50.神に生かされた兵士たち
戦没者追悼集会が始まった。
ロランは一番後ろの席に座り、教会の外でまだ騒いでいる傷痍軍人たちの罵声を聞きながら冷や冷やしている。
このままでは恐らく再び王と王妃が礼拝堂を出る時、一波乱起こるだろう。
それにしても。
(ベルナデッタ様、ああ見えて胆力あるな)
腐っても王妃。
(〝神に生かされた兵士たち〟か……)
ロランは礼拝堂内部を見渡した。
そこには五体満足の人間ばかりが集っていた。きっと戦場に出たことのある人など、ほとんどいないのだろう。
教会の外には、見張りの兵士と傷痍軍人。こちらは戦場に出たことのある人間だらけだ。
(追悼とは、何だ?)
ロランは分からなくなった。
(トリスタンの言う通り、充分な肉体を持った者のみが祈れるというのは、追悼の在り方として確かに健全じゃないよな……)
しばらくすると、教会の外の声は聞こえなくなっていた。
壇上に立つ司祭が告げる。
「それでは皆様、共同墓地へ参りましょう。そこで献花の運びとなります」
ロランは青ざめた。
「……しまった!」
教会の外の声が止んだのは、きっと傷痍軍人たちが墓地へ先回りしたからに違いない。
「何でこんなことに気がつかなかったんだ……!」
ロランは礼拝堂の裏手から出る。
すると、先に裏手から出て来たコレットに出くわした。
「院長!ちょうど良かった」
コレットは驚いてこちらを振り返る。
「墓地に傷痍軍人が先回りしている。陛下の身の安全が担保出来ない。すぐに彼らを追い払えるよう、兵を手配してくれ」
するとコレットは涼しい顔で言った。
「みなさん、ここに何をしに来たのですか?」
ロランは思いがけない言葉に呆気に取られ、背の低い老婆を見下ろした。
「ロラン。あなたに手伝って欲しいことがあるの。ちょっといいかしら」
墓地では早速傷痍軍人たちが、エドモン三世とベルナデッタ、そして司祭を取り囲んでいた。
やはり、思うところのある兵士たちは傷痍軍人を押しとどめることはしない。
むしろ彼らの口を借りて、心の中を代弁して貰っているかのようだった。
「王よ。体をもがれて追加の補償もないとは何事だ!」
「この恨みは絶対に忘れない!」
「どうせ戦勝の旨味で、毎日贅沢に飽かしているに違いないんだ」
「金を寄越せ!」
罵詈雑言が波のように押し寄せ、エドモンはベルナデッタを背に隠す。
彼は飛び出そうになる心臓を押さえ、次に何をすべきか逡巡していた。
全員が自分の敵に思えてならない。
ただおろおろするだけの司祭。
自分を拒否したベルナデッタ。
罵詈雑言を浴びせて来る傷痍軍人。
それを止めもしない兵士たち。
エドモンはぐらりと世界が壊れて行くような錯覚に陥る。
何のために戦争に勝った?
何のために結婚した?
何のために、王になった?
自分の人生など全て、何も意味がないことだったのではないか。
足が震え出す。
崩れ落ちそうになる。
その時だった。
「……重い」
背後で声がした。
ベルナデッタだ。
そこでエドモンは我に返る。
背に隠していたと思ったら、知らず知らずの内に彼女に支えられていたのだ。
エドモンはぐっと奥歯を噛みしめると、足を踏ん張った。
ここで支えられるわけには行かない。
先程前に出て自分を守ってくれた、ベルナデッタのためにも。
エドモンはふと、コレットの言葉を思い出した。
──私達にはひとりひとり霊魂がありますが、その大元は繋がっているのです。
なぜこの言葉を思い出したのかは分からないが、今、彼らとの繋がりを得るにはこれしかない、とエドモンは思う。
彼は言った。
「花が来る」
全員がきょとんとし、静まり返る。
「君たちはここへ何をしに来た?追悼ではないのか?」
傷痍軍人たちはそう問われると、互いに気まずそうに顔を見交わした。
「まずは献花して祈ろう。話はその後で聞く」
ベルナデッタが、恐る恐る王の背後から出て来る。
そしてどこか眩しそうに彼を見上げた。
墓地のある丘の下から、花を抱えた修道女たちがやって来る。
その中にはロランも混ざっていた。
傷痍軍人は花を運ぶ列を見ると、皆、急に静まった。
一列に並んだ花運びから、皆等しく花を一本ずつ取って行く。
墓地には、整然と墓が並んでいた。
トリスタンがきょろきょろと見渡しながら、あるひとつの墓を見つけた。
そこに花を添え、しゃがみ込むと、彼はじっと動かなくなる。
傷痍軍人たちはそれぞれ、思い思いの墓の前に座り込んだ。
それを見渡して、エドモンは静かに熟考する。
その大元は繋がっている。
どんな人間でも。
ロランも花を配り終えると、ある墓の前で神妙になっているトリスタンに恐る恐る近づいた。
「……トリスタン」
「ああ、ロランか」
「……その墓は?」
「当時の、直属の上官の墓だ。駆けつけるのが間に合わず、守り切れなかった」
「……」
「たまに考える。なんでこんないい人が死んで、俺なんかが生きてるのかって」
ロランは、何も言えなかった。
エドモンはその様子を、目に焼きつけるようにじっと眺めている。




