48.失ったもの
「君のことをもっと知りたいんだ」
エドモンの必死の説得も空しく、ベルナデッタはぴしゃりとこうはねつけた。
「三年も私を放置して、今更?」
エドモンは固唾を飲む。
「戦争とセックスだけ致して、どうして私に〝僕ちゃんを気に入ってくれ〟なんて言えるのかしら」
「ベルナデッタ……」
「本当に、あなたって空っぽね。王と言う地位に物を言わせて、従わせて、あとは放置。事後って言葉、ご存知かしら?何かをしたら、その後が大事なのよ。フォローや、次回に繋げる努力。あなたはそんなこと、人生で一度もしたことがないわよね」
エドモンは静かに唸る。ぐうの音も出なかった。
「わ、悪かったよ……」
「……」
「でも、そのフォローが出来ないくらい、最近は追い詰められていて」
「この期に及んで言い訳?」
「ぐっ……」
「でも、って言えば王宮では何だって通るわね、王様は。けど、王妃と民衆はそうは行かないわよ」
「……!」
「イエスマンは意外と少ないのよ。ようやくお分かりいただけたかしら?」
「ベルナデッタ……」
「分かったら出て行ってちょうだい。顔も見たくないわ」
エドモンはため息を吐き踵を返したが、我慢出来ずぽつりと言葉を落とす。
「……支えが欲しい」
ベルナデッタは顔をしかめた。
「我儘なのは承知している。ただ、支えが欲しい」
ベルナデッタは腹立たし気に言う。
「……別の誰かに頼んで。私も辛いの。支えられないわ」
「君は何が辛かった?」
ベルナデッタが顔を上げ、エドモンは振り返った。
「嫌いだって言われても構わない。私は君がとても強い女だということを知っている」
「……」
「三年もほぼ放置してて悪かったと思ってる。でも、これだけは言わせてくれ。私は多分、知らず知らず君の強さに支えられてたんだ。だから戦争で勝てた。もし君が弱い女で、寂しさに任せて付きまとって来るような女だったら、気が散って采配をしくじり、勝てなかっただろう。だから君が辛いと言わずに我慢していてくれたことに、私は一生感謝して生きて行くと思う」
ベルナデッタはそれを聞くと、衝撃を受けたように青ざめた。
「何よ!そんなこと、今まで一言も……」
その声は震え、次の言葉は出なかった。
「……大嫌いよ」
ベルナデッタはやっとのことでそう呟くと、何かを断ち切ろうとするようにごしごしと目をこする。
「また、いつものおためごかしに違いないわ。一体誰にそんな台詞を吹き込まれたの?まさかロランに?」
「ベルナデッタ……」
「信じないわ、急にそんなことを言ったって。そうよ、急に……」
エドモンはそれを聞いて気落ちしたが、
「本心だよ。信じなくてもいいが、これは私の本心だ」
と、自身に刻み込むように言った。
「君が辛いと言ってくれた。今日はこれだけでも、少し嬉しい」
「……」
「決めたんだ。嫌われても、何度だって言う。私は君みたいな女と結婚出来て幸せだ」
「……」
「おやすみ、ベルナデッタ」
王が出て行き、扉が閉められた。
ベルナデッタはその背中を見送ると、ふらりと床に膝をついて顔を手で覆う。
「騙されないわよ……」
溢れる涙は止まらなかった。
「きっと、台本があるのよ。何か、企んで──」
しかし疑えば疑うほど自分の首が締まって行くことに、賢い彼女は気づき始めている。
強い女。
その称号は彼女を苦しめる一方で、彼女を解き放って行く。
新婚で突如おとずれた開戦。王宮内で頼れる人間もおらず、戦時に不参加な女ゆえ、涼しい顔をしていなければ臣下からの煽りを食う状況。王妃の夜の務めにだけ参加する夫。ろくに夫と会話もしないまま、仲睦まじい振りをして駆り出される公務。
王宮内の催事全てが、彼女を犠牲にして成り立っていたのだ。
それに気づく者など、誰一人いなかった。
いなかったはずなのだが──
「何で、よりによってエドモンだけがそのことを理解しているのよ……」
ベルナデッタは運命を呪った。
「絶対嘘。嘘に決まってる……」
呪詛は、夕空を暗くして行く。
エドモンも、自室に戻って頭を抱えた。
あそこまで心底嫌われていたとは、想定外だったのだ。
「だ、だめだ……」
エドモンは自らの所業に今更ながら青ざめた。
「私は今まで一体、何をやっていたんだ?」
結婚してからすぐに戦争が始まり、てんやわんやでそのまま突っ走ってしまった。
その間、ベルナデッタとしたことといえば、公務と夜のあれこれだけ。
彼女の無言を、満足と捉えてはいけなかったのだ。
あの三年の間の無言は、きっと諦めの極致だったに違いない。
挽回や再構築などと言う言葉では、最早間に合わないところまで来ている。
王と王妃の人生は、戦争の犠牲になっていたのだ。
その時、ふとエドモンは顔を上げた。
「そうだ……これも戦後処理」
彼は思い出していた。
国民に祝福され、愛らしい見知らぬ少女と教会でキスを交わした瞬間を。
その時、何も知らない隣国の王女ベルナデッタは幸せそうに微笑んで──
エドモンは暗くなって行く夜空に誓った。
「戦争で失ったものを、笑顔を、ひとつひとつ取り戻そう。それが出来なければ……二人に幸福な未来は来ない」




