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髪恋(はつこい)

作者: 水柄無にもら


1平安京・貴族屋敷庭園(夜)

濃雲覆う都の空。

 都の役人が松明を片手に慌ただしく通りを行き交う。

貴族男壱  「こたびで一体何人目じゃ?」

貴族男弐  「物部殿の遠縁の娘が斬り落とされる前に助けられたであろう。あれを入れれば9人じゃ」

貴族男参  「娘の御髪ばかりが狙われるとは・・不吉な星の前触れに相違ございませぬ!」

貴族男四  「そのような事!やっとお役所が陰陽師の方をお遣わしになったのですから・・」

貴族男壱  「その陰陽師見たさに集まる我らも殊勝なことよ」

 屋敷軒下に集まる野次馬貴族達。

 庭園の中心には複数の陰陽師達、薄汚い姿の男を取り押さえている。

 男、血走った眼と尽状でない暴れ様。

陰陽師部下 「泰晴様!」

泰晴    「落ち着け。そのまま陣を崩すな。」

 陰陽師一団を指示する泰晴(25)とそれを庭園端から見守る華吹(112)。

 捕まった男、暴れた拍子に手に持ったハサミを放り投げる。

 ハサミは弧を描き、野次馬貴族達の足元へ転がる。

 どよめく貴族達。

陰陽師部下 「あと一息です!」

 泰晴、背後から聞こえた騒ぎ声に意識を向ける。

 ハサミを持った貴族男が周囲に斬りかかっている。

 その目は血走って焦点が合っていない。

泰晴    「まさか呪の本体は・・」

 貴族男、陰陽師一団に斬りかかり陣形を崩す。

 泰晴、貴族男を取り押さえる。

 その泰晴の隙を突いて、襲いかかる男。

華吹    「泰晴様!」

 泰晴と男の間に滑り込んだ華吹、指先より起こした風で男を吹き飛ばす。

泰晴    「華吹!」

華吹    「そのハサミに触れてはなりません!呪の源です!」

 泰晴、貴族男の手からハサミを叩き落とす。

 貴族男と吹き飛ばされた男、気を失う。

 松明の明かりに照らされて鈍く光るハサミ。


2都を見下ろす山(朝)

華吹   「非があるのは面白半分に手を触れたあの貴族ではありませんか!何故、泰晴様が東方へ左遷に・・」

泰晴   「私の力不足だったことに嘘偽りは無い。あの呪は人から人へと取り付き、その力を物にも及ぼす。そのハサミにも温かい宿りがあったろうに、すっかり毒されてしまった」

華吹   「・・でしたら、私も一緒にお連れください」

泰晴   「・・華吹、今までの協力には感謝する。しかし、私との契約はこの都の中でのもの。私が都を去る今となってはー」

華吹   「私は契約に縛られて泰晴様についてきたわけではありません!私はー」

泰晴   「そなたにしか頼めんのだ。この地でこやつと、この地を見届けることはそなたにしかできぬ。・・・許せ」

 立ち去る泰晴の背中を見つめる華吹。

 その手には布に包まれた銀色のハサミ。

華吹   「あなた様の御頼み、しかとこの胸に・・」

  華吹の髪を風が揺らす。


タイトル  「髪恋―はつこいー」



3現代・鐘ヶ咲高校の教室窓際(夕方)

男子生徒(声)「夕暮れ時の校舎、静まり返ったその空間の中でー」

  窓際に寄りかかる女子生徒(ミナモ・16)、顔が見えず、その長髪を風が揺らす。

男子生徒(声)「僕はひと夏の青春と出会った」

  女子生徒、振り向きかけて顔が見えそうなところでー

男子生徒  「はい、カット!!」

  廊下側に控えていた撮影スタッフの生徒達、一斉に動き出す。

男子生徒  「はい、香月さん今ので十分です!どうもありがとうございました!」

生徒達   「ありがとうございました!」

ミナモ   「あ、あの、私の出番ってこれだけー」

男子生徒  「はい、そのまま次のシーン行きまーす!」

生徒達   「お願いしまーす!」

 ミナモ、本役の女子生徒に割りこまれ、居場所を無くし教室外に逃げる。

 教室外から野次馬の生徒に混ざって撮影を覗くミナモ。

 教室内の撮影で本役の女子生徒が振り返ってカメラに微笑みかけている。

葵(声)  「それ、ムカムカ~ってこないの、ミナモは」


4鐘ヶ咲高校・通学路(夕方)

  下校途中のミナモ、葵(16)、陽菜(17)。

  自転車を引くミナモと陽菜、アイスをかじる葵。

  蝉の鳴き声が騒々しい。

陽菜  「後ろ姿の代役なんて聞いたこと無いよ」

葵   「見返り美人だって顔くらい出すってのに」

ミナモ 「で、でも最初からそういう話だったし、出来た作品の最後に私の名前も載せてくれるって言ってたしッ」

葵   「あんたの髪を使いたがってた映研の奴らの気持ちは私も分からなくもない・・」

陽菜  「ミナモの髪の毛ってこんな暑い中でも涼しげでサラサラしてるもんね。でも、美味しい所は人に明け渡してるじゃん、しかもよりにもよってあいつに!」

陽菜  「葵は一組の橋本さん苦手だもんねー」

葵   「苦手じゃなくて生理的に受け付けないの」

ミナモ 「でも、葵と橋本さん、夏休み前の課外選択で同じクラスじゃなかった?」

葵   「思い出させないでよー。だから、私は休みが待ち遠しくてしょうがないの」

陽菜  「待ち遠しいのは皆同じだよー」

ミナモ 「・・・うん、そうだね・・」

ひより 「葵ィー!」

  川を挟んで反対側の道路から手を振るジャージ姿のひより(16)。

ひより 「ミナモー!陽菜―!」

ミナモ 「(手を振り返して)ひよりー!」

陽菜  「練習、お疲れー!」

葵   「こんな暑い中、御苦労様ァー!」

ひより 「陸上部なめるなよォー!」

  ひよりの後ろからハイペースで走ってくる陸上部男子集団。

  ミナモ達の後ろを歩いていた女子達が「せーの」と息をそろえる。

女子達 「坂本せんぱーい!頑張ってくださーい!」

  男子集団の中にいた上半身ユニフォームの男子、坂本(18)それに答えて手を振る。

  女子達から黄色い歓声。

  坂本、周囲の男子に小突かれ、後ろにいた長谷部(17)に抜かれる。

ミナモ 「坂本先輩・・・」

陽菜  「・・・」

葵   「ひよりー!こっちはこっちで暑くてしょうがないんだけど!」

ひより 「青春だねー!葵も頑張ってー!」

  ひより、男子集団を追いかけペースを上げて走り去る。

陽菜  「・・ミナモは坂本先輩に告白しないの?」

ミナモ 「・・したところで望み無いよ。気まずくなるだけだって」

葵   「こら、ミナモ!私が自信のつくおまじない何十個も教えたでしょ!」

陽菜  「葵の家は神社だけあって何か力はありそうだよね」

ミナモ 「陽菜が長谷部と付き合うって聞いた時は意外だったけど」

陽菜  「そ、そんなにおかしいかな」

葵   「確かに、まさか、あの長谷部だったなんてねえ。無口で何

 考えてるのかよく分からない奴だし」

陽菜  「そんなこと無いよ!剛君は、誤解されやすいけどー」

葵   「今は陽菜の惚気を聞いてる場合じゃないんだよ!本題はこっち!ミナモ、あんた17歳迎えるまでに彼氏欲しいってあれだけ切望してたじゃない。あれは嘘だったわけ!?」

ミナモ 「う、嘘なんかじゃないよ!だけど・・私は誰でもいいから彼氏が欲しいんじゃなくて・・・坂本先輩と・・・坂本先輩だから・・」

葵   「坂本先輩人気高いからこの夏で勝負仕掛けないと勝ち目ないって。ミナモの誕生日が8月30日だから、尚更よ!このままじゃ何の張りも艶も無い夏が通過しちゃうんだからッ!」

ミナモ 「葵・・・」

葵   「しょうがない。この葵姉さんのとっておきをミナモに教えてあげる。ただし、ウチの親には言わないでよ、他の神社や寺の話しすると後でチクチクうるさくてかなわないんだから」

陽菜  「何だかんだで頼もしいよね、葵は」

ミナモ 「・・・今度、アイスおごる」

葵   「ホント?・・じゃあマンゴーで」


5香月家(正面美容院)

 店内を清掃中の拓真(40)。

 それを手伝うミナモ。

 使い古しの布をぴったり一寸の狂いも無く畳んでいく。

拓真  「花崎神社?」

ミナモ 「街のどこかにあるらしいんだけど、知らない?」

拓真  「うーん・・・お父さんもお母さんと結婚してからこの街に来たからなあ・・。お母さんやお祖母ちゃんなら知ってるんじゃないか」

ミナモ 「聞いてみる」

拓真  「何かありがたい神社なのか?受験の必勝祈願とか」

ミナモ 「よく分からない」

拓真  「ああっと!待て、ミナモ!」

ミナモ 「何?」

拓真  「もし・・・もし、恋愛成就のお願いなんかして失恋しても・・・いきなりバッサリ余所で髪切ったりなんてするんじゃないぞ、必ずお父さんに相談―」

ミナモ 「まだ失恋してないからッ!」

   ミナモ、拓真の訴えを無視して家の奥へ。


6香月家(庭先)

 庭にあるプランターを整える亜矢(41)。

亜矢  「お母さんも聞いたことないなあ、そんな名前の神社」

ミナモ 「葵から聞いたんだけど・・」

亜矢  「あら、葵ちゃんが言うならそういう神社があるんでしょうね。あの子、自分の家の神社を勧めないあたりが葵ちゃんらしいわねえ」

ミナモ 「そんな感心してないでよ・・」

亜矢  「お母さん!ハルおばちゃん!花崎神社だって!」

 亜矢、縁側で涼んでいた美代(72)とハル(72)を振り返る。

亜矢  「何か知らない?ミナモが探してるんだって!」

美代  「何だって?」

ミナモ 「花崎神社!」

 ミナモ、プランターを運び終えるなり二人に駆け寄り、横に座って団扇を両手に持ち二人をめ一杯扇ぐ。

ハル  「ほー、ミナモちゃん。こりゃいいねえ」

美代  「まったく最近いきなり暑くなってしょうがないよ」

亜矢  「暑いなら中に入ったら?エアコン効いてるんだから」

美代  「あれじゃ私ら寒くなっちゃうんだよ」

ハル  「そうそう、鳥肌が止まらなくて」

美代  「鳥肌で寒くてひと肌恋しくなっちゃうねえ」

ハル  「何言ってるんだい、美代ちゃん。日も暮れてないってのに!」

美代  「いやだ、ハルちゃん。何想像してんだい?」

ミナモ 「は、な、さ、き、じ、ん、じゃ!」

 ミナモ、笑い出した二人の間に割り込む。

ミナモ 「そうやっていつもみたいにお祖父ちゃんとの熱々の日々を話し出す気でしょ!その前に教えてよー」

美代  「ミナモ、ずいぶんと焦っているねえ」

ハル  「ミナモちゃんくらい若い子が焦ったって良い事ないよ」

美代  「・・花崎神社ねえ・・・。ハルちゃん、あんたアレ覚えてる?」

ハル  「アレ?」

美代  「あたしもハルちゃんもこれくらい小ちゃかった時によく遊んだとこがあったろ?・・・かくれんぼやりやすかった所」

ハル  「・・・あー!確かに神社の鳥居やお社があったねえ」

美代  「あそこの名前が、そんなハイカラな名前じゃなかったかねえ。

ミナモ 「ほ、本当にあるの?」

亜矢  「そんな風に言ったら葵ちゃんに怒られるわよー」

美代  「花っていう言葉は女の子にはいいもんだからねえ。覚えてるもんだよ」

ハル  「女の子ねえ・・。美代ちゃん、あの頃はそこらの小僧ッ子より勇ましかったじゃないか。カエルをいじめっ子に投げつけたりさ」

美代  「それはハルちゃんもおあいこじゃないか」

ミナモ 「で?!その神社ってどこにあるの?」

美代  「・・・あいたた、肩が凝ったねえ・・」

ミナモ 「そんなのお安い御用だからッ!」

 ミナモ、美代の肩に飛びついて肩をたたく。

美代  「あ~・・良い気持ちだねえ~・・」

ハル  「あらあら、ミナモちゃんがこんなに一生懸命になるなんてねえ。美代ちゃん、勿体ぶらずに教えておやりよ」

美代  「もうちょっとだけ・・・」


7花崎神社入り口(日暮れ)

 私服のミナモ、汗だくで自転車を漕いで砂利の坂道を上がりきる。

 自転車を止めたミナモ、古びた鳥居をくぐる。

 その奥にはほぼ蔦に覆われた石板。

 ミナモ、石板を覗きこむ。

ミナモ 「・・花・・崎神社・・・ここで良いのかな」

 ミナモ、ジーンズのポケットから折りたたんだ折り紙を取り出す。

葵の声 「花崎神社の社の一番傍に植えられた木の枝に思いを込めた紙札・・まあ、おみくじの結びみたいなやつかな、それをむすびつけると恋愛成就の御利益があるんだって。その紙札の形が変わっててねー」

ミナモ 「花の形に切り取って・・・ってああッ!!ハサミ忘れた・・というか家で切りとってくればよかった・・」

 ミナモ、ため息。

ミナモ 「・・・何でいっつもこう上手くいかないんだろう。私の周りはあんなにキラキラしているのに・・」

 風が吹き抜けてミナモの髪を揺らす。

 手の内の折り紙、風に飛ばされ手からすり抜ける。

ミナモ 「ああ!待って!」

 ミナモ、折り紙を追いかけ社の裏手へ。


8花崎神社の社裏(夕方)

 巨木の下の茂みに引っかかっている折り紙を拾い上げるミナモ。

ミナモ 「・・・この木のことかな・・」

 ミナモ、木を見上げる。

 巨木が夕日からミナモを覆い隠して影を作っている。

 ミナモ、折り紙を広げる。

ミナモ 「やっぱり折るんじゃなくて、切らないと御利益ないのかな・・」

 と、社の陰から金属が地面に落ちる物音。

 ミナモ、ゆっくり物音がした社の陰に近寄り、覗きこむ。

 そこにはすっかり錆びついて黒ずんだ金属製のハサミ。

 取っ手部分はほぼ真っ黒であるのに対し、刃の部分は白銀に光沢を保ち、錆びついていない。

 ミナモ、ハサミをゆっくり拾い上げる。

 ミナモの手によって重力に逆らい宙へと上がるハサミ。

ミナモ 「・・・ハサミ」

 ミナモ、右手でハサミを持ち、ゆっくり力を入れる。

 すべるように刃が両端へ開く。

 何回か開閉を繰り返すミナモ。

ミナモ 「・・お借りします」

 ミナモ、切りとった花型の折紙を必死に背伸びして木の枝に引っ掛けようとしている。

ミナモ(声) 「神様っ!仏様!お願いします・・!」

 ミナモ、ガッチリ手を合わせて目をしっかり閉じる。

ミナモ 「私、今まで努力が足りないとか、やる気ないとかあったけど、今度こそ頑張ります、だからー」

 ミナモ、目を開き天を仰ぐ。

ミナモ(声) 「どうか私に素敵な恋を、素敵な夏をください!!」

 強めの風が吹いてミナモの髪を揺らす。

 社の正面、水干姿の青年・つくもが座り込んでいる。

 強めの風がつくもの着物と束ねた髪の毛も揺らす。

 ミナモ、つくもの存在に気付かず神社に背を向け、自転車に向かう。

 つくも、瞳を開く。

 濁った深緑色の瞳がミナモの後ろ姿をとらえる。

 歩く反動で揺れるミナモの髪の毛。

 差し込む夕日に当たり、波のように揺れる髪の毛を見つめ、ゆっくり立ち上がるつくも。


9花崎神社手前の坂(夕方)

 ミナモ、自転車で一気に坂を下る。

 時折、自転車のブレーキの鈍い音。

 坂を下ったミナモ、立ちこぎで思い切り風を体に受ける。

 それに逆らうように自転車をこぐ。


10花崎神社入り口(夕方)

 フラフラと歩くつくも、神社入り口へ向かっている。

 鳥居をくぐる寸前で立ち止まり社を振り返るつくも。

つくも 「・・・」

 再び入り口へ向きなおったつくも、歩き出そうとする。

華吹  「・・・」

 社正面に現れ、つくもの背中を見つめる華吹。

 立ち止まっているつくも。

 吹いていた風が止む。

 つくも、再び歩き出す。

 華吹、その背中を見つめ続ける。

 ミナモが枝に引っ掛けた花型の折り紙が風の反動で微かに揺れている。


11香月家・茶の間(夜)

 テレビで映画を観ているミナモと美代。

 二枚目俳優が画面内で激しい銃撃戦を繰り広げている。

 茶の間奥では亜矢が室内観賞用植物の手入れをしている。

   

12香月家・台所

 拓真、鼻歌でリズムを刻みながら皿洗いをしている。

拓真  「ミナモー、上河竜輝は撃たれたかァー?」

ミナモ(声) 「まだー」


13香月家・茶の間

 画面内の二枚目俳優が仲間を庇って肩を撃たれる。  

ミナモ 「今、肩に一発くらったー」

美代  「痛そうだねえー・・」

ミナモ 「そりゃ銃だもん」

  画面の中では「お前を残して行けるわけがないだろう」という熱いやりとりの真最中。

ミナモ 「・・・ねえ、お祖母ちゃん」

 美代  「何だい?」

  二人ともテレビ画面を見ている。

ミナモ 「何でお祖母ちゃんはお祖父ちゃんと結婚できたの?」

亜矢  あら、いつもは煙たがるのに珍しいわね」

 亜矢、植物の葉を折り曲げる。

ミナモ 「だって、親同士が決めて、初対面が結婚する1週間前だったんでしょ?それなのにあんなにいっつも惚気話しててさ、私はお祖父ちゃんの事をよく知らないけど、お祖母ちゃんが好きなお祖父ちゃんの良い所はたくさん知ってて・・・。最初、怖いとか嫌だとか思わなかったのかなって」

美代 「 ・・・そりゃあドキドキしてたよ、お祖父ちゃんは写真では強面だったからねえ。でも、最初に会った時に思ったんだよ、「ああ、この人も私と同じなんだ」ってねえ。そうしたら、すうっと楽になってね、また会いたいと思えたんだよ」

亜矢  「お父さん、緊張しすぎてシャツの裏表間違えて着てたんでしょう?」

美代  「そんな格好悪い所に惚れたんだよ、お祖母ちゃんはね」

ミナモ 「・・・はあ・・」

 ミナモ、腑に落ちない様子で再びテレビ画面に目を戻す。

 画面の中では、二枚目俳優が格好良く敵のボスの前に立って追いつめている。


13香月家・ミナモの部屋(夜)

 電気を消し、タンクトップにハーフパンツ姿でベットに寝転がっているミナモ。

 遠くからカエルの鳴き声が聞こえてくる。

ミナモ 「・・・カッコ悪い所に惚れた・・ねえ」

 ミナモ、寝返りをうつ。

ミナモ 「・・・分からないなあ・・・」

 目を閉じるミナモ。


14香月家・ミナモの部屋(朝)

 ミナモ、携帯電話のアラーム(スヌーズ3回目)を手探りで止める。

 時間を確認するなり跳ね起きるミナモ。

ミナモ 「やっちゃったァッ・・。前は2回目で起きれたのにッ・・」

 ミナモ、慌てて着替え始める。

拓真  「おーい、ミナモ。そろそろ起きないと学校にー」

 部屋のドアを開けた拓真に、抱き枕のイルカが勢い良くぶつかってくる。

ミナモ 「今、着替え中」

拓真  「うっ・・・お父さん、前々から思ってたんだが、そのスカートちょっと短すぎやしないか、制服にしてはー」

ミナモ 「いいから、早く出て!」


15香月家・家前

亜矢(声)「行ってらっしゃーい」

 慌てて自転車をひっぱり出し、飛び乗る制服姿のミナモ。

 その足は素足に靴。

ミナモ 「・・ううッ・・足臭くなったらどうしようッ・・」

 立ちこぎでスピードを上げるミナモ。

 髪の毛が風になびく。


16鐘ヶ咲高校2年2組教室

 教室の時計、8時27分。

葵   「職員会議に救われたね、ミナモ」

ひより 「朝から精魂使い果たしたような顔しちゃって・・」

 机に突っ伏しているミナモに声をかける葵、ひより、陽菜。

陽菜  「ちゃんと朝ご飯食べた?」

ミナモ 「・・・アロエ・・ヨーグルトだけ・・」

葵   「ダメじゃん」

ミナモ 「だってッ・・目覚まし気付かないし、お父さん入ってくるし、サッカー少年の集団が邪魔で進めないし、工事のおじさんが自転車降りろって言うしッ・・それにッ!」

   ×     ×     ×

 高校の自転車置き場。

 荒い息のまま自転車に鍵をかけるミナモ。

 振り返り様に誰かにぶつかる。

坂本  「っと、大丈夫?」

ミナモ 「す、すいませー」

 ミナモ、顔を上げて絶句。

 目の前には心配そうに眉を寄せた制服姿の坂本。

坂本  「靴下はく時間すら惜しいくらい急いでいたのは分かるけど、気をつけなきゃ危ないよ」

ミナモ 「・・・・」

 坂本、友人に呼ばれて校門へ。

 ミナモ、素足に靴の自分の足元を見つめる。

 無情に響くチャイム。

    ×    ×    ×

ミナモ 「絶対呆れた!足臭い奴だって思った!」

葵   「タイミング良いんだか悪いんだか」

陽菜  「でも良かったじゃない!朝から坂本先輩と話せて!」

ひより 「私はそこで靴下に気を向ける坂本先輩の方が気になるけど・・」

ミナモ 「足には気を向けるよ!だって陸上部だもん!」

ひより 「・・・何か複雑だなー・・」

葵   「そんな人生燃え尽きたような顔しないで!もう、ミナモは靴下はいてるじゃない!」

ミナモ 「今さら遅いよッ・・」

安倍  「おーい、席に座れー」

 2組担任・安倍(28)、教室に入ってくる。

 席に座る生徒達。

安倍  「遅刻欠席は無し・・と。さっきの会議で先生方にも連絡があったが、今年の夏の暑さは非常に厳しい・・らしい。雪国出身の先生に はどれも酷い暑さにしか感じないがな」

 安倍、日差しの強い校庭を見る。

安倍  「全員、特に体育での熱中症には気をつけろよ。・・・それと香月」

 机に突っ伏していたミナモ、飛び起きる。

安倍  「朝からだれてたら、午後には液体だぞー。クラス混合の補講期間も残り4日だからな、しっかりやれよー」

 ミナモ、居心地悪そうに身を縮こませる。


17校舎の廊下

葵   「またあいつと一緒だよ!」

陽菜  「まあまあ、あともう少しじゃない」

ひより 「橋本さん、他の人の問題までさっさと答えちゃうからねー」

葵   「陽菜はクラス、長谷部と一緒だもんねー・・いいよねー・・」

陽菜  「ほ、他にもたくさんクラス混じってるんだし、あんまり関係ないよ」

ひより 「でも、いっつもさりげなーく斜め前後もしくは左右横の位置の席に座ってるんでしょ?いいよねー」

 移動教室で3人の後ろを付いて行くミナモ。

葵   「ミナモ!まだまだ1日はこれからなんだから、そんな貞子みたいな顔しないで」

 葵、ミナモの肩を掴む。

ミナモ 「う、うん!ありがとう、葵―」

 立ち止まったミナモ、他教室から勢いよく出てきた男子生徒と衝突する。

陽菜 「ミナモー!」

ひより 「・・タイミング悪いなァ・・」


18補講授業の教室

ミナモ(声) 「何で・・」

 ミナモ、うっかりペンケースを床に落とし、ペンが散らばり歩いてきた男子に赤ペンを踏まれる。

ミナモ(声) 「どうして・・」

 教科書を声に出し読んでいたミナモ、隣の席の男子の読む部分まで読んで先生に制止される。

ミナモ(声) 「なにゆえ・・」

 4人で廊下を歩いていたミナモ、プロレスごっこをしていた男子の下敷きになる。


19学校の屋上(昼)

ミナモ 「なぜだー!!」

 手すりを掴み、校庭に向かって叫ぶミナモ。

 お弁当を広げた葵、ひより、それを眺めている。

ひより 「明らかにツいてないね、今日のミナモ」

葵   「・・うん・・」

 ミナモ、二人のもとに戻ってくる。

ミナモ 「・・あれ、陽菜は?」

ひより 「今頃、二人で仲良くランチタイム」

ミナモ 「・・そっかあー・・」

 ミナモ、自分の弁当箱を開く。

ミナモ 「・・いいなあ・・」

ひより 「・・でも、良かったと思う」

葵   「ん?」

ひより 「今だから言うけどさ、あたし、長谷部から相談されてたんだよね、部活一緒だし陽菜と近いし」

葵   「あの長谷部が?」

ひより 「あいつ、自分が怖そうに見えるの、すっごく気にしててどう接したら陽菜を怖がらせないか、めちゃくちゃ考えてたから」

    ×    ×    ×

 校舎の中庭。

 ベンチで一緒にお弁当を食べる陽菜と長谷部。

 陽菜の話を黙って聞く長谷部。

 その目は優しげ。

 陽菜もそれを感じ取り嬉しそうに話を続ける。

    ×    ×    ×

ひより 「あいつなら、陽菜のこと大事にするなって思ったからさ」

ミナモ 「長谷部・・」

葵   「ちょっと妬けるけど」

ミナモ 「でも・・・素敵だな」

 と、女子の歓声が聞こえる。

 3人、振り向くと数人の女子が校庭へ向かって手を振っている。

女子達 「坂本せんぱーい!!」

葵   「ほら、ミナモ!」

 葵、ミナモを立たせて校庭側の手すりの方へ引っ張る。

ミナモ 「え?え?」

ひより 「今こそ朝の屈辱を晴らさなくちゃ!」

 ひよりもミナモの背を押す。

 校庭には昼練中の坂本。

葵   「大声で先輩の名前を呼ぶの!」

ミナモ 「ええ?!」

ひより 「大丈夫。坂本先輩ならそれに答えてくれるから!」

葵   「ここで一つ踏み越えないと、同じ位置のままなんだって!」

ミナモ 「・・・うん・・」

 ミナモ、呼吸を落ち着けて深く深く息を吸う。

 一瞬息を止め、

ミナモ 「坂本せッー」

 野球部の練習中のボールが飛んできてミナモの額に命中する。

 そのまま後ろに倒れるミナモ。

葵・ひより 「ミナモッ?!」

 かけよる二人。

 その下の校庭で、汗をTシャツで爽やかにぬぐう坂本。


20通学路(夕方)

 帰宅途中の葵とミナモ。

 ミナモ、片手で自転車を引き、もう片方の手で額に保冷剤を包んだタオルをあてている。

葵   「ミナモ、あんた昨日花崎神社に行けたって言ったよね」

ミナモ 「うん」

葵   「すっごく言いづらいけど・・あんた、そこで何か罰当たりな事でもして、厄でも貰って来ちゃったんじゃないの?」

ミナモ 「・・葵が言うと笑えないよ・・」

葵   「いや、今回は真面目に」

 二人、立ち止まる。

葵  「私も、神様がいるとかいないとかをミナモに押しつけるわけじゃないけど、目に見えなくても存在するものってゼロじゃないと思うんだ」

ミナモ 「・・・」

葵   「神社の娘だからだって思ってもいい。だけど、不幸が起こるきっかけってそう目に見えるものじゃないから・・・心配だってこと」

ミナモ 「葵・・」

葵   「ま,考えすぎなのかもしれないけどね」

 葵、ミナモを追いこして歩き出す。

 ミナモ、その背を見つめ、駆け足で追いつき横に並ぶ。


21花崎神社入り口(夕方)

 制服姿のミナモ、立ちこぎで坂の砂利道を上がりきる。

 荒い息のまま自転車から降り脇道に止めると、鳥居をくぐる。

 ミナモ、社の正面へ。

 そこには重箱ほどの大きさの古びたさい銭箱。

 ミナモ、財布から5円玉を取り出す。

 さい銭箱へ投げ入れようとしたところで動きをとめるミナモ。

ミナモ 「・・・」

 ミナモ、財布からさらに500円玉を取り出す。

 505円をさい銭箱に放るミナモ。

 そのまま両手を思い切り合わせて目をがっつり閉じる。

ミナモ(声) 「・・神様、私が何か罰当たりな事をしてしまったなら謝ります。ごめんなさい。そして、お願いします!どうか私に平和な普通の幸せをください!」

つくも 「そうか、あんたも災難だな」

 ミナモ、目を開ける。

 声のした方へ恐る恐る体を向ける。

 社の裏の巨木根元に水干姿のつくもが座っている。

 つくもの目は閉じられたまま。

 ミナモ、つくもを凝視。

 と、つくもの目が開く。

 いきなり立ち上がりズカズカとミナモの目の前まで歩いてくるつくも。

ミナモ 「ひいッ!」

つくも 「何色だ」

 立ち止まると同時に口を開くつくも。

ミナモ 「え?え?」

つくも 「俺の瞳は何色に見える」

ミナモ 「え?えと・・・・は、灰色?」

つくも 「・・チッ・・」

ミナモ 「ご、ごめんなさい!・・それか、銀色ッ?」

 つくも、社の正面に足を組んで座る。

つくも 「今から俺が口にする事に是非で答えろ」

ミナモ 「・・ぜひ・・?」

つくも 「はいかいいえで答えろ。質問は認めない」

ミナモ 「は・・はあ・・」

つくも 「・・俺はこの神社に祭られている神だ」

ミナモ 「はあ?」

 つくも、思い切り眉間に皺を寄せる。

ミナモ 「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!でも、いきなりそんな・・」

つくも 「・・あれを見ろ」

 つくもの視線の先には昨日ミナモが枝に引っ掛けた花型の折り紙。

 つくも、掌を上向きにして手招きの仕草をとる。

 と、風が吹き、折り紙が枝から外れ、そのままつくもの掌の上へ。

 そのままつくもの掌をすり抜けて地面へ落ちる葉。

ミナモ 「・・うそ・・」

つくも 「あんたが昨日ここへ来て願掛けをした時、あんたは運悪く、縁起の悪い方の神様に好かれちまったらしい。あんた振りかかった厄はそう簡単には落とせない」

ミナモ 「や、やっぱり厄もらっちゃったの?!」

つくも 「心当たりがあって何よりだ。あんたは一生独り身だ」

ミナモ 「ちょ、ちょっと!!」

 ミナモ、つくもに駆け寄る。

ミナモ 「あ、あなたが人間じゃない事は認めてあげても良いです!でも!そんな私の人生を簡単に決めつけるなんてー」

つくも 「あんたは供え物をし、そして願をかけた。それは既に契約だ」

ミナモ 「契約?」

つくも 「手を合わせ、あれがほしい、これがほしい、そんな粗末な行いになんの力があるというのだ。神は信仰するものであって、望んだり願ったりするものでは無い」

 ミナモ、居心地わるそうに肩を固くする。

つくも 「・・が、奇特なものはそれを聞き届け、願の成就に力を貸してやるものもいる。あんたの場合はそんな奇特なものが、さらに運が悪く負の神であっただけだ」

ミナモ 「・・・何で私なの・・」

 がっくり肩を落とすミナモ。

つくも 「・・・・」

 つくも、項垂れているミナモの髪の毛を見つめる。

つくも 「・・・そこでだ。あんた、俺と取引をしないか」

ミナモ 「え?」

 弾かれたように顔を上げるミナモ。

ミナモ 「と、取引?」

つくも 「あんたがここでしつこく頼んでいた望み、それを叶えてやる。どんな厄からもお前を守ってな」

ミナモ 「本当に?!」

つくも 「その代わり」

 つくも、懐から錆びれたハサミを取り出し、ミナモに差し出す。

ミナモ 「これ・・・」

 ミナモ、ハサミを受け取る。

つくも 「こいつの真の役目・・使い道を見つけろ。あんたの力で」

ミナモ 「こいつって、ハサミの?」

つくも 「それが条件だ」

 ミナモ、返答に困り、ハサミを見つめる。

ミナモ 「・・あなたの名前、お名前を聞いても良いですか?」

つくも 「・・?・・」

 つくも、言葉の意味をわかりかねて眉を寄せる。

ミナモ 「だ、だってさっきの話だと神様ってたくさんいる、いらっしゃるみたいだからッ!・・あなたの事を何て呼んだらいいのか・・」

つくも 「・・・」

 つくも、ミナモを見てから目を伏せる。

つくも 「・・つくも、そう呼べ」

ミナモ 「つくも・・さん?・・つくもさんは本当に私の願いを叶えてくれるんですか?」

つくも 「取引は願かけとは違う。力は貸す」

ミナモ 「・・・・」

 ミナモ、ハサミを強く握りしめる。

ミナモ 「・・つくもさんッ!」


22花崎神社(夜)

 静まり返った神社。

 虫の鳴き声が響いている。

つくも 「・・名前・・か」

 巨木根元に座りこんで天を仰ぐつくも。

 星が雲から見え隠れしている夜空。

つくも 「・・で?ずっと見てたんだろ?」

 正面を見るつくも。

 そこにはつくもを見下ろす華吹の姿。

つくも 「・・いいのか?止めなくて」

華吹  「・・・」

つくも 「俺が好き勝手にここから動きだしたら都合が悪いんじゃないのか。あんた、あの男から頼まれているんじゃないのか」

華吹  「・・・」

つくも 「何とか言ったらどうなんだ?!あんたはそうやって黙ったまま、いつまでも黙ったまま俺を見て、蔑んで!」

 つくも、立ちあがって華吹に掴みかかる。

 が、その腕は華吹の着物をすり抜ける。

つくも 「・・・」

 自分の腕を苦々しい表情で見つめるつくも。

華吹  「・・蔑んでなどいません」

つくも 「ならば何故―」

華吹  「あの方はもういません・・」

つくも 「・・・」

華吹  「あの方がいないのならば・・あの人がいないのなら、私がいる意味など・・」

つくも 「・・汚れた俺から見れば、贅沢な悩みだ・・」

 つくも、肩を落とす。

つくも 「少なくともあんたは本当の神だっていうのに・・」

 つくも、華吹に背を向ける。

つくも 「俺には決して持てないものを持っているというのに・・」

 華吹、立ち去るつくもの背を見つめる。

 目を地面に落とす華吹。

 風が巨木の葉を揺らして音を立てる。


23香月家・家前

ミナモ 「行ってきまーす」

 自転車に腰掛けるミナモ、ペダルをこぎ出す。

ミナモ 「・・やっぱりつくもさんのおかげなのかな・・」


24通学路

 川沿いの道を自転車で進むミナモ。

ミナモ 「平和な朝って素晴らしー・・」

 と、横道から小さい物が飛び出してくる。

ミナモ 「うわッ!」

 とっさにブレーキをかけるミナモ。

 鈍い嫌な金属音が響く。

ミナモ 「・・犬・・?」

 前輪の前には柴犬が尻尾を振って飛び跳ねている。

ミナモ 「散歩中?危ないなー、もう・・」

 ミナモ、慎重に犬を避けて前にペダルをこぎ出す。

 犬、尻尾を振ったまま、後を追いかけてくる。

ミナモ 「ちょ、ちょっと・・」

 ミナモ、自転車のスピードを上げる。

 犬、喜んで付いてくる。

ミナモ 「か、飼い主のとこに戻りなって!」

 犬、ワンと一鳴きして追いかけ続ける。

 川沿いの道を進むにつれて、ミナモの後を追いかける犬の数が増えていく。

 すれ違った人、何事かと振り返る。


25鐘ヶ咲高校・校門

 追いかける犬に混じって何匹か猫も混じってきたところで学校の校門をくぐるミナモ。

ミナモ 「付いてくるなあ!!」

 ミナモ、校門前で追いかけてきた犬、猫に一喝。

 犬、猫、それに反応し校門前で止まり、鳴き続ける。

 周囲の生徒、好奇の目でミナモを見つめる。

 ミナモ、それを振り切るように自転車置き場へ。


26高校・自転車置き場

ミナモ 「まったく・・一体何なの・・」

 ミナモ、荒い息のまま自転車を止める。

ミナモ 「これじゃあ昨日とそんなに変わらないー」

男子生徒 「香月さん」

 映研の監督をしていた男子生徒、ミナモの前に立っている。

ミナモ 「あ、この前はどうもー」

男子生徒 「これ」

 メモ用紙を差し出され、受け取るミナモ。

 ミナモ、メモ用紙に目を落とす。

ミナモ 「・・隙、鬨メキと、帰す・・?」

男子生徒 「へ、返事は別にいいから。・・くれたら嬉しいけど」

 男子生徒、颯爽とその場を立ち去る。

ミナモ 「・・・はあ?」


○27高校・下駄箱

 靴を履きかえるミナモ。

女子生徒 「ミナモちゃん、おはよー」

ミナモ 「おはよー」

男子生徒 「香月」

 ミナモの目の前にやってきたクラスの同級生。

ミナモ 「あ、柳澤、おはよー」

男子生徒 「これ」

 ミナモ、折りたたまれたルーズリーフ用紙を受け取る。

男子生徒 「読んでくれたら嬉しい」

 男子生徒、さっさと立ち去る。

ミナモ 「・・・」

 ミナモ、不審げに用紙を開く。

ミナモ 「・・香水よ、ああ洪水よ、香月よ・・」

葵   「ミナモ、おはよー」

 ミナモの後ろから声をかける葵。

葵   「あれから大丈夫だった?」

ミナモ 「・・うん、それがー」

男子生徒(声) 「おい、香月」


28高校・2年2組教室

男子生徒(声) 「返事、出来たらで良いから」

 隣クラスの男子生徒、晴れやかな顔で教室を出ていく。

ミナモ 「これで23人目・・」

ひより 「隣クラスと一個下が2人ずつに、クラス男子全員・・」

葵   「しかも意味分かんない文章付きだし・・」

陽菜  「しかも皆ミナモに渡す前後のこと、よく覚えてないらしいし」

 ミナモ、机に突っ伏している。

 その机上には、メモ用紙、ルーズリーフ用紙、ノートを破ったもの、半紙が積み重さなっている。

ミナモ 「休み時間の度にこれじゃ、身がもたない・・」

葵   「恋文じゃあるまいし、迷惑極まりないわ・・」

 ミナモ、弾かれたように顔を上げる。

 勢い良く椅子から立ち上がり教室を出ていくミナモ。

ひより 「ミナモッ?」

ミナモ 「ちょっと用事!」

 教室を出たところで紙切れを持った隣クラスの男子生徒と鉢合わせになるが、俊敏な動きでそれをかわす。

葵   「・・どうした?」

ひより 「さあ・・」

陽菜  「あ、剛君ッ・・」

 陽菜、ノートを持って教室に入ってきた長谷部に駆け寄る。

長谷部 「・・これ、借りてた数学のノート」 

陽菜  「あ、ありがとう・・。・・剛君はミナモに渡す紙とか・・持ってたりする?」

長谷部 「・・?・・。いや、特にないが」


29高校・屋上

つくも 「どうだ、俺の力は」

 手すりに腰掛けているつくもと手すりに縋りついているミナモ。

ミナモ 「・・やっぱりつくもさんのせいだったんですね・・」

つくも 「おい、俺のせいとはどういう事だ」

 つくも、眉間に皺を寄せる。

つくも 「男性からの想いのしたためられた文、そして後ろ髪に惹かれる事は最上級の求愛動作であるだろうが」

ミナモ 「あの犬猫も!あんな求愛で誰が泣いて喜んで感激するっていうんですか!」

つくも 「都の貴族の女性は未婚・既婚に関係なく感激し、返信のために知恵を絞っていたぞ」

ミナモ 「一体いつの時代ですか!そんなの今の女の子に通用しません!それに、既婚の女性っていったら不倫になるじゃないですか!ダメですよ!」

つくも 「・・不倫?」

 ミナモ、がっくり肩を落とす。

ミナモ 「性別がオスであるもの全てに好かれれば良いってわけじゃないんです!私は、私の好きな人に私の事を好きになってほしいんです・・!」

つくも 「私、私とうるさいな・・。では、誰なのだ」

ミナモ 「え?」

つくも 「あんたは誰を自分のものにしたいのだ」

 ミナモ、固まる。

ミナモ 「そ、そんな自分のものだなんて・・」

つくも 「同じ事だろう」

ミナモ 「・・・」


30高校・教室(夕方)

 校庭では坂本を始めとする陸上部が練習中。

 坂本、校庭脇からの歓声に笑顔で答える。

つくも 「あの男か」

ミナモ 「・・・はい、一個上の先輩で・・」

つくも 「・・「先輩」?」

ミナモ 「えっと、学年が一つ上の人で・・私達二年生よりもー」

つくも 「要は高い役職の者であるという事だな」

 放課後の教室、窓際の席から校庭を眺めるミナモとつくも。

 教室は二人きりで静まりかえっている。

つくも 「・・高嶺の花だ」

ミナモ 「へ?」

つくも 「あんたはそんな顔をしている。自分には惜しいと」

ミナモ 「高嶺の花・・。そうかもしれませんね」

 ミナモ、自嘲するような笑みを浮かべる。

ミナモ 「私、自分で何かを決めるのがすっごく苦手で・・いつも「皆と同じで良いよ」とか「一番最後で良いよ」って言っちゃってて・・。それで、欲しい物を逃しても「しょうがないな、私に貰われるよりマシだろう」って考えちゃって・・・」

つくも 「あきらめが早いのだな」

ミナモ 「よく言われます。でも、このままじゃいけないって、どうにかしたいってずっと思っていたんです。・・この夏はそれができるかできないかで自分の進む方向が決まってきて・・今のままじゃ絶対良い方向には行かないんじゃないかって・・」

つくも 「・・・」

 つくも、校庭の坂本を目で追うミナモの横顔を見る。

つくも 「・・嫁ぎ先が決まらず焦った貴族のようだな、あんたは」

ミナモ 「と、嫁ぎ先ってー」

つくも 「あの文字盤が四から六つに動ききるまでここにいろ」

 つくも、教室の時計を指さす。

 時計の文字盤は4時20分を差し示している。

ミナモ 「十分後?」

つくも 「その時になれば分かる」

ミナモ 「そ、その時って・・一体何がー」

 ミナモ、時計からつくものいた方向へ顔を向けるも、既につくもの姿は消えている。

ミナモ 「・・つくもさんって本当に神様なのかな・・」

 時計の長針が4から6へ移動する。

 ミナモ、立ちあがって校庭を見る。

 坂本を始めとする生徒達、何の変化も無く練習を続け、校庭脇の

 女子生徒の集団からは歓声や黄色い悲鳴が聞こえる。

ミナモ 「つくもさん、どこに行っちゃったのかな・・。もしかしたら、ただ姿消しただけでー」

 と、勢い良く教室の扉が開く。

 思わず体を固くするミナモ。

ひより 「あ!良かった!ミナモ、まだ残ってたんだあッ!」

 ジャージ姿のひより、ミナモにかけよる。

ミナモ 「な、なんだ・・ひよりかあ・・。練習中じゃなかったの?」

ひより 「ごめん!ちょっとだけ手伝って!」

 ひより、ミナモの腕をつかみ、教室を出る。

ミナモ 「ちょ、ちょっと、どうしたの?」

ひより 「今日、女子だけTT・・あ、タイム計るんだけど、マネージャーの子が暑さでダウンしちゃって代わりに手伝ってくれる人探してたんだ!でも、皆ほとんど帰っちゃってるし、坂本先輩目的の奴らは耳も目も貸さないし・・。お願い!」

ミナモ 「で、でも私がやって逆に迷惑かけたら・・」

ひより 「大丈夫!あたしがちゃんとストップウォッチ教えるから!ミナモが残ってくれてて良かったあ!夏休み前に陸部女子がそろうの、今日がラストだったんだ!」


31高校の校門脇・外周コーススタート位置

ひより 「それじゃあ、よろしくね、ミナモ!」

ミナモ 「う、うん」

ひより 「そんなに力まなくたって大丈夫だよー。後でお礼にアイスおごるねー」

陸部女子 「ひよりー、始めよー。香月さん、よろしくお願いしまーす!」

ひより 「あたしがスタートかけるね。・・・・よーい、ハイ!」

 走り出す陸上部女子と同時にストップウォッチを押すミナモ。

 ひより達の姿、あっという間にカーブを越えて見えなくなる。

ミナモ 「こんな暑い中、すごいなあ・・」

 陸上部から借りた帽子を被るミナモ、校庭へ目を向ける。

 歓声を浴びる坂本達陸上部男子と歓声を上げる女子生徒。

 その脇の日陰に、水分補給のクーラーボックスが用意されている。

ミナモ 「倒れちゃう人もいるし・・。あと5分、10分は1周目から戻ってこないってひよりも言ってたし・・」

     ×    ×   ×

ミナモ 「12分10,11、12、13・・・」

 次々とゴールする陸部女子。

 その脇にはきっちりと用意された水分補給用のボックスとタオル。

ミナモ 「お、お疲れ様です!」

ひより 「ミナモ、ありがとー。これ、よく場所分かったね」

 呼吸を整えたひより、足首をほぐしながらミナモに近寄る。

ミナモ 「う、うん、タオルとかは安倍先生が教えてくれたし」

 ひより、タオルで汗をぬぐう。

ミナモ 「ひよりもちゃんと水分とってね」

ひより 「はーい。ミナモに頼んで正解だったわ!ホント助かった!」

坂本  「僕からも礼を言うよ」

 ミナモ、振り向くと爽やかな笑顔の坂本。

ミナモ 「!!」

ひより 「あ、坂本先輩、お疲れ様です!」

坂本  「ミナモ・・ちゃんだっけ?こんな暑い中、ありがとう」

ミナモ 「い・・いえ・・」

 背を向けた坂本に隠れて、ミナモにVサインを送るひより。

 ミナモ、手に持ったタオルを皺が寄るほど握りしめる。


32通学路(夕方)

ミナモ 「つくもさんもアイス食べません?ちょっと溶けてきちゃって」

つくも 「俺は空腹とは無縁だ。それに・・腹を壊しそうなものだ」

ミナモ 「冷たくておいしいのに・・。つくもさん、そんな格好で暑くないんですか?」

つくも 「暑さ寒さにも無縁だ」

ミナモ 「そうですか・・。帰ったら冷凍庫に入れなきゃ・・」

つくも 「・・・」

 自転車を引きながらアイスをかじるミナモ。

 その一歩右後を歩くつくも。

つくも 「・・何故、もっと言葉を交わそうとしなかった」

ミナモ 「へ?」

つくも 「あんたは同じ組織に短期間ながら属していた。声をかける口実もあった。・・何故道具の場所を尋ねようとしなかった」

ミナモ 「・・・そうか・・。声かけるチャンスだったのにッ・・」

 ミナモ、肩を落とす。

つくも 「・・気付かなかったのか」

ミナモ 「だ、だって頼まれた事とか、やろうとしてた事に頭がいっぱいで・・」

つくも 「あの男を優先する事もできたのではないか」

ミナモ 「だ、ダメです!」

 ミナモ、立ち止まる。

ミナモ 「ひより・・友達が頼んでくれたこと、投げだすなんて!」

つくも 「・・あんたは想像以上に欲の薄い人間なのだな」

ミナモ 「え?」

つくも 「結果として、あんたは自分の望みより、友の力になる事を選んだわけだ」

ミナモ 「・・おかしい事ですか?」

つくも 「人間の中身がどうなっているのかなんて俺には理解できない。ましてや、それが正しいのか間違っているのかなど・・興味はない。ただー」

 つくも、ミナモの前に立つ。

つくも 「俺は俺の取引のために、あんたに興味を抱き、そして知る必要がある。それだけだ」

ミナモ 「・・・私は・・」

 ミナモ、目線を下に落とす。

ミナモ 「私は・・欲の濃い人間ですよ・・」

 風がミナモの髪と制服、つくもの着物を揺らす。

ミナモ 「だって・・好きな人に自分の事を好きになってほしくてしょうがないんですから」


33花崎神社・社前(深夜)

 静まり返った神社。

 と、やや強めの地震が起こる。

 鳥が木から飛び立ち、木の葉が揺れる。

 と、社から飛び出す黒い影。

 垂直に空へ昇り、街明かりの方向へ消えていく。

華吹  「あれはッ・・」

 華吹、呆然と影が飛び去った方向を見つめる。


34街灯の小さい路地(深夜)

 帰宅途中の長髪の女性、路地を歩いている。

女性  「さっきの地震、大丈夫だった?・・そう良かった」

 携帯電話で通話しながら歩く女性の後ろに迫る怪しい人影。

 女性、それに気付かず通話を続ける。

女性  「―じゃあ、またね。・・分かった、ちゃんと気をつけるからー」

 気配に気づき、振り返る女性。

 その目に振り上げられた腕と握られたハサミが映る。

 女性の悲鳴が路地に響く。


35鐘ヶ咲高校・教室(朝)

安倍  「先生から真面目な話がある。休み前だからって浮かれずによく聞け。一つ目、昨日の夜更け、市内で帰宅途中の女性が変質者に襲われたそうだ」

   生徒達、ざわつく。

安倍  「なんでも変質者の男が持っていたハサミで髪の毛をば

    っさり切られ、他にも大けがを負ったそうだ」

 ミナモ、思わず自分の髪の毛に触れる。

安倍  「したがって!日が落ちてから、各自十分気をつける事!」

 何人かの生徒「はーい」と返事。

安倍  「次に二つ目!これは先生の個人的な事だ。夏休み中、陸上部の短期マネージャ―を引き受けてくれる者を募集する」

   「えー」「何で陸上部だけー?」という声が上がる。

安倍  「簡単だ。人出が足りなくて猫の手も借りたい状態だからだ」

ひより 「そうなんです!」

 ひより、立ち上がる。

ひより 「陸上部としてお願いします!」

ミナモ 「・・・」

 ミナモ、ひよりを見つめる。


36高校・屋上(昼)

葵   「ミナモ、チャンスじゃない!」

 お弁当を食べるミナモ、葵、ひより。

ミナモ 「何が?」

葵   「陸上部のマネージャーの話!坂本先輩と近くなるチャンスよ、チャンス!」

ミナモ 「マネージャー・・」

ひより 「あたしもミナモが立候補してくれたら全力で推してあげるよー。この前、お世話になったし!」

ミナモ 「・・でも・・一組の橋本さんも希望・・してるんでしょ?」

ひより 「そ・・・そうだけど・・」

ミナモ 「だったら、私より橋本さんがやった方が良いよ・・。それに陽菜だって・・」

葵   「マネージャーなんて何人いたっていいじゃない。大切なのはミナモの気持ちなんだって!

ミナモ 「・・・・」

ひより 「・・やる気があったら、すぐ声かけてね」

ミナモ 「・・うん、ありがとう・・」


37高校・教室(夕方)

つくも 「・・やる気が無いのなら、そのように沈んでいる事もなさそうだな」

 教室に二人きりのミナモとつくも。

つくも 「しかし、あの役職を自分がやりたいと意志表示もしない」

ミナモ 「・・一組の橋本さんってね、すっごく頭良くて、美人なの・・」

 うつむいているミナモ。

ミナモ 「映研の撮影の時も、橋本さんが主役・私はその後ろ姿役だった。髪が綺麗だからって」

つくも 「・・・」

ミナモ 「橋本さん、一年の時からずっと坂本先輩の事が好きだって噂で・・」

つくも 「恋の「らいばる」というものか」

ミナモ 「私じゃライバルにすらならないよ。目の前で仲良くしてる二人を見つめて・・きっとそれだけで終わっちゃうに決まってる」

つくも 「・・・」

ミナモ 「・・それじゃあ、あんまりにも惨めじゃない・・」

つくも 「俺にはそうやって起こってもいない未来を嘆き動かぬあんたのほうがよっぽど惨めに見えるがな」

 ミナモ、顔を上げる。

つくも 「あんたは自分にとっての欲しい物を人に簡単に受け渡す。あんたのそういう所が短所であり、長所でもある」

ミナモ 「・・つくもさん・・」

つくも 「・・手放したくないものがあるなら正直にそう言ってみろ。それは我儘では無い。あんたがあんた自身である証だ」

ミナモ 「・・何で、そんなに私のこと、気にかけてくれるんですか?」

 つくも、ミナモを見てから盛大にため息。

つくも 「・・・あんた、取引の事を覚えているか?」

ミナモ 「あ・・そうでした」

 ミナモ、苦笑して立ちあがる。

葵   「ミナモー、帰ろー」

 葵、教室の扉を開き入ってくる。

ミナモ 「・・・葵」

葵   「ん?」

ミナモ 「私、マネージャーやる」

葵   「・・・そっか」

 葵、安心したように笑みを浮かべる。

葵   「そうと決まれば早速ひよりに言っておかないと」

ミナモ 「うん、まだ部活中かな」

葵   「一言言うくらいなら大丈夫でしょ。・・・って、ミナモ」

ミナモ 「何?」

葵   「あんた、誰かとしゃべってなかった?話し声聞こえた気がしたんだけど」

 ミナモ、つくものいた場所を振り返る。

 つくも、関心が無いように座って校庭を眺めている。

ミナモ 「・・・ううん。私一人だったよ」

葵   「そう?気のせいかあー・・」

ミナモ 「・・・」


38香月家・庭(夕方)

亜矢  「へえー、夏だけ陸上部にねえ。ということは合宿にも一緒に行くの?」

ミナモ 「うん、いつもは山の中の合宿場だけど、今年は競技場使いたいから場所が変わるらしいよ」

 亜矢、庭の植物の手入れをしている。

 その手伝いをするミナモ。

 亜矢、ハサミで余分な葉を切り形を整えている。

亜矢  「でも、ミナモが陸上なんて意外ねえ」

ミナモ 「別に私が走るわけじゃないし」

亜矢  「でも、あんた小学校の時から読書クラブとか手芸部とかインドア派だったじゃない。それがずいぶんとまあ日焼けしそうな部活のマネージャーに」

ミナモ 「お、おかしい・・?」

 亜矢、ハサミで太めの枝を切りとる。

亜矢  「・・紫外線には気をつけなさいよー」

 亜矢、ミナモに切りとった枝を渡す。

 ミナモ、それを受け取る。

美代(声) 「だから落ち着きなさいってハルちゃん!」

 美代、縁側に電話の子機を耳に当てながら出てくる。

美代  「今からあたしもそっちに行ってあげるから!・・うん、はい、切るよ」

 美代、電話を切る。

亜矢  「ハルお婆ちゃんがどうかしたの?」

美代  「何か大事なものを無くしたらしいねえ・・。随分慌ててたから、ちょっと様子見に行ってくるよ」

亜矢  「・・ミナモ、こっちの方はいいから、お母さんと一緒に行ってあげなさい」

ミナモ  「ええ?私も?」

亜矢  「最近、危ない人が出たでしょー。近所だけど油断できないから、お願いッ!」

ミナモ 「・・分かった・・」

美代  「大げさだねえー・・。あたしは一人で大丈夫よ」

亜矢  「そんな事言って、ついこの前、私のサボテンちゃんを思いっきり踏みつけたのは何処のどなただったでしょうねえ・・」

 ミナモ、庭先から縁側に上がる。

 それに続く美代。

 亜矢、それを見届けて再びハサミを握る。

つくも 「・・・」

 縁側に腰掛けて亜矢の作業を見つめていたつくも、立ち上がる。


39道途中(夕方)

ミナモ 「ハルおばあちゃんとお祖母ちゃんって付き合い長いよね」

美代  「そうだねえ、産まれた日も一カ月とずれてないし、嫁いだ時期だって半年と違わないからねえ・・」

ミナモ 「それでどっちもお見合い結婚でしょ?」

美代  「そうそう・・。それでどっちも旦那さんより長生きでねえ・・」

ミナモ 「・・・」

美代  「そのくせ旦那一筋なんだから、困ったもんだよ」

つくも 「・・・」

 美代の右前を歩いていたミナモ、美代の横に並んで歩く。

 その後ろをついて行くつくも。

 犬を連れて散歩中の女性、曲がり角から出た拍子につくもをすり抜ける。

 つくもの方向に向けて大きく鳴く犬。

つくも 「・・・」

 つくも、手に負えず眉間に皺をよせる。


40ハルの家

美代  「ハルちゃん、お邪魔するよ」

ミナモ 「こんばんはー」

 玄関に入った美代とミナモ、足を止める。

 玄関先まで戸棚などが開け散らかって、足の踏み場が無い。

ミナモ 「・・これ・・」

美代  「あらあら、こんなに散らかしちゃって。・・ハルちゃーん!」

 美代、奥へ向かって声を張る。

 と、何かを床に倒す音と同時に焦った様子のハルが玄関へ姿を見せる。

ハル  「ああ、美代ちゃん!ミナモちゃんも!!」

ミナモ 「こ、こんばんは」

美代  「あんた、そそっかしいからねえ・・。今度は何を無くしちゃったんだい?」

ハル  「無くしたなんてッ・・。美代ちゃん!」

美代  「はいはい、まずは落ち着こうかね・・。ミナモ、悪いんだけど、そこに散かってるお洋服を畳んでくれないかねえ」

ミナモ 「う、うん」

 美代、玄関を上がりハルを連れて奥の部屋へ。

 ミナモ、靴を脱ぎ手近にあったタオルを畳み始める。

 その合わせ目はきっちり合わさっている。

つくも 「あのハルという女性・・」

ミナモ 「うわっ!・・いきなり横でしゃべらないで下さいよ!」

 つくも、洋服を畳んでいるミナモの横に立っている。

 ミナモ、畳みかけの洋服をとり落とす。

つくも 「ここに一人なのか?」

ミナモ 「・・ハルお婆ちゃんには息子さんが二人いるけど、どっちも仕事でこの街からずっと遠い所に住んでいるから」

つくも 「・・・」

ミナモ 「で、でも、長い休みにはこっちに帰ってきてるんですよ!」

つくも 「それは戻ってきていると、言うのだろう?その息子とやらの居場所はここでは無い、別の場所にあるのだから。

ミナモ 「へ?」

つくも 「この屋敷のものはそれを送り出した。惜しみながらも」

ミナモ 「・・もの・・がですか?」

つくも 「・・ある人間にとって非常に思い入れのある品物が多い・・。そういう事だ」

ミナモ 「つくもさんにはそれが分かるんですか?」

つくも 「当たり前だろう。・・神なのだから」

ミナモ 「何だか・・すごいですね!」

つくも 「・・様子から察するに、「ハルお婆ちゃん」は失せ物でもしたのだろう」

ミナモ 「うっかり置き忘れとかは私も見たことあるけど、あんなに慌ててるハルお婆ちゃんは初めて見ます・・」

 と、ハルと美代が奥の部屋から出てくる。

 ハル、先ほどより落ち着いた様子。

美代  「あんたは貴史さん繋がりになると、何でも一生縣命になっちゃうからねえ」

ハル  「うん・・すまないねえ、美代ちゃん。ミナモちゃんも」

ミナモ 「ううん、いいよ。それで、何探せばいいの?」

美代  「あら、察しがいいねえ」

 美代、手で掌サイズの細長いものの形を作る。

美代  「これくらいの櫛。ハルちゃんの旦那さんのプレゼントさ」

ハル  「午前中には確かに仏壇に置いてたんだけどねえ・・。それが夕方見た時にはさっぱり・・・」

つくも 「・・櫛・・」

    ×    ×    ×

美代  「台所は見たかい?ハルちゃん」

ハル  「まだだけど・・流石にあれを持って台所へはー」

美代  「一応、見ておこうか。ミナモ、この部屋は頼むよ」

ミナモ 「うん」

 ミナモ、箪笥の引き出しを引いて、洋服と洋服の間を調べている。

ミナモ 「・・流石にここには・・」

つくも 「この屋敷、動物を飼っているのか」

ミナモ 「うわっ!また!」

 つくも、ミナモの背後に立っている。

ミナモ 「もー・・。・・うん、ハルお婆ちゃんは猫飼ってますよ。でも、もうおじいちゃん猫だから、ずっと涼しい部屋で動かないし、そんな櫛を持って何処かに行っちゃうなんて事・・。

 つくも、ミナモが言い終える前に部屋を出ていく。

ミナモ 「あ!ちょっと!」

 ミナモ、つくもを追いかける。

ミナモ 「つ、つくもさんが他の人に見えないからってそうズカズカと行っちゃったら・・」

 和室の床の間の端に膝を曲げてしゃがむつくも。

 そこには丸くなって眠る猫。

つくも 「・・・あんた、こいつをどかせるか?」

ミナモ 「・・そこまで非力に見えますか?・・ちょっとごめんね・・」

 ミナモ、猫を抱え上げようとする。

 が、毛を逆立たせてそれを拒む猫。

ミナモ 「おっかしいな・・いつもは無抵抗に触らせてくれるのに」

美代  「ミナモー?」

 美代とハル、和室へ入ってくる。

美代  「どうしたんだい?それに猫ちゃんも・・」

ハル  「なっちゃん・・どうしたの、そんなに怖い顔して・・」

 ハル、猫を覗きこむ。

 と、猫、急に大人しくなり床の間からのそのそ移動する。

 そのお腹の下には細い黒塗りの櫛。

ミナモ 「あ・・」

ハル  「これッ!」

 ハル、櫛を拾い上げる。

美代  「・・猫ちゃんが隠しちゃってたのかい・・」

ハル  「ナツ!どうしてこんな事したんだい?!」

 猫、和室の障子脇に移動して丸くなる。

ハル  「ナツ!」

つくも 「この屋敷、猫は一匹か?」

 ミナモ、ハルと美代に注意しながら、うなずく。

つくも 「じゃあ、そいつはあれが大切な物だと分かっていたのだな・・。賢い奴だ」

ミナモ 「・・?・・」

つくも 「畳の痛んだ部分に別な猫の毛が引っかかっていた。動物は光沢のある物に注意を向ける。それで奪われそうになった所をそいつが防いで盗られぬようにしていたんだ」

 ミナモ、本当かと言いたげにつくもを振り返る。

つくも 「・・という経緯があったから、責めないでやってくれと言っている」

ミナモ 「・・?・・」

つくも 「ハルお婆ちゃんの櫛が、だ」

ミナモ 「・・・」

つくも 「思い入れの強い物には・・意志が宿る事がある。弱い力ではあるがな」

美代  「まあまあ、ハルちゃん、良かったじゃないか。無事に貴史さんの櫛が見つかって」

ハル  「うん。・・うん、そうだねえ・・ありがとう、ミナモちゃん」

ミナモ 「ううん・・。あんまりナツちゃんを責めないであげてね」

ハル  「・・?・・」

ミナモ 「ハルお婆ちゃん、いつも午後にここの窓開けてるでしょ?その間に、他の猫が入りこんじゃったのから・・櫛を守ろうとしたんだと思うよ」

ハル  「ナツ・・」

ミナモ 「私が生まれる前からハルお婆ちゃんと一緒にいるナツだもん。きっと、それが凄く大切な物だって知ってるからこそ、そんな事したんじゃないかな

美代  「・・お利口な猫ちゃんじゃないの」

ハル  「・・ありがとねえ・・ナツ」

 猫、眠たげに弱く鳴く。


41帰り道途中(夕方)

ミナモ 「あの様子じゃ、あと数時間は昔の話で盛り上がってそうだから・・」

つくも 「・・女性の話好きは今も昔も変わらないようだな」

 ミナモの一歩右後ろを付いて行くつくも。

ミナモ 「・・ちょっと不思議なんですけど・・つくもさんには物の言葉が聞こえるんですか?」

つくも 「全てでは無い。強い心と意志が宿った物に限られる」

ミナモ 「あの櫛のように・・ですか?」

つくも 「大切に使われてきたものにはある期間を経て、力が宿るものだ。それが働き、持ち主は厄災から守られたり、危険から身を守られたりする。・・あの櫛にはほかの物よりもその力が強く感じられた。・・「ハルお婆ちゃん」を守りたいと」

ミナモ 「・・素敵ですね・・」

つくも 「・・素敵・・?」

ミナモ 「だって、目に見えなくても、そういう優しい力が世の中にはあるんだって思うと・・何だかホっとします」

つくも 「・・・あんた、己を「まいなす思考」だと言いながら、ずいぶんとおめでたい考え方もするのだな」

ミナモ 「それって馬鹿にしてますッ?」

 ミナモ、振り向く。

つくも 「楽天的に考える事ができるのだなと言ったまでだ」

ミナモ 「・・もー・・。あ、そうなるとあれですか?あのハサミもそういった品物なんですか?」

つくも 「・・・何故、そう思う」

 つくも、わずかに顔を強張らせる。

 ミナモ、それに気付かない。

ミナモ 「だって・・神様なつくもさんから渡されたものですよ?普通のものじゃあまず無いですよ!」

つくも 「・・・」

ミナモ 「誰かが大切に使っててー」

つくも 「俺は使い方を見つけろとは言った。だが、その由来まで掘り起こせとは言った覚えは無い」

ミナモ 「で、でも、おんなじくらい大事なことじゃないですか?どんな使われ方をしてきたのかってー」

 ミナモ、再びつくもの方向に振り向く。

 つくも、姿を消している。

ミナモ 「・・・勝手な神様なんだから!」


42花崎神社(夜)

華吹  「啖呵をきって勇ましく出て行った割には・・上手くいっていないようですね・・」

つくも 「・・そう見えるか」

華吹  「あなたの心に波がたっている事くらい、すぐに分かります」

つくも 「・・・」

 社に腰掛けている華吹、地面に胡坐をかいて座っているつくもを見つめている。

つくも 「・・なあ・・」

華吹  「・・はい・・」

つくも 「あんたは優しいと思うか?」

華吹  「・・・」

つくも 「俺やあんたを縛りつけているような、枷とも言えるこの力が・・素敵だと、思うか・・?」

華吹  「・・そう言ったのは、あの子ですか?」

つくも 「・・・」

 つくも、俯く。

華吹  「・・優しいからこそ、辛いのかもしれませんね」

つくも 「・・?・・」

華吹  「いっそ、綺麗に断ち切ってくれた方が、目に見える傷跡を残してくれた方が、どんなに楽だったのか・・。優しい事が逆に最も消えない傷を残しやすいのかもしれません・・」

つくも 「・・そうか・・」

華吹  「このままでいて辛くなるのはあなたかもしれませんよ」

つくも 「・・どういう意味だ」

華吹  「あなたは必ず近いうちに向き合わなければなりません。あなたが背負ってきたものと。それをいつまでー」

つくも 「それはあんたも同じことだろう?」

 つくも、立ち上がる。

つくも 「今までおいおい泣くだけで何もしてこなかったあんたが、今さら俺に説教か?冗談じゃない!」

華吹  「・・・」

つくも 俺はあんたと違って、のほほんと身の安全を享受できる立場じゃないからな・・。・・神様の為りそこない、なんだからな」

華吹  「・・あなたは・・」

つくも 「周りで何が起ころうと知ったことか。俺は俺のために動く!」

 つくも、荒々しく地面をけり、神社を出ていく。

 それを黙って見つめる華吹。


43薄明かりの歩道(深夜)

 帰宅途中の長髪の女性が携帯電話でメールを打ちながら歩いている。

 その背後にゆっくり、だんだん間合いを詰め近寄る影。

 気配に気づいた女性、振り返る。

 女性の目が恐怖で見開かれる。

 響く女性の悲鳴と無残に切り落とされて地面にちらばる髪の毛。


44鐘ヶ咲高校・多目的教室

 黒板には「陸上部夏季合宿」の文字。

 制服・ジャージ入り混じった陸上部の生徒が1~3年席に座っている。

陸部女子1  「ねえ、また出たらしいよ、ハサミ男」

陸部女子2  「怖いよねえ・・。ここの学区内だし」

ミナモ 「・・・」

 ミナモ、左隣を目で盗む。

 橋本(16)、背筋を伸ばして座り、斜め前の席の坂本と話している。

 二人とも非常ににこやかな表情で会話している。

長谷部 「・・香月」

 ミナモ、我に返る。

 右隣の席に座っていた長谷部、こちらに顔をむけている。

長谷部 「・・陽菜から聞いた・・。よろしく頼む」

ミナモ 「あ・・こ、こちらこそ!」

 ミナモ、思わず頭を下げる。

安倍  「おー、全員いるかー?」

 安倍、教室に資料を持って入ってくる。

 ひより、安倍の後ろに資料の残りを持って続く。

ひより 「先生、これもう配って良いですか?」

安倍  「ああ、よろしく頼む」

 ひより、縦列ごとに持っていた資料を配る。

 各自、後ろに回されていく資料。

安倍  「知っている者も多いと思うが、今回の陸上部の合宿に助っ人が2名参加してくれることになった。じゃあ、挨拶でもしてくれるか?」

橋本  「はい」

 うろたえるミナモの横で起立する橋本。

 自然な動作で優雅に一礼する橋本にはあ、とため息をつく数名の男子部員。

橋本  「二年一組の橋本有紀です。生徒会書記の役職にも就いていますが、夏休み期間のみ陸上部のマネージャー補佐も務めさせていただきます。短い期間ではありますが・・」

 橋本、周囲を見回して華咲く笑顔。

橋本  「精一杯務めさせていただきます。どうぞ、よろしくお願いします」

 橋本、一礼して席に座る。

 教室に響く拍手。

 坂本も笑顔で拍手している。

 ミナモ、つられて小さく拍手。

安倍  「じゃあ、香月も」

ミナモ 「は、はい!」

 ミナモ、勢いよく立ちあがり、椅子を後ろに倒す。

 ひより、頭を抱える。

 くすくす笑いが聞こえる。

 長谷部、黙ってミナモの倒した椅子を直す。

ミナモ 「ああ、ごめん。えっと、香月ミナモです。二組・・二年二組です」

 前方の席に座っていたひより、ミナモに向かい「もっと!」と口パクで叫ぶ。

ミナモ 「・・ええっと・・しゅ、手芸部です。だけど、夏休み中だけお手伝いさせてもらいますッ・・。が、頑張るのでよろしくお願いします!」

 ミナモ、頭を下げると同時に素早く席に座る。

 教室に響く柔らかい拍手。

 坂本、微笑みながら拍手している。

安倍  「それじゃー、合宿概要から追ってくぞー。皆、今配った資料は合宿にも忘れずに持ってくるように」

橋本  「香月さん」

 ミナモ、左隣を向く。

 橋本、ミナモに微笑む。

橋本  「よろしくね」

ミナモ 「う、うん。・・よろしく・・」

 ミナモ、ぎこちなく会釈。


45通学路

ミナモ 「そんな、葵の言うような人じゃないと思うけど・・」

 下校途中のミナモ、葵、陽菜、ひより。

葵   「そうやって油断させといて気がついたらあっちのペースに持っていかれるんだって!策士なんだから、気をつけないと!」

ひより 「大げさなー。・・でも、橋本さんが坂本先輩狙ってるなら、これは時間の問題かもねー・・」

陽菜  「ふ、二人とも・・」

 葵とひより、アイスを食べながら歩く。

 その後ろを歩くミナモと陽菜。

葵   「陽菜、今日は長谷部と一緒じゃないの?」

ひより 「いっつも部活終わるまで待ってるけど・・。男子は大変だなあ、会議後にも練習入れちゃって・・。

陽菜  「うん、今日は先に帰るって言ってるし。お茶の稽古が早めに入っちゃったから・・」

葵   「出た出た、お嬢様の趣味が・・」

陽菜  「だからー、そんな風に言わないでよ。まだ正座苦手だし・・」

ミナモ 「・・でも、何か久しぶりだね、四人でこうして帰るの」

葵   「・・まあね・・」

ひより 「ホントは嬉しいくせに」

葵   「うるさいッ!あんたは何か浮ついた話、無いの?!」

ひより 「あたしはふくらはぎ重視だからなあー」

陽菜  「まだ続いてたんだ、ひよりの足フェチ・・」

ひより 「なかなかドキッとする足の持ち主はいらっしゃらないもんだよー。あ、長谷部の足は及第点だよ」

陽菜  「え・・」

ひより 「って、そんなあからさまに不安な顔しないでよ、可愛いなあ陽菜は」

 ひより、陽菜の肩に腕を回す。

陽菜  「ひより!あっつい!」

ひより 「でも、今年の合宿にはミナモも来てくれるから楽しみだなー!」

葵   「絶対、橋本に先越されちゃダメだからね!」

ミナモ 「葵・・顔が怖い・・」

陽菜  「・・でも、何かうれしいな」

ひより 「葵のしかめっ面が?」

陽菜  「違うよ!ミナモが自分のやりたい事してくれるようになって」

ミナモ 「・・へ?私?」

ひより 「・・確かに。ひと昔前のミナモは「お先に全てどうぞ」ってカンジだったもんね」

陽菜  「ミナモはもっと我を通した方がいいと思うから・・その調子で頑張って!応援してる!」

ひより 「そうそう、もっと我儘にならなくちゃ!」

 一人、前を歩く葵。

ひより 「・・あおいー?」

葵   「・・あたしは褒めてのばすより叩いてのばすから」

ミナモ 「・・・」

葵   「ミナモ!大事なのはこれからなんだからね」

 葵、振り向く。

 その手に持つアイス、溶けかかっている。

ミナモ 「・・うん・・」


46合宿先・トラック

 蝉の鳴き声がうるさく響く。

 直射日光の熱さで蜃気楼が発生しているトラック。

橋本  「香月さん!次のラップタイムのコールお願い」

ミナモ 「は、はい!」

 ジャージに帽子を被るミナモ、橋本からストップウォッチを受け取る。

 陸上部の先頭集団、ミナモと橋本の前に差しかかる。

ミナモ 「3000m、10分25、26、27・・」

橋本  「香月さん、もっと声大きい方が良いよ」

ミナモ 「に、29、30、31!・・」

 次々と通過する陸上部員。

 その中には坂本も。

ミナモ 「さ・・」

橋本  「坂本先輩、ファイト!」

 ミナモ、遠ざかる先頭集団を見つめる。

ミナモ(声)「・・わざとじゃない・・」

   ×   ×   ×

 ゴールした部員達に飲み物を渡すミナモ。

ミナモ 「坂―」

橋本  「坂本先輩!お疲れ様です」

 橋本、機敏な動きで坂本に飲み物を手渡す。

坂本  「ああ、ありがとう」

ミナモ 「・・お、お疲れ様です・・」

 ミナモ、別の部員へ飲み物を渡していく。

ミナモ(声)「わざとじゃない」

   ×   ×   ×

安倍  「おーい、どっちかこの機材、先生の車まで運んどいてくれ」

ミナモ 「あ、それなら・・」

橋本  「私が行きます!香月さん、ここの片づけ、お願いできる?」

ミナモ 「・・う、うん」

坂本  「あの機材、一度に一人じゃ大変だろ?僕も手伝うよ」

橋本  「本当ですか?ありがとうございます!助かります」

ミナモ 「・・・」

 ミナモ、荷物を持ち並んで歩く二人の背を見つめる。

ミナモ(声)「・・わざとではない・・!」

ひより 「・・・」

長谷部 「・・・」

 ひよりと長谷部、それを眺めて小さくため息。

ひより 「・・陽菜から、縋りつかれて頼まれたんでしょ?」

長谷部 「・・縋りつかれてはいないが・・」

ひより 「あんたから先輩に軽く言ってあげてよ、あんまり橋本さんとベタつくなって」

長谷部 「そうしたら俺が橋本に気があるように見えないか?」

ひより 「いいじゃん、別に」

長谷部 「断る」

ひより 「何で?」

長谷部 「例え嘘でも、できない」

ひより 「・・陽菜一筋ってことかい。全く、使えないなあー」

長谷部 「・・・」

ひより 「ミナモは人の見えない所で頑張っちゃうからな・・」

長谷部 「どういう意味だ?」

ひより 「朝、昼、夕の食事、あれ人数分きれいに揃えてくれてるのミナモだから」

長谷部 「・・そうか」

ひより 「食べ終わった後もおばちゃん達と一緒に片づけしてるし、それに洗濯機の入れ換えと洗剤も補充も。気付いたの、今朝だったけど」

長谷部 「初日からやってたのか」

ひより 「さあ、分かんない。確かに橋本さんってキビキビ動いてて見ててよくできてるなあって思うよ。・・だけどさあ・・」

長谷部 「・・報われないな」

ひより 「あの子の場合、目の前の事に一生懸命になっちゃって自分の得を忘れちゃうんだよね・・。・・って事で、長谷部」

長谷部 「・・?・・」

ひより 「あたしに協力しなさい。これは副部長のあんたの力がなくちゃ出来ない事だからね!」


47合宿所・ミーティングルーム(夜)

安倍  「という事で、明日の早朝・午前・午後のメニューについては以上だ」

 何人かの部員は睡魔に負けて頭がグラグラしている。

 部屋の端に座っている橋本とミナモ。

 ミナモ、眠気と戦い、しきりに瞬きをしている。

 橋本、それに対して姿勢を正し、しっかり安倍の話を聞いている。

安倍  「それと、明日が最終日前日って事で、男女各副部長から提案があった。・・明日の夜、この地区の花火大会を兼ねた祭りが近くの神社で行われるそうだ」

 寝ていた部員、覚醒し始める。

 ミナモ、頭を起こす。

安倍  「せっかくの夏休み、部活の思い出作りに自由時間で祭りに遊びに行けないかとのことだったが、先生はミーティング後の時間、門限を守ればその時間を設けて構わないと返答した。・・が、それは賛成意見が多かったらの話だ」

ミナモ 「・・・」

安倍  「ここで希望をとるぞー。明日の花火大会、行きたい奴」

 素早く部員全員の手が上がる。

安倍  「・・っと満場一致で可決な。橋本、香月、お前達も行っていいからなー」

 部員から、歓声が上がる。

安倍  「おーい、ちゃんと約束事は守れよー。さもないと、翌日の練習で地獄見るからな」

ミナモ 「・・花火・・」


48合宿所・女子部屋

 就寝前で布団を広げる作業中の女子部屋。

ミナモ 「ひよりと長谷部が?」

ひより 「そ、副部長二人で先生に頼みに行ったんだー。おかげで皆の士気も上がったみたいだし」

ミナモ 「ひより・・」

ひより 「ミナモ、あんたこのままじゃ、ただ労働するためにここに来たようなものになっちゃう!ここで良い思い出作っとかないと!」

ミナモ 「労働だなんて・・ひよりとか部員皆の方が練習大変なのに・・」

ひより 「あー人の事はいいから!そうしないとあたしも長谷部も、葵と陽菜に顔向けできないの!」

 ひより、敷いたばかりの布団上にミナモを突き飛ばす。

 ミナモ、布団上へダイブ。

ひより 「いい?絶対、明日、スパートかけなさい!」

ミナモ 「は・・はい・・」


49合宿所・洗い場前(夜)

ミナモ 「・・そうは言ってもなあ・・」

 ミナモ、飲み物補給のタンクの中を洗っている。

ミナモ 「・・一緒に行くなんてそんな・・」

つくも 「洗い仕事が手慣れてきたようだな」

ミナモ 「つ、つくもさんッ・・」

 ミナモ、周囲を見回す。

 遠くの田んぼからカエルの鳴き声が聞こえる。

ミナモ 「だから、いきなり声かけないでくださいって何回もー」

つくも 「配慮はしてやっている。ここであんたが一人でいる時間など皆無に等しいからな。・・で、今度は何をブツクサ言っている」

ミナモ 「ひよりに坂本先輩を誘えって言われたんです。花火大会に」

つくも 「それで?」

ミナモ 「嫌なわけじゃ無いです!すっごく行きたいです!先輩と!でも・・断られた時がそれ以上にすっごく怖いんです」

つくも 「あの男は女性の誘いを足蹴にするような人でなしなのか?」

ミナモ いやいや、誘いって言ったって私の我儘みたいなものですから!・・それに付き合わせたら、先輩に迷惑なだけなんじゃって・・」

つくも 「あんたが迷惑だろうと思っているのであれば、それは迷惑なのだろうな」

ミナモ 「う・・。・・それに、私なんかより部員の人とか・・橋本さんと行った方がよっぽど良い思い出になるんじゃないかって・・」

 次第に顔が俯き、髪の毛で顔が隠れるミナモ。

 それを見下ろすつくも。

つくも 「あんた、今、何を持っている」

ミナモ 「・・・」

つくも 「今までの時の中で、何を手に入れた。何も手に入れていないだろう」

ミナモ 「・・そうですね・・」

つくも 「ならば、何故、まだ手にも入れていないものをあきらめる」

ミナモ 「へ?」

つくも 「あんたは潔く諦めようとしている。だが、そもそもあんたは諦めるほど大したものを持っているのか?」

ミナモ 「そんな・・」

つくも 「俺から見たらあんたは諦めるなどと大げさな言い回しで手放せるものなど、何も持っちゃいない。全て、代えが効くほどにくだらんものだ」

ミナモ 「そんなことありません!」

 ミナモ、立ち上がった拍子に洗い場のホースの水が頭にかかる。

ミナモ 「先輩の事が好きだって気持ちはいいかげんじゃないです!それは軽い気持ちなんかじゃないです!」

 ミナモ、つくもの目の前に詰め寄る。

つくも 「・・・なかなか良い顔じゃないか」

ミナモ 「え?」

つくも 「その位、あんたは意地になったほうがちょうど良い」

ミナモ 「・・あの・・」

つくも 「あんたがくだらなくないもの、譲れぬものを持ってる事は知っているから安心しろ」

ミナモ 「じゃあ・・何で?」

つくも 「あんた、こうでも言わないと我を出さないだろ」

ミナモ 「・・・」

つくも 「いいか、よく聞け」

 つくも、ミナモに自分の拳を突きつける。

つくも 「俺はお前に力を貸す。だが、俺はお前に己の想いを言わせる事は出来ない。お前の意志で言わなければ意味が無いからな」

ミナモ 「つくもさん・・」

つくも 「俺の力を疑うな、神なのだからな。だが、それ以上にあんたは己を疑うな」

ミナモ 「私を?」

つくも 「今まで努力をした己を、だ」

ミナモ 「・・・うん」

 ミナモ、小さく何度もうなづく。

ミナモ 「・・うん・・いや、はい。・・ありがとうございまー」

つくも 「分かったならさっさと頭をふけ。このままではー」

 つくも、ため息まじりにミナモの頭に手をのばし途中で止まる。

 俯いてうなづくミナモ、それに気付かない。

つくも 「・・そのままでは、頭が見苦しくなるぞ」

ミナモ 「はい・・。つくもさん」

 タンクを綺麗に戻したミナモ、つくもに頭を下げる。

 濡れた長髪が肩を滑り、月の光に反射する。

ミナモ 「ありがとうございます!」

つくも 「・・・」

ミナモ 「・・つくもさん?」

つくも 「・・礼と言葉は分けてするものだ」

ミナモ 「す、すいません!」

 つくも、立ち去るミナモの背を見つめる。

静まり返り、自分の手を見つめるつくも。

つくも 「・・馬鹿か、俺は・・」

 その声に反応し、カエルが一匹田んぼに飛び込む。


50合宿所・入り口(夜)

安倍  「いいかー?全員、22時には部屋で点呼するからその時までには必ず戻る事。一人でも間に合わなかったら連帯責任だからなー?」

女子部員 「先生は行かないんですか?」

安倍  「気が向いたら少し見に行こうとは思うが、これでも忙しいんでな。気をつけて行けよ、くれぐれも問題を起こさないようにな!

生徒達 「はーい」

 次々と合宿所の玄関を出ていく生徒達。

ミナモ 「坂本先輩!」

 坂本、振り返る。

ミナモ 「よ、よろしければ、ご一緒してもよろしいですかッ?」

坂本  「・・もちろん!他にも何人か一緒だけど大丈夫?」

 橋本、長谷部、ひよりらが坂本の後ろにいる。

ミナモ 「も・・もちろんですッ!」

坂本  「良かった。じゃあ、行こうか、ミナモちゃん」

ミナモ 「はいィ!」

 ひより、長谷部とアイコンタクトをとる。


51神社境内・入り口(夜)

 出店が左右奥まで並び、とても混雑している。

 人の間をぬって進むミナモや坂本達。

橋本  「先輩!奥の方でチョコバナナ売ってますよ!」

坂本  「本当だ、美味しそうだな!」

ミナモ 「・・せ、先輩はこういうお祭りはお好きなんですか?」

坂本  「そうだね、毎年近くのには欠かさず行ってるよ」

橋本  「そうなんですか?今度、また近くのお祭りに行きましょう!」

ミナモ 「・・・」

 ミナモ、前から歩いてきた客とぶつかる。

ミナモ 「す、すみません!」

坂本  「ミナモちゃん、大丈夫?」

ミナモ 「は、はい!」

橋本  「あんまり広がりすぎると危ないですね」

ミナモ 「・・・」

 前から坂本、橋本、ミナモの順番で列になる。

ひより 「・・どう思う」

長谷部 「・・不利だな」

ひより 「だよねえ・・」

ミナモ 「せ・・」

橋本  「坂本先輩は高校を卒業したらどうされるんですか?」

ミナモ 「・・・」

 ミナモ達、焼きそば・焼うどんの出店を通りすぎる。

つくも 「・・・」

 戦隊ヒーローのお面をかぶったつくも、出店横から姿を現す。

ミナモ(声)「だめだ、だめだ!ここで下がっちゃだめだ!」

 ミナモ、自分の頬を叩く。

つくも 「今通りすぎた焼き麺の店」

ミナモ 「へ?」

 つくも、音も無くミナモの背後に現れ、歩いている。

 周囲の人はそれに気付いていない。

ミナモ 「(小声)つ、つくもさー」

つくも 「あの射的の出店を通りすぎたらそこに戻り列に並べ。いいな」

 つくも、そのまま進行方向とは逆方向に身を翻し、あっという間に姿を消す。

ミナモ 「・・・」

 射的の出店を通過するミナモ達。

ミナモ 「・・・あの!私、どうしても焼うどん気になっちゃったのでちょっと買ってきます!」

ひより 「え、ミナモッ?」

 ミナモ、逆方向に戻る。

    ×    ×   ×

ミナモ(声) 「って並んでみたのはいいものの・・」

 ミナモの前の人が購入し、次はミナモの番。

ミナモ(声) 「どうしたらいいんだろ・・。まあ、お腹減ってたから丁度いいか・・」

店の番 「らっしゃい!焼きそば?焼うどん?両方?」

ミナモ 「ええと、焼うどんひとつー」

坂本  「すいません!」

 坂本、息をきらしてミナモのすぐ後ろへ。

坂本  「今の焼うどんに焼きそば二つも追加で!」

ミナモ 「せ、先輩!?」

坂本  「いやー、間に合ってよかった!」

ミナモ 「ど、どうなさったんですか?」

坂本  「何だか、ミナモちゃんの言葉でお腹が空いてきてさ。がっつり食べたくなったんだ」

店の番 「三つで千と五十円だよ」

坂本  「はい、お願いします」

ミナモ 「先輩!わ、私の分は自分で!」

坂本  「いいからいいから。その代わり、後で一口くれない?」

ミナモ 「・・・はい・・」

店の番 「はい、熱いから気をつけてな!」

坂本  「どうも。あ、あと箸もう二膳もらってもいいですか?」

   ×    ×    ×

橋本  「香月さんも坂本先輩も大丈夫かな・・」

ひより 「きっと、すぐに追いつくから先に行ってようよ!」

長谷部 「橋本には世話になったからな・・。チョコバナナ、おごるか?」

橋本  「え?いいのッ?」

ひより 「やった!流石、副部長!」

長谷部 「お前におごるとは言ってないんだが・・」

   ×    ×    ×

坂本  「やっぱりすぐには追いつけないか。もうすぐ、花火始まるな・・」

ミナモ 「ここだとよく見えなさそうですね・・」

坂本  「・・しょうがないな。ミナモちゃん、こっち」

 坂本、ミナモの手首をつかむ。

ミナモ 「!!?」

坂本  「ちょっと付いてきて」

 ミナモ、坂本と出店の脇に外れて細道から神社の方向へ向かう。

 その手首は坂本に掴まれたまま。

ミナモ(声)「・・どうしよう・・」

 ミナモ、前を進む坂本の背中を見る。

ミナモ(声)「・・私ってこんなに暑がりだったっけ・・」


52神社境内(夜)

 花火のために座っている客もいる階段を登りきったふたり。

ミナモ 「・・み、みんな、いないみたいですね・・」

坂本  「花火の時間は知ってるだろうから、きっとよく見える場所には行ってるよ。まあ、焼きそばが少し冷めてしまうのは残念だけど・・」

 坂本とミナモ、境内端の段差に腰掛ける。

坂本  「はい、箸。せっかくだしこっちは冷めないうちに食べないと」

 ミナモ、すぐ隣にいる坂本から箸を手渡される。

ミナモ 「あ・・ありがとうございます・・」

坂本  「ミナモちゃんは焼きそばと焼きうどんだとうどん派なの?」

ミナモ 「ええと、焼きそばは・・たまに父が家で作ってくれるので・・」

坂本  「へえ、家とは逆なんだな。こっちは家では焼きうどんばっかりでこういう時しか焼きそば食べるチャンスないんだよ。あ、カップ麺は別だよ」

ミナモ 「そうなんですか・・。・・い、いただきます」

坂本  「いただきます」

 手を合わせる二人。

 割り箸を割るが、綺麗に割れた坂本に対し、ミナモの箸は片方に大幅に鋭くなっている。

ミナモ 「・・・・」

坂本  「お、珍しく上手くいった。・・これってどちらかに偏ってると何かいわれがあるんだっけ?」

ミナモ 「・・さ、さあ・・。ちょっと手元が狂っちゃって・・」

坂本  「はは、ひっくり返さないように気をつけなよ」

ミナモ 「はい・・」

 焼きうどんを食べるミナモと焼きそばを食べる坂本。

坂本  「どうだった?陸部の合宿は」

ミナモ 「お手伝いしかできませんでしたけど・・一週間あっという間に思えました」

坂本  「ミナモちゃんや有紀ちゃんにはすごく助けられたよ!部長として改めて礼を言いたい。ありがとう!

ミナモ 「いえいえ、そんなー」

 と、夜空に打ち上げ花火が上る。

 何発もかぶさって空に打ちあがる花火。

ミナモ 「・・綺麗・・」

坂本  「・・実は子どもの頃、この花火の音が苦手だったんだ・・」

ミナモ 「先輩が・・ですか?」

坂本  「風船の破裂音とか太鼓とか・・ピストルの音もダメだった」

ミナモ 「でも陸上ってたいてい・・」

坂本  「そう、不思議なものだよね。自分が苦手で遠ざけてたものが気が付いたら一番なじみ深いものになってるんだからさ」

ミナモ 「苦手なものが・・ですか」

坂本  「ミナモちゃんには無い?」

ミナモ 「・・・」

 ミナモ、花火から視線を落とす。

ミナモ 「ものと言うか・・私は自分の事が苦手・・でした。自分の事を主張したりするのが・・」

坂本  「・・でも、今は違うんだね」

ミナモ 「・・まだよく分からないんですけど・・。でも、ある人が言ってくれたんです。「今までの自分を信じろ」って・・。それで、何だか安心したというか・・」

坂本  「・・なるほど。その人はミナモちゃんを本当に想ってくれているんだね」

ミナモ 「え?」

坂本  「そうじゃなきゃ、そういう心ある言葉は出てこないものだよ」

ミナモ 「・・・」

 ミナモの髪が微風に揺れる。

 夜空に打ちあがる花火。

    ×    ×    ×

 つくも、二人から離れた境内でそれを見上げている。

つくも 「・・どういう気持ちなんだろうな・・。空に消えていくってのは・・」

    ×    ×    ×

 ミナモ、箸を握る。

ミナモ 「・・坂本先輩・・」

坂本  「何?」

ミナモ 「・・・私・・・」

 ミナモ、自分の焼きうどんを見つめる。

ミナモ 「・・や、焼きそばも食べてみていいですかッ?」

坂本  「いいよ、もちろん」

 夜空に打ちあがる花火。


53神社境内・入り口(夜)

 所々隠れながらも、空に打ち上げ花火が見える。

安倍  「大した人だなあ・・」

 人の流れに従って出店の並ぶ道を歩く安倍。

安倍  「あいつら、無駄にはぐれたりしてなきゃいいけど・・」

 安倍、横から出てきた華吹とぶつかる。

安倍  「っと、すいません!大丈夫ですか?」

 華吹、安倍を見上げて絶句する。

安倍  「・・あの・・」

華吹  「し、失礼します!」

 華吹、人の間をすり抜けてあっという間に安倍の視界より消える。

安倍  「・・・・」

 安倍、華吹の消えた方向を見つめる。

    ×   ×   ×

華吹  「違う・・」

 華吹、胸を押さえて神社脇の木の陰に寄りかかる。

華吹  「あの方はもう遠い昔に死んだ・・。別人よ・・」


54香月家・庭(夜)

ひより 「何で?!あの後、良い感じだったんでしょ?二人っきりで!」

葵   「何故、そこで踏みとどまったの?!」

陽菜  「剛君が橋本さんに連れまわされたって本当?!」

ミナモ 「み、みんな、落ち着いて・・」

 ミナモ、三人に手持ち花火を持ったまま迫られて、着火マン片手に後退する。

ひより 「あー、陽菜?それは安心して。長谷部も嫌々だったからさ」

陽菜  「でもッ!でも剛君、チョコバナナを橋本さんに・・!私、まだ一緒に行った事無いのに・・!

葵   「またこっちでお祭りあるんだから今度二人でベタベタ行けば大丈夫だって」

ひより  長谷部の奴、ちゃんと説明と言い訳しとけって言ったのに・・」

ミナモ 「・・陽菜、ごめん。私が長谷部に、きっと気をつかわせすぎたんだと思う・・」

陽菜  「そ、そんな、ミナモが悪いわけないよ!」

葵   「だったらそんなに落ち込まないで会いに行けばいいじゃない」

ひより 「え?今から?」

葵   「それはちょっと極端だけどー」

陽菜  「ありがとう、葵!」

三人  「え?」

 陽菜、燃え尽きた手持ち花火を水の張ったバケツに突っ込む。

 ジュっという音を立てて、一気に火が消える花火。

陽菜  「私、行ってくる!」

ミナモ 「どこに?」

葵   「今すぐ!?」

ひより 「もう暗いから危ないって!」

陽菜  「自転車で一気に行くから大丈夫だよ!」

 陽菜、縁側に膝をつく。

陽菜  「おばさん、おじさん!お先に失礼しまーす!」

 茶の間から顔を出す亜矢と拓真。

亜矢  「あら、ずいぶん早いのねえ」

拓真  「暗いから気をつけて帰りなー」

陽菜  「はい!お邪魔しました!じゃあね!」

 陽菜、庭からそのまま家の表へと出ていく。

葵   「恋する乙女だねえ・・」

ひより 「長谷部、驚くだろうなあ・・。綺麗に収まるといいけど」

ミナモ 「あの二人、変にこじれたりしないよね?」

葵   「大丈夫でしょー?」

 葵、ミナモの持っていた手持ち花火に火をつける。

ミナモ 「うわッ、近い!」

葵   「さあさあ!あんたもどんどん火ィ点けちゃいな!」

ひより 「全くその通りだね!」

ミナモ 「そ、そんなに持てないから!って危ない!」

 悲鳴に近い声をあげてはしゃぐ三人。


55香月家・家前(夜)

葵   「ごめんね、後片付け頼んじゃって」

ミナモ 「用意してくれたのは三人だから、これぐらいやっとくよ」

ひより 「ミナモ、ありがとう」

 庭端で、自転車で帰宅する葵とひよりを見送りに出たミナモ。

ミナモ 「陽菜もだけど・・二人ともいろいろありがとう、私―」

ひより 「何言ってんの?まだ、これからでしょ?」

葵   「油断して気を抜かないこと!」

ミナモ 「・・ふふッ。・・うん」

 自転車をこぎ出した二人の背中を見送るミナモ。


56香月家・庭(夜)

亜矢(声)「ミナモー、片づけ手伝おうかー?」

ミナモ 「大丈夫―」

 バケツの取っ手を持ちあげかけたミナモ、縁側下を覗き込む。

 線香花火が数本落ちている。

ミナモ 「・・気付かなかったな・・。どうしよ・・」

 ミナモ、線香花火を拾い上げる。

ミナモ 「・・・」

 それを見つめるミナモ、周囲をゆっくり見回す。

ミナモ 「(小声)・・つくもさん?」

 と、ミナモの数メートル前につくもが現れる。

つくも 「あんた・・俺がいるって分かったのか・・?」

ミナモ 「い、いえ・・。いっつも急に出てこられるので、割と近くにいる、いらっしゃるのかなーと・・。良かったです、本当にいらっしゃって」

つくも 「・・で?呼びつけておいて何用だ?」

 ミナモ、つくもに残った線香花火を差し出す。

つくも 「先ほどの火遊びか?あんた達は物騒な遊びをするのだな」

ミナモ 「た、確かに火遊びと言うのかもしれませんが・・。・・これ、さっきのよりずっと威力も低いし落ち着いてできるんです!一緒にやりませんか?」

つくも 「・・それは物を掴めぬ俺への嫌みか?」

ミナモ 「あ!・・・ええと・・わ、私がつくもさんの分も持つので!」

つくも 「・・・。それで、一緒に行う意味があるのか?」

ミナモ 「最後まで火が残った方が勝ちですからね!じゃあ、つくもさんはこっちで私がこれでまず、いきますよ!」

 ミナモ、二本の線香花火を着火マンでまとめて火をつける。

 点火を確認したミナモ、両手に線香花火を持ちかえる。

つくも 「揺らしたら落ちるのではないのか?」

ミナモ 「ちょ、ちょっと静かにしてください・・!」

 ミナモ、緊張して両手が震え、振動で花火が左右に揺れる。

 線香花火、何とか持ちこたえてパチパチ火花が広がり始める。

つくも 「・・・」

ミナモ 「ど、どうですか?小さいけどなかなか綺麗でー」

 ミナモ側の線香花火、あっけなく地面に玉が落ちて火が消える。

ミナモ 「・・・」

つくも 「・・この場合は、俺が勝ちか」

ミナモ 「・・そうですね・・」

 ミナモ、力なく片腕をおろす。

 もう片方の線香花火、火花が激しくなってくる。

 つくも、その様子を凝視している。

 だんだん火花が小さくなる。

ミナモ 「線香花火ってそんなに派手じゃないのに、何故か目が離せないんですよね・・。ちゃんと見てないと途中で落ちてしまうかもしれないし。

つくも 「・・・」

 ミナモの持つ線香花火、燃え尽きて火が消える。

ミナモ 「・・あ、最後まで落ちなかった。・・じゃあもう一回―」

つくも 「一本でいい」

ミナモ 「え?」

つくも 「一本に集中してやれ。そうでないと花火の無駄だ」

ミナモ 「・・はい」

 ミナモ、渋々一本だけに火を点ける。

 落とさないように集中するミナモ。

つくも 「・・・」

 火花を見つめるミナモの横顔を見つめるつくも。


57住宅街沿いの道路(夜)

陽菜  「ご、ごめんね、私一人で決めつけちゃって・・」

長谷部 「いや・・説明の足りない俺も悪かった・・」

 自転車をおす陽菜とその車道側に並ぶ長谷部、歩いている。

 曲がり角に差し掛かる二人。

陽菜  「送ってくれてありがとう。あと、この坂上がるだけだから」

長谷部 「・・ああ、また・・」

陽菜  「・・うん」

 陽菜、角を曲がる。

 長谷部、それを見届けて背をむけ、来た道を引き返す。

    ×    ×    ×

陽菜  「自分のことばっかりでミナモの話、ちゃんと聞けなかったな・・」

 陽菜の背後に迫る影、手には白く光るハサミ。

陽菜  「三人にちゃんと伝えとかなー」

 陽菜、後ろを振りかえる。

    ×    ×    ×

 自転車の倒れる音。

 長谷部、曲がり角の方向を振り返る。

    ×    ×    ×

陽菜  「・・あ・・」

 腰が抜けた陽菜、地面に座り込んでいる。

 ハサミを手にした男、自分に倒れてきた自転車を横に投げる。

 男の息は荒く、目は血走っている。

 陽菜に一歩一歩ゆっくり近付く男。

 陽菜、恐怖でその場から動けない。

陽菜  「・・やだッ・・」

 男、陽菜の頭に手をのばす。

 陽菜、咄嗟に腕で顔をかばう。

長谷部 「陽菜ッ!!」

 短距離選手並みの速さで走りこんできた長谷部、その勢いのまま、男を陽菜から引き離し突き飛ばす。

 男、地面に転がる。

 その拍子に手からハサミが離れ、地面に落ちる。

長谷部 「陽菜!」

 長谷部、荒い息のまま膝をつき、陽菜の両肩をつかむ。

 陽菜、気絶している。

 陽菜の髪の毛、バッサリ切りとられている。

 男、よろけながら暗い細道へ走り去る。

長谷部 「陽菜!!」

 その近くの地面には残されたハサミが転がっている。


58香月家・ミナモの部屋(夜)

ミナモ 「そ、そんなに怒らなくてもいいじゃないですか・・」

つくも 「髪の毛を切る、という使い方は違う!・・それは覚えておけ」

 ベットの上に体育座りのミナモと、部屋のドア近くからミナモを見下ろすつくも。

ミナモ 「・・・じゃあ、ヒントとか無いんですか?」

つくも 「己の力で見つけろと俺は言ったはずだが?」

ミナモ 「分からないから聞いてるのに・・」

 ミナモ、頭と膝をつける。

ミナモ 「・・・もし、分からなかったら・・」

つくも 「・・?・・」

 ミナモ、顔を上げる。

ミナモ 「つくもさんは契約だと言いましたよね・・。もし、私がそれの使い方を見つけられなかったら、どうなるんですか・・?」

つくも 「・・・」

 つくも、ベットの上にある銀色のハサミを見つめる。

 つくも、ミナモから背をむける。

つくも 「・・その時は・・あんたのものを俺に渡してもらう」

ミナモ 「・・・」

 ミナモ、首をひねる。

つくも 「あんたの一番綺麗なもの・・・それをもらう」

ミナモ 「綺麗・・?」

 ミナモ、無意識に自分の髪の毛に触れる。

ミナモ 「・・それってー」

 机の上のミナモの携帯電話から着信音が流れる。

 ミナモ、腕をのばして携帯電話をとる。

ミナモ 「もしもし、葵?どうしたの?・・・ええ!?」

 ミナモ、ベット上に立ちあがる。

 つくも、眉間に皺を寄せる。

ミナモ 「それで?!陽菜は!?・・・ハサミで・・?」

 つくも、電話に集中しているミナモを振り返る。

ミナモ 「うん・・・そう、長谷部が・・。うん、私も行くよ。・・分かった、どっちかに頼むから」

 ミナモ、通話を切る。

ミナモ 「つくもさん、ごめんなさい!さっきの話、また後でー」

 ミナモ、振り返るがつくもの姿は無い。


59香月家・屋根上(夜)

 つくも、亜矢の車に乗り込むミナモを見つめる。

 ミナモを乗せた車、発進する。

つくも 「まさか・・・」


60公園(昼)

 蝉の鳴き声が騒々しく響いている。

 日陰のベンチに座るミナモ、葵。

 その傍に自転車を寄せて跨っているひより。

 その隣のベンチに一人腰掛けている長谷部。

長谷部 「俺が・・・もっと早く行ってたら・・」

葵   「きっと・・・すぐに目、覚ますって・・」

ひより 「・・知らない人・・・だったんでしょ」

長谷部 「・・ああ」

ミナモ 「でも・・・なんで陽菜が・・」

長谷部 「俺が割って入った時―」

 ミナモ、葵、ひより、長谷部の方向に首を向ける。

長谷部 「あいつは・・陽菜の髪を掴もうとしているように見えた」

ひより 「髪の毛?」

葵   「それって7月から出てる変質者と同じじゃない!」

 四人、口を閉じる。

葵   「長谷部には・・・襲ってこなかったの?」

長谷部 「・・持っていたハサミを落としたら、すぐに姿を消していた・・」

ミナモ 「・・ハサミ・・?」

長谷部 「・・ああ、柄の部分まで金属なものだ」

ミナモ 「・・・」

 ミナモ、立ち上がる。

ひより 「・・ミナモ?」

ミナモ 「・・ごめん!・・私、ちょっと先に帰るね!」

 ミナモ、すぐに公園入り口にとめていた自転車に乗る。

葵   「ちょっと、ミナモ?!」

 自転車をこぎ出すミナモ。


61通学路

 開けた川沿いの道まで自転車で来たミナモ。

 周囲に誰もいない事を確認し、自転車から降りる。

ミナモ 「・・つくもさん、いませんか」

 遠い蝉の鳴き声と川のせせらぎの音以外、何も聞こえず。

ミナモ 「・・・」

 ミナモ、背負ったカバンからハサミを取り出す。

 日光に当たって、ハサミが眩しく輝く。

ミナモ 「つくもさんと取引してすぐに女性が髪を切られたって事件があって・・関係無いなんてこと・・無いのかな」

 強くハサミを握るミナモ。

つくも(声) 「あんたの一番綺麗なもの、それをもらう」

 ミナモ、自分の髪の毛を見やる。

ミナモ 私のもので綺麗なものなんて・・」

 ミナモ、俯く。

ミナモ 「・・つくもさん・・」

 風がミナモの髪の毛を揺らす。

 微かに男女の笑い声が聞こえてくる。

 ミナモ、声の方向に顔をあげて、固まる。

 川の向こう岸を歩いている二人組。

 坂本と涼しげな服装の女性。

 二人、仲睦まじげに腕を組んで歩いている。

ミナモ 「・・・」

 ミナモ、二人の姿が見えなくなるまで、動かずに見つめ続ける。


62平城京・屋敷の庭園(回想)

華吹  「・・・」

 庭を見つめる華吹。

靖晴  「華吹」

 華吹に歩み寄る靖晴。

華吹  「靖晴様!」

 華吹、靖晴と素早く距離をとり、膝をつく。

靖晴  「・・そう仰々しくなるな。固くなるなと前にも言っただろう?」

華吹  「ですが、私と靖晴様は契約関係にあります。無礼な態度には負の気が宿るものです」

靖晴  「・・そうか。・・ならば少し言葉を変えよう」

 靖晴、華吹の目の前に胡坐をかいて座る。

靖晴  「私と華吹は生き様もその場所も大きく異なるだろう。だが、共にいる間は私はそなたと同じ景色が見たいのだ。そして、知りたい。そなたが何を考え、何を憂い、何を怒り、そして、何を喜ぶのか」

華吹  「・・・」

靖晴  「それは負の気を招く事はないだろう?」

 靖晴、立ち上がり、華吹に手を差し出す。

靖晴  「私は責任感が強いくせにお人よしだとよく言われる。そなたはどうだ?」

華吹  「私は・・」

 華吹、恐る恐る靖晴の手を握る。

 立ちあがり、靖晴と向き合う華吹。

華吹  「真面目ですが、周りの事には無関心だと言われます」

靖晴  「そうか!では関心が持てるように私が教えよう」

華吹  「・・変わったお方ですね・・」

靖晴  「それもよく言われる事だ。褒め言葉として受け取ろう」

華吹  「・・ふふ・・」

 華吹、靖晴につられてわずかに微笑む。


63花崎神社・社

 華吹、目を開く。

 その拍子に目から伝い落ちる涙。

華吹  「・・・」

 華吹、涙を指先でぬぐう。

 華吹、物音に反応し前を見る。

 社前に佇むミナモ。

 その腕の中にはハサミ。

 ミナモを見つめる華吹。

ミナモ 「・・・あの・・」

 ミナモ、一歩前に出る。

ミナモ 「ここの神社の方ですか・・?」

 華吹、ゆっくり立ち上がり、社から降りる。

華吹  「はい・・。・・あなたの事は存じております。香月ミナモさん・・」

ミナモ 「え?何で・・」

華吹  「あなたの取引相手とはささやかですが縁がありますので」

ミナモ 「・・取引って・・」

    ×    ×    ×

 つくも、鳥居の前に現れ、膝をつく。

 息の上がっているつくも、呼吸を落ち着かせて立ちあがる。

 そのまま鳥居をくぐるつくも、顔をあげた所で立ち止まる。

 目の前には華吹と向かい合い、背を向けているミナモの姿。

つくも 「・・あんた・・」

 ミナモ、振り返る。

 その目からは涙があふれている。

つくも 「・・・」

ミナモ 「つくもさん・・答えていただいてもよろしいですか・・?」

 ミナモ、一歩つくもに近付く。

ミナモ 「つくもさんは私をずっと私を騙していたんですか?神様だって・・」

つくも 「・・・」

ミナモ 「・・私を・・からかってたんですか・・?」

つくも 「・・俺はー」

ミナモ 「最初から知ってたんですか?!先輩にはもう恋人がいて、私が何をしても無駄だって!」

つくも 「・・・」

ミナモ 「知ってたなら・・どうして、あんな優しい事言うんですか・・」

 ミナモ、言葉を詰まらせる。

ミナモ 「・・面白かったですか?私がいちいち悩んだりしているのを見てて・・。報われない事してるなって!」

つくも 「・・・」

ミナモ 「どうして何も言ってくれないんですか!!」

 つくも、項垂れる。

ミナモ 「・・もう・・もうこれ以上私に関わらないでください・・。あなたは神様じゃない・・・厄病神です!!」

 ミナモ、つくもの横を走り去る。

華吹  「・・・私を責めても良いのですよ・・」

つくも 「・・いつかは気付かれる事だ・・」

 つくも、その場に座り込む。

華吹  「呪の行方を追っていたのでしょう・・?」

 華吹、つくもに近寄る。

華吹  「あれほど周りに無関心だったあなたを変えたのがあの子なのですね・・」

つくも 「・・さあな」

華吹  「あなたを案じていました、あの呪との関わりがないかどうか・・」

つくも 「・・疑うではなく案じるとは・・やはりめでたい奴だな・・」

華吹  「・・理由を説明しようとは思わないのですか」

つくも 「これ以上、面倒事の中にいられたら俺が迷惑だ。・・俺が消える時に騒がれても困るだけだ・・」

     ×    ×    ×

 神社からの坂道を自転車で一気に下るミナモ。

 がむしゃらにペダルをこぎ続けるミナモ。

 平坦な道になった所で急ブレーキをかける。

 涙の混じった荒い息のまま、背負ったカバンからハサミを取り出す。

ミナモ 「・・こんなのッ!!」

 ミナモ、道横の雑木林にハサミを放り投げる。

 弧を描いて雑木林の中に消えるハサミ。

ミナモ 「・・・」

 ミナモ、再び自転車をこぎ出す。

    ×    ×    ×

華吹  「あなたはそれで良いのですか?」

つくも 「良いも悪いも選びようがないだろう、俺の場合は・・」

華吹  「・・・」

つくも 「ただ・・あんたに頼みたいことがある・・」

華吹  「呪のこと・・ですか?」

つくも 「ああ・・俺が途中で消えたらー」

華吹  「あなたもあの方と同じ事を言うのですね。後を頼むと・・」

つくも 「・・・」

華吹  「長い間分からなかった事が、やっと分かった気がします。残していかなければならない、その痛みを」

つくも 「あの男のことか?」

華吹  「そしてあなたの事です」

つくも 「・・・俺にはどうしようもない」

 つくも、華吹に背を向ける。

華吹  「ミナモさんはー」

 つくも、立ち止まる。

華吹  「あなたの本当の瞳の色が始めから見えていた・・、だから、あなたも望みをー」

つくも 「始めはそうだった」

 つくも、背を向けたまま。

つくも 「だが・・欲が濃くなったんだ」

 つくも、華吹の前から消え去る。

華吹  「・・・」

 風が華吹の着物を揺らす。


64公園

ミナモ 「・・・」

 ミナモ、一人ベンチに座っている。

 大きくため息をつくミナモ。

 ベンチの隣に誰かの座る気配がし、目を向けたミナモ、飛び上がる。

華吹  「・・お隣、お邪魔しますね」

ミナモ 「・・華・・吹さん・・」

華吹  「あなたもお座りなさい。少し落ち着きましょう」

 ミナモ、再びベンチに座る。

華吹  「・・あなたにお話ししなければならない事があります。つくもさんの事です」

 ミナモ、一瞬体を強張らせる。

華吹  「・・かまいませんか?」

 ミナモ、ゆっくりうなづく。

華吹  彼はもともと、あるものに宿る意志と心でした。大切に使われ、あと数年も経てば神と同格になるほどの純粋で汚れのない・・。ですが、ある呪に取り込まれ、望まぬ使われ方を強いられたせいでその心は汚され、神にもなれず、自由も奪われ、どこにも誰からも受け入れられない存在となってしまったのです」

ミナモ 「・・・」

華吹  「しかし、彼はまだものに宿った当時の意志を持っている・・。選ばれた者にその意志を呼び覚ましてもらえば・・まだ間に合います。汚れを祓う事ができます」

ミナモ 「・・選ばれた者・・?」

華吹  「本当の瞳の色が見える者のこと。あなたは彼の瞳を灰色だと言ったそうですが、他のものには彼の瞳は濁った緑色に見えています」

ミナモ 「・・それって・・」

華吹  「彼があなたの目の前に現れた事には理由があったのです。救う事ができるのはあなただと」

 ミナモ、藤色の華吹の瞳を見つめる。

ミナモ 「・・私は・・どうすればいいんですか・・?」

華吹  「ものの真の使い道、それが意志を呼び覚ます方法です。・・あなたはそれを既に知っています・・」

ミナモ 「でも・・私、つくもさんにあんな酷い事言って・・」

華吹  「・・全く、どの時代も殿方というものは言葉が足りなくて困りますね・・」

 華吹、小さくため息。

華吹  「・・あの頃、私が心寄せる方がいた時代は、大切な事を決めるのはいつも殿方・・男の人でしたが・・・今は、あなたはそうではないでしょう?あなたは走れます」

ミナモ 「・・・」

華吹  「それに・・それをあなたに教えたのは彼なのですから」

ミナモ 「・・華吹さん」

 立ちあがったミナモ、華吹に深く頭を下げる。

ミナモ 「ありがとうございます」

 ミナモ、走って公園から出ていく。

華吹  「・・私もお人よしが似てきましたね・・」


65通学路(夕)

葵   「ミナモ!あんた、昨日どうしたの?」

ミナモ 「葵、ご、ごめんね。親との約束あったのすっかり忘れてて」

 自転車同士ですれ違う前にブレーキをかけた二人。

葵   「あんた、うっかりしてる所は変わらないんだから!」

ミナモ 「・・ねえ、葵」

葵   「何?」

ミナモ 「私、いなくなってほしくない人に、すごく酷い事を言っちゃったんだ。それで・・その人を引き留められるのが私だけで・・」

葵   「・・・」

ミナモ 「でも、その人に会って何て言ったらいいのか分からなくて」

葵   「ミナモは相手の受け取り方まで気にしすぎ」

 葵、ミナモを指さす。

葵   「あんたから酷い事を言うくらいなんだから、自分の思った事をぶつけられるくらい大切な人なんでしょ?嫌われたくないんでしょ?

ミナモ 「・・うん」

葵   「つまり好きってこと!それを伝えればいいの」

ミナモ 「・・・」

葵   「・・それでうまくいかなかったら、あたしのせいにしていいからさ。・・お詫びにアイスでも奢るから・・」

ミナモ 「葵?」

葵   「だから・・だからミナモは思いっきり言えばいいよ!」

ミナモ 「・・ありがとね」

葵   「さあ、行った行った!」

 ミナモ、自転車をこぎ、葵の横を通り過ぎる。

 葵、ミナモの去った方向を振り返る。

葵   「・・頑張れ・・」


66雑木林(夜)

ミナモ 「確かこのあたりに・・・」

 ミナモ、茂みの中を懐中電灯片手に進む。

 その髪は乱れ、汗だくの顔。

ミナモ 「・・もう・・一体どこに放り投げた!私!」

 茂みをかき分けて進む動作を繰り返すミナモ。

ミナモ 「つくもさんの・・絶対大事なもののはずなのに・・!私!」

 雑木林の間をぬってミナモに近付く男。

 その息は荒く、目は血走っている。

 取っ手まで金属性のハサミを、手の甲と腕に筋がつく程強く握りしめている。

ミナモ 「・・あ!・・」

 ミナモ、光に反射するものに気づき一気に駆け寄る。

 その間もゆっくりミナモに近寄る男。

ミナモ 「あった!!」

 ミナモ、銀色のハサミを拾い上げる。

ミナモ 「良かった・・!これでやっとー」

 ミナモ、背後の荒い息に気づき振り返る。

 それと同時にミナモの頭に手を伸ばす男。

 ミナモ、とっさに持っていた懐中電灯で振り払う。

 その拍子に目に光が当たり、ひるむ男。

 その隙に距離をとるミナモ。

ミナモ 「なっ・・・なんですかッ!?」

男   「・・カミ・・カミ・・・カミ!」

ミナモ 「髪・・?」

 男、ミナモの手にあるハサミを視野にとらえる。

男   「・・その忌々しいハサミを何故貴様のような小娘が持っておるのだ」

 男の容姿とはかけ離れた低い声。

男   「陰陽師がもの神と共に我を封じ込めしその器、今度こそ我の手で破砕してくれよう!」

ミナモ 「もの・・神・・?」

男   「ハサミ如きに宿りしちっぽけな意志の分際で我を押さえつけよって!さあ、それを寄こせ!」

ミナモ 「い・・いやです!ダメです!」

 ミナモ、ハサミを抱え込み、懐中電灯を男につきつける。

ミナモ 「あ、あなたには絶対渡せません!そ、それにッ・・ちっぽけなんかじゃありません!!」

 ミナモ、声が裏返っている。

ミナモ 「つくもさんはッ・・私の大切な人です!!」

男   「ならば、他の女同様、その髪を無残に引き裂いてやるわッ!」

ミナモ 「そ、それも嫌です!」

 ミナモ、迫ってくる男から逃げようとするが足場が悪く、すぐに転ぶ。

 近付く男。

 ミナモ、男に向かって懐中電灯を投げるが狙いが高すぎて男の頭上を通過する。

男   「切り刻むのが惜しい髪だ。・・実に惜しい・・」

 男、逃げられないミナモの頭に手をのばす。

 ミナモ、ハサミを両腕で握りしめる。

ミナモ 「・・つくもさん・・!」

 と、強い風が木々の間を通り、二人に吹きつける。

男   「き、貴様ッ・・」

 ミナモ、顔をあげる。

 目の前につくもの背中。

 つくも、ミナモにのばされた男の腕を掴んでいる。

 男の手首がその握る強さで震えている。

つくも 「・・触るな」

 つくも、手を離すと同時に男を蹴りとばす。

 後ろに大きくよろける男。

ミナモ 「・・つ・・つくもさー」

男   「貴様!また我の邪魔をする気か?!」

つくも 「・・お前、今何をしようとしていた・・」

男   「ふん、昔を思い出したか?髪を切られる女共の恐怖の声でも、その髪を切り落とす感触でもよぎったのか?」

つくも 「・・お前は・・こいつに何をしようとした・・!」

男   「我に逆らえもしなかった貴様が今さら何を騒ぐ!」

つくも 「今は違う!」

 つくも、傍に落ちていた折れた木の枝をひろう。

 と同時にミナモの腕からハサミを取り上げるつくも。

ミナモ 「つ、つくもさん、どうしてー」

 つくも、かかってくる男の腕をかわし、背から木の枝で打ち込む。

 その衝撃で動きが鈍る男。

 その隙に男の肩を押さえつけてすぐそばの木の幹に押しつけるつくも。

男   「く・・たかが物に寄生虫同様に住みつく貴様に何ができる!」

つくも 「・・一つくらい・・できるさ!」

 つくも、押しつけた男の目の前でハサミの左右の取っ手に力を込める。

 ハサミ、力に耐えかねて金具がきしむ。

男   「ま、まさか!」

つくも 「ちっぽけな器でも今のお前の器である事に変わりは無いッ・・」

男   「やっ・・やめろ!貴様、俺を道連れにするつもりか?!」

つくも 「・・ああ!」

男   「やめろォォォー!」

 つくも、ハサミの金具を壊す。

 二つに割れる銀色のハサミ。

男   「うわあああ!!」

 男、頭を抱えてその場に倒れる。

 その頭上から黒い霧が立ち込め、天に昇りやがて消えていく。

 静寂が戻る。

 それを見下ろして立つつくもと、その背中を見つめるミナモ。

ミナモ 「・・つくもさん・・」

つくも 「・・来い」

 つくも、ミナモの顔を見ずに歩き出す。

ミナモ 「で、でも・・この人放っておいていいんですか?警察にー」

つくも 「呪が消えた。仮の器にされていた者は何も覚えていない・・」

ミナモ 「・・・」

 つくも、その場を去る。

ミナモ 「ま、待ってください!」

 ミナモ、つくもの後を追いかける。


67花崎神社・社前(夜)

華吹  「・・・」

 二人に会釈する華吹。

つくも 「・・・」

 つくも、壊れたハサミを華吹に見せる。

 華吹、それを見つめて顔を伏せる。

華吹  「・・私を・・恨んでも構わないのですよ・・」

 ミナモ、一歩後ろで二人を見つめている。

つくも 「俺はあんたを恨んじゃいない、本当だ。俺が消えるのは自業自得だ」

ミナモ 「ど、どういう事ですか・・?」

 ミナモ、その場に立ちつくしている。

ミナモ 「つくもさん・・私、あなたに謝りたかったんです・・。謝って、それでちゃんと真の使い道をつくもさんにー」

つくも 「俺は己の範囲を超えた行動をとった」

 つくも、ミナモに背を向けたまま。

つくも 「俺の意志で実体になり、俺の意志でやどるものを破壊した。あんたには悪いが、もうその時点で俺が消える事は確定した」

ミナモ 「そんな・・」

つくも 「俺はあんたの言った通り、厄病神同然の行いをしたんだ。己の望みのために呪の封印を解いた」

ミナモ 「でも、それはちゃんとした神様になりたかったからでー」

つくも 「あんたには一言詫びを言っておきたかった。・・迷惑をかけた。

ミナモ 「違います!違う!!私は・・」

 つくも、ミナモの言葉を待たずに立ち去ろうとする。

ミナモ 「つくもさん!」

 華吹、つくもの前に立ちふさがる。

 華吹、つくもに紙を差し出す。

 それは以前、ミナモが花崎神社の木の枝に引っ掛けたもの。

つくも 「・・何のつもりだ」

華吹  「あなたは、自分の消える瞬間を彼女に見せたくなくて立ち去ろうとしている」

つくも 「・・・」

華吹  「でも、一方的に消えることには変わりはありませんよ」

つくも 「だが、俺はもうー」

華吹  「221秒・・」

 華吹、花紙をつくもに渡す。

華吹  「ミナモさんがこの紙札に願いを込めた際の時間です。その時間を・・あなたに預けます」

つくも 「・・・」

華吹  「大切なものの言葉を聞き逃さないあなたなら・・分かりますよね・・?」

    ×    ×    ×

ミナモ 「私のせいですか・・?」

つくも 「・・?・・」

ミナモ 「私が危なかったからつくもさんはやっちゃいけない事をしてしまったんですか・・」

    ?

 神社裏の巨木下に寄りかかって座るつくもとその前に膝を突き合わせて座るミナモ。

つくも 「・・・」

ミナモ 「どうしてそんなもったいない事するんですか?!本当の神様になりたかったんじゃなかったんですか?!」

つくも 「迷う暇すら無かったんだよ、俺とお前じゃ・・」

ミナモ 「・・どうして・・」

 ミナモ、声が詰まる。

ミナモ 「どうして私なんですか・・。何やっても上手くいかないし、先輩には振られちゃったし・・」

つくも 「・・俺に気づかせてくれた。一番美しいものを、一番嬉しいことを・・」

 つくも、ミナモに花の形の紙を見せる。

つくも 「俺は主の手の中で、人の願いや楽しみを象る事が何より好きだった。それを気づかせてくれた」

ミナモ 「・・・それ・・」

つくも 「あんた、意外に手先は器用だからな。おかげで主の手を思い出せた」

ミナモ 「・・そんな・・」

 ミナモ、俯いた顔から涙が地面に落ちる。

 それを見つめるつくも。

つくも 「・・始めは後ろ姿」

ミナモ 「え?」

つくも 「あんたの後ろ姿を見た時に、俺は今までと少し違う望みを持った。絶対叶えられない望みを」

ミナモ 「それって一体―」

 つくも、腕をのばしてミナモの髪に触れる。

 そのまま乱れたミナモの髪を優しく梳く。

 その指先には力が無い。

つくも 「・・ずっと、こうしたかったんだ」

 つくも、目を細める。

ミナモ 「・・・」

 ミナモ、涙が止まらない顔でつくもを見つめる。

つくも 「・・俺も欲の深い奴なのだろうな・・。自分の恋い慕う者に、俺を見てほしくてしかたなくなっていた。・・」

ミナモ 「・・私は・・いっつも気付くのが遅いんです!どれだけつくもさんに支えられてきたのか、どれだけ自分のことしか考えてなかったのか・・どれだけつくもさんの事が大切になっていたのか・・!」

つくも 「・・そうか・・」

ミナモ 「私、つくもさんの事、お慕いしてますから・・!」

   ミナモ、涙を残しながらも微笑む。

つくも 「・・あんたは・・そうやって笑った方が似合う・・」

 つくも、ミナモの肩に手を置く。

つくも 「これは俺の見解だが、あんたは短い髪型も似合うと思う」

ミナモ 「・・いきなり何言ってるんですか?」

 つくも、ミナモの肩を引き抱き寄せる。

 と、同時に足元から消えていくつくもの体。

つくも 「元気でな・・・ミナモ」

 ミナモの顔に自分の顔を寄せるつくも。

 ミナモ、静かに目を閉じる。

つくも 「・・それが今の俺の願いだ」

 静かに口づけを交わす二人。

ミナモ 「・・・」

 静かにミナモの髪を揺らす風。

 つくもの姿、完全に消える。

 ミナモ、ゆっくり目を開く。

 目の前の地面にはミナモが作った花型の紙。

 ミナモ、それを拾い上げて立ちあがる。

 そのまま巨木に顔を押しつけて泣きじゃくるミナモ。

 それを遠くから見つめる華吹。

 華吹、手元の壊れたハサミを見つめる。


68香月家・茶の間(夜)

拓真  「ミナモ!17歳の誕生日おめでとう!」

一同  「おめでとう!!」

ミナモ 「あ、ありがとう!」

 ミナモの誕生日パーティーが開かれている。

 家族の他にも、ハル、その飼い猫のナツ、葵、ひより、陽菜、長谷部が囲んでいる。

ミナモ(声) 「つくもさんへ」

 ケーキを切り分ける亜矢を待つ一同。

ミナモ(声) 「私はめでたく17歳になりました。・・結局、掲げていた誕生日までに彼氏を作るという野望は達成できませんでした」

 短髪になったミナモ、切り分けたケーキを一番に受け取る。

ミナモ(声) 「なので葵からは説教のような励ましをもらい、ひよりからはアイスを奢ってもらい、元気になった陽菜からは長谷部との惚気話を聞かされています。つまり、私は幸せです」


○69地元の夏祭り会場(夜)

ミナモ(声)「学校が始まるまでの夏休みも精一杯謳歌してます」

 浴衣で出店を回るミナモ、葵、ひより。

 浴衣姿で歩く陽菜とじんべえ姿の長谷部。

 よろけた陽菜をさりげなく支える長谷部。

ミナモ(声)「以前と変わらない平和な毎日ですー」

 安倍、人ごみの狭間で立ち止まる。

ミナモ(声)「・・一つだけ変わった事がありました」

 安倍、目の前に手を差し出す。

 その先には華吹の姿。

ミナモ(声)「華吹さんをたまに見かけるようになりました」

 華吹、恐る恐る手を差し出す。

 安倍、その手を握る。

 弱い力で握り返す華吹。

ミナモ(声)「私は元気で、きっとこれからも元気にやっていくと思います。・・つくもさんがそう言ってくれたから・・。また、めでたい奴だって笑ってもいいですよ。だって・・」

 ミナモ、ふと空を見上げる。

 盛大に打ちあがる花火。

 ミナモ、袂から花型の紙を取り出して空にかざす。

ミナモ  「大好きな人には・・笑っていてほしいから・・」



                                       ―完―


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