事件として警吏に通報されることもなく、生き残りである二人の男たちの手によって運ばれてきたものと見える。
まぁ、反社が警吏に頼るなんて恥だしな。アリエルは一人ほくそ笑んだ。
こっそりと窓から店の中を覗き込んでみると、まだ夜の営業開始前なのだろうか、客の姿は一人も無かった。
床にはアリエルが殺した三人の男が横たえられ、その一つに中年の女性が泣き縋っていた。あれがゴルデスという男の内縁の妻なのだろう。
もしもゴルデスのこれまでの悪行を知っていたのなら、彼女も同罪だな。そう思ったアリエルであった。




