49.戦没者追悼集会
戦没者追悼礼拝当日。
エドモンはベルナデッタと共に馬車に乗り込んだ。
あの日から、会話は一切ない。
ベルナデッタはあれからエドモンと一切口を利かないことにしたようだった。
しかし、エドモンはもう心に決めていた。
無視されても話し続けよう。
この見るも無残な現状は、自分が三年かけて蒔いた悪い種の芽を、刈り取っているだけなのだ。
そう己に言い聞かせて。
「今日はいい天気になってよかったな」
「……」
「喪に服すためのドレス、よく似合ってるよ」
「……」
「事前に、ロランから傷痍軍人の動きを探って貰っている。安心して礼拝に臨みたまえ」
「……」
何を伝えても返事はない。
(いいんだ、これで)
エドモンは自分を納得させる。
「君が傷つけられないよう、万全の警備態勢だからね」
エドモンは、自分は別に彼女に愛されなくてもいいやと思い始めていた。
(戦争が終わった今、私より傷ついていた彼女の心情を、今は優先すべきなんだ)
ベルナデッタは顔を隠すようにうなだれている。
一方。
傷痍軍人を迎え撃つべく、誰よりも早くデュベレーの丘修道院の礼拝堂にやって来たロランは、思わぬ先客に言葉を失った。
隻腕の男、トリスタンがぽつねんと座っている。
ロランはハッと息を呑んでから、真面目な顔を作ってトリスタンの背後から声をかける。
「そこで何をしている?」
トリスタンは、びくりと身を震わせると後ろを振り返った。
「……ロラン!」
トリスタンの片手は、祈るように握られている。
それをじっと眺め、ロランは気がついた。
「追悼に来たのか?」
トリスタンはうつむいて言葉を落とす。
「ロランのところには、追悼の招待状が来たのか……」
ロランは言葉に詰まる。
トリスタンは目をごしごしとこすった。
「別にいいけどさ。ロランは戦争に行っていない人間なわけだ」
ロランは注意深く話を聞く。
「そこに招待状を出すのにこっちにはナシって言うの、違うと思うんだよ俺は」
ロランは彼の隣に座った。教会の十字架を見上げ、トリスタンは続ける。
「戦場に出るとさぁ、神様っているなーって思うんだよ」
思いがけない話に、ロランはおうむ返しした。
「神様?」
「ああ。よく言うだろ。神は乗り越えられる試練しか与えないって」
「……」
「そういう教義みたいなのって、街にいると分からないんだけど、戦場に出ると凄く身近に感じるんだよ。死線をくぐり抜けると、なぜ自分は生かされたのか、腕をもがれたのか、そういった意味を繰り返し考えることになる」
「……」
「死ぬのが結局、一番不幸なんだ。けれど、俺たちは体をもがれた上、〝生かされた〟」
ロランは静かにトリスタンの言葉を咀嚼する。
「〝生かされた〟か……」
「死んでない幸運と、生きている不幸。俺たちにはどっちもある。それを交互に味わっている時の俺は特に、神っているよなーって思うんだ。そうじゃないと説明がつかないことが多い」
「ああ、そうだな」
「ロランもそう思う?」
「まあ、この顔だからな。なぜこんな顔に産まれたのかと考えることがしょっちゅうある」
「なるほど」
二人は堂内の十字架を眺めた。
「だから変な話、傷痍軍人はみんな神を信じてるし、信心深いんだ」
「ふーん。やたら君たちが教会に集合したがるのは、物乞いをしていたわけではなかったわけだ」
「あ、そんな風に思われてたの?心外だなぁ。だから余計に、追悼に呼ばれなかったのは腹が立つって話なんだよ」
ロランは向き合って彼を諫めた。
「気持ちは分かる。でも、威圧的に押しかけるのは違うと思うぞ」
「そうは言うが、こっちだって人生がかかってる。体が不自由になっても、安心して生活がしたいんだ」
「直訴しに行く場所が違う」
「王宮だって門前払いなんだぞ。ここぐらいしか陛下との接点はない!」
「落ち着けって……!」
二人が揉み合っていると、早速兵士が駆けつけて来た。
トリスタンは舌打ちして立ち上がる。
「何だよ。分かったよ、出て行けばいいんだろ」
「……トリスタン」
「いいか?お前ら、見てろよ。神はいるぞ。きっとエドモン三世には罰が下る!」
そうトリスタンは捨て台詞を吐いて礼拝堂を出て行ったが、ロランは心の中で
(確かに下っている……かもしれない)
と思うのだった。
ロランがいたということ、またはトリスタンが追い出されたこともあってか、礼拝堂に傷痍軍人の群れは入って来なかった。
しかし彼らは礼拝堂の外に居座り、道行く貴族に視線を送りつつ無言で抗議する。
王と王妃の馬車が到着すると、教会の前は急に大騒ぎになった。
その声を耳にし、堂内にいたロランは立ち上がる。
「くそっ。世話の焼ける……!」
小走りで教会を出ると、エドモンとベルナデッタは傷痍軍人に取り囲まれていた。
「お前たち!そこで何をしている!」
ロランがそう叫ぶが、王への罵声にかき消されて声が通らない。しかも他の兵士も思うところがあるらしく、強く傷痍軍人を押しとどめない。
このままでは追悼集会が始まらない。
教会周辺がざわつき始めた、その時だった。
「おやめなさい!」
声が通り、傷痍軍人を押しのけて女がひとり、前へ出る。
声の主は、ベルナデッタだった。
「追悼の邪魔は、神への冒涜である!神に生かされた兵士たちよ、目を覚ませ!!」
その一喝で、傷痍軍人は静かになった。
まさかこの存在感のない王妃が、ここまで声を張り上げられるとは、誰も思わなかったらしい。
が、傷痍軍人も負けてはいない。
「う、うるせー!」
「戦場に行かなかった奴が偉そうにすんじゃねー!」
「苦労知らずが!」
するとベルナデッタは彼らを睥睨してぴしゃりとこう言った。
「戦時において、誰も自分達より苦労しなかったと言えてしまう方が、偉そうで苦労知らずです。あなたたちの誰が、私やエドモンの苦労を知っていると言うの?命を削って生きているのが、自分達だけだと思わないで!」
背後でエドモンは声を震わせる。
「ベルナデッタ……」
ベルナデッタは鼻息を荒くすると、呆然とする傷痍軍人の波を突っ切って礼拝堂へと歩き出した。
そして、教会の前でおっかなびっくり立っているロランと鉢合わせる。
「あら、ごきげんよう」
そう言ってのけ、ベルナデッタは涼しい顔で堂内へと入って行った。




