55.救済の一手
土地の問題がクリアになった時点から、クラリスは独自に動き出していた。
コレットに一通の手紙を出したのだ。
(私がやらなければ)
土地の次は人員の確保が急務だ。教会の力を借りて、人を集めたい。
(介護者がいなければ、あの施設は成り立たない)
クラリスは馬車から降り、使命感を帯びた表情で教会へ顔を向ける。
今日も大きな鐘の音が鳴る、デュベレーの丘修道院。
「……私がこの国を変える」
クラリスはひとりごちた。
今思えば、自分がやって来たことは全て、ここに繋がっていたのかもしれない。
蔑まれ、無視され、転んでも自力で起き上がれなかった人々が、あと少しで救われる──
「きっと誰もが救われる世界が、私の望んだ世界だったのよ」
自分を助け、夫を助け、個人を助け、辿り着いたのがこの世界線。
見えなくとも、手探りしながらその足で辿り着いた世界。
執事を伴って、教会の戸を叩く。
すると背後から、馴染みの声が飛んで来た。
「戸を叩く者は開かれますね、クラリス」
振り返ると、そこには洗い立てのシーツを担いだコレットがいた。
クラリスはシャボンの香りを嗅ぎ取り、ふと笑顔になる。
「コレットさん……」
「私、あなたの手紙で、色々今まで考えがまとまらなかった問題に答えを出してもらったような気がしているのよ」
「?それって、どういう……?」
「腰を落ち着けてお話しましょう。さ、こっちへ」
教会の応接間にて。
いつものジンジャークッキーでクラリスをもてなし、早速コレットは本題に入った。
「素晴らしい試みだわ、クラリス。私、今回のことで陛下を見直しました。ようやく長い暗黒時代を経て、王家は傷病兵の問題に取り組むことになさったのね」
前向きな入りに、クラリスは頬を輝かせる。
「そのようですね。夫によると、陛下は戦没者追悼礼拝で〝見えないこと〟に気づかれたようなんです。勿論、ベルナデッタ様の変化につられたところが大きいのかなと思いますが」
「そうね。人間の大元は繋がっているんですもの。別々だと考えているから躓いてしまう……」
「私が目も見えないのに生きているのは、誰かがそう考えて動いてくれたからだと思うんです。それは母だったり、ワトー先生だったり、ロランだったり……」
「その通りねクラリス。ひとは誰しもひとりでは生きて行けないの。健康な人、それから地位に恵まれた人ほどそのことに気づけないわ。あなたは見えないからそのことにいち早く気づけた。そして、そんなあなたが自力で歩けるようになったから、人々が救われ始めたのよ」
修道女の思いがけない言葉に、クラリスは目を潤ませる。
「コレットさん……」
「体に難があっても、誰かを救えるのね。みんなあなたから大切なことを学んだんじゃないかしら」
「……」
「だから、私は傷痍軍人の皆さんにも胸を張って欲しいのよ。彼らは捨て置かれるような人間じゃない。彼らが手足を失っても守ったこの国が、彼らを拒んでいいはずがないの」
「……」
「彼らの誇りを失わせないよう、どうしたらいいのか私ずうっと考えていたの。それでね、クラリスにこの話を持って行ってほしいんだけど──」
クラリスは耳をそばだてた。
コレットはかさかさと手紙を取り出す。
「驚かないで聞いてね」
コレットは柄にもなく前置きをした。
「デュベレーの丘孤児院は──ヴォルテーヌ領に移設します!」
クラリスの目が点になった。
「は……はい?」
「ここはここで残します」
「!?」
「その介護施設に、デュベレーの丘孤児院を移設させてちょうだい。それでね……孤児と介護者の分の部屋も用意して貰いたいの」
具体的な話の数々に、クラリスはおっつかない頭で頷いた。
「は、はあ。とすると、介護者は住み込みで働くということですか?」
「そういうことです。で、孤児と同居」
「それは斬新なアイデア過ぎますね……」
戸惑うクラリスに、コレットはさとすように続ける。
「前に孤児から聞きませんでしたか?皆、成人後に行き場所がなくて困っていることを」
クラリスは合点が行った。
「コレットさん。それってつまり、孤児の就職先を確保しようということなのですか?」
「そういうことね。彼らの巣立ちが容易になるし、国家事業ともなると給金は国から出る」
「なるほど……そうですね」
「だから、長年の懸案が一挙に解決するわ。もう孤児は養親の手を待ってなくていいの。養親が見つからず、安い給金で使われて我慢だらけの日常を送ることもない。身体の損傷で居住を断られることもなくなる」
ひとつの事業が、国の数ある問題を一挙に解決することがあるのだ。
まるで、その時期を待ちわびていたかのように。
「ありがとうございます!コレットさん」
「いいえ、お礼を言いたいのはこちらの方よ。やはり大元は繋がっている……表面に出ている問題は多いように見えて、実は根っこはひとつに繋がっているのよ。きっとクラリスが表に出て来たことが、何か大元を正すきっかけになったに違いない。私はそう感じているの」
クラリスはじっと、屋敷から出たあの日のことを懐かしく思い出していた。
「そう……かもしれませんね」
「事業計画案をここに用意したわ。この封筒を持って、陛下にお伝えしておいてね」
「……はい!」
封筒を受け取る際、コレットの手が触れる。
その瞬間、幼い日の辛い思い出がどっと昇華され──クラリスは胸が熱くなった。
幼い自分のように悲しい思いをする人を、ひとりでも減らしたい。
そうすれば、今まで自分が味わって来た苦労が、努力が、きっと、全て報われる──