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43.心の支柱

 次の日。


 デュベレーの丘修道院長コレットは、久方ぶりに王宮を訪れていた。


 現王の婚姻の儀以来だ。


 王宮に通されると、謁見の間を通り過ぎ、直接王の部屋に通された。


 こんなことは、院長になって以来初めてのことだった。


 何かある、とコレットはすぐさま察した。


 そこにはエドモン三世がぽつんと座っている──


「コレット女史。久方ぶりだな」

「はい、陛下。ええっと……」


 コレットは周囲を見渡した。


「今日、ベルナデッタ様はいらっしゃらないのですね?」


 と、エドモンは途端に顔を曇らせる。


「彼女なら、追悼式次第は後から執事が伝えるから大丈夫だ」


 そうですか、とコレットは呟いた。


「とりあえず、今回は戦勝おめでとうございました」

「あ、ああ……」

「しかしながら、戦勝の影には死者の魂がございますから」

「……そうだな」

「それを鎮めなければ完全な戦勝とは言えません。ひとまず霊魂を癒しましょう。ひいてはそれが、全体の霊を慰めることになるのですから」


 エドモンはそれを聞くと、いつもの余裕の笑みはなく、身を前に乗り出した。


「コレット女史。それなのだが」

「はい」

「それはどういう理屈だ?全体の霊を慰める、と言うのは」


 コレットは王の勢いに目を丸くした。


「は、はい。私達にはひとりひとり霊魂がありますが、その大元は繋がっているのです」

「……繋がっている?」

「はい。誰かを癒せば、回り回って別の誰かが癒されます。誰かが害されれば、回り回って別の誰かが害されます。物事は循環です。我々はその中にいます。例外はありません。ですから、我々は繋がっている。魂も同様です。死しても、誰かの心には残り続けるからです。ですから、生者であれ死者であれ、そこから外れている人などいないのです」


 エドモンは膝を揺すった。


「いや、いるかもしれないぞ」

「……陛下?」

「誰の中にも加われず、大元と切り離されている奴が」


 コレットはエドモンを頭から爪先まで眺め、色々と察して溜めていた息を吐いた。


「いいえ、いません」


 コレットは断言した。


「だから我々は、誰かを愛してしまうのです。誰かを助けてしまうのです。誰かを放っておけないというのは、目に見えない循環があると、皆心のどこかで気づいているからです」


 エドモンの顔色がみるみる悪くなる。


 コレットは注意深く、王の返事を待った。


 それを知っていたかのように、王は口を切る。


「私は、誰にも愛されていない」

「陛下……」

「父も母もこの世にいない」

「陛下、天国を信じて下さい。きっとお二人はそこにおわして、あなたを見守っていてくれるはずです」

「何が分かる……!」

「陛下……」

「見えなければ、ないものと同じだ!」

「……陛下、お気を確かに」

「確かなものが欲しい。私は、確かに感じられるものが欲しいんだ」

「……」

「霊魂を慰める……そんなことをしたって、私が癒されることはない!」

「……」

「王の気持ちなど、誰にも分かりゃしないんだ。皆、知ったように私を査定評価するが、どれも私から見れば的外れだし、いつも気が休まることなどない」

「……」

「とにかく、戦争には勝った。評価は高まった……はずだ。そうでなければ、私は……」


 コレットは悲し気に目を伏せた。


「そうですか。陛下は常に評価に怯えていらっしゃったのですね」

「……」

「陛下、評価に苦しむ時、それはあなた自身が自分に評価を下し続けているからですよ」

「……」

「神は試練を与えますが、評価は致しません。逆に市民は評価はするかもしれませんが、あなたに試練は与えられません。今は神の方を信じましょう。あなたは無事、試練をくぐり抜けた。それだけで、神の御心には叶っているはずです」


 言いながら、コレットは気づいている。


 エドモンは、目に見える現象しか信じられないのだ。


 いくら神の道を説いても、彼の心には響かない。


 けれどだからこそ今、悩みを解消するとっかかりを作らなくてはならない。




 一方。


 ベルナデッタは、再びクラリスに手紙を綴っていた。


 王宮は、ひとりでは耐え切れない。彼女もまた、心の支えを必要としていた。


 と、その時。


 ドアをノックする音がした。


 軽返事をすると、執事が入って来る。


「失礼致します。デュベレーの丘修道院のコレット院長が、ご挨拶にと」


 ベルナデッタは立ち上がる。


「分かったわ、お通しして」


 背の低い老婆コレットは、うやうやしく頭を垂れて入って来た。


「コレット女史、とてもお久しぶりね」

「久しゅうございます王妃陛下。ところでエドモン様はだいぶお悩みの様子ですが、いかがなさったのですか?」


 いきなりの問いに、ベルナデッタは面食らう。


「え……?」

「大変孤独で、お悩みのようでした。王妃陛下は支えにはなれないのでございましょうか」


 ベルナデッタは途端に腹が立った。


 神の前で伴侶への愛を誓った身にも関わらず神にそむいたと、修道女に責められているように思ったのだ。


「ええ、ええ。なれません。あんな損得勘定だけで動く愛のない男、私はもう相手に出来ません」

「王妃陛下……」

「コレット女史も一介の女性でしょうから、分からないとは言わせないわよ。嫌いな男を愛するなんて出来ないわ。神様じゃないのよ私は」

「……」


 コレットは色々と事情を察した。


 他人に取り繕えないほど、事態は深刻なのだ。


 コレットは話題を変えた。


「とても鬱憤が溜まっていらっしゃるようですね」

「ええ。だから私、彼の相手はしないことにしたわ」

「ではベルナデッタ様には、何か心の支えになるようなものがおありなのですか?」


 ベルナデッタはその話が向くと、胸を張った。


「ええ。最近は奉仕活動が心の支えよ。私、ようやく自分の虚しさに向き合い始めたわ。もう自分に何をしたって癒されないから、他の人のために動くことにしたのよ」

「素晴らしい心掛けですね」

「そうね。人に奉仕するのは気分がいいわ。それに誰かに与えれば与えるほど心が軽くなるし、こっちにも何かが返って来ることに気づいたの」


 コレットは、ふと神の教えを思い出した。


 それはいつも、コレットが孤児に教えていることだったからだ。


「つまり、王妃陛下は〝見えない富〟を天にお積みになっているのね」


 ベルナデッタは驚きに目を見開いた。


「あら……コレット女史も〝見えない富〟を知っているの?」

「はい。うちの教会ではよく孤児にその話を致します。〝見える富〟ではなく〝見えない富〟が、本当の、真実まことの宝であり、それを求めることこそ幸福に繋がると。ところで王妃陛下はその話を一体どういう経緯でお知りになったのですか?」


 ベルナデッタは秘密を打ち明けるように囁いた。


「クラリス・ド・サミュエル夫人からよ。彼女は目が見えないの。だからこそ、見えるもので人を判断しない。彼女から〝見えない富〟を積むことを提案されたの」


 コレットは頷いた。


「そう。クラリスが……」




 クラリスがサミュエル邸でくつろいでいると、執事がやって来てこう告げた。


「奥様。コレット女史が突然やって来ましたが、お通ししますか?」


 クラリスは特に連絡を受けていないので驚いたが、すぐに訪問を受け入れることにした。


「きっと、連絡もなく急に来たのは何か事情がおありのはずよ。……お通しして」

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― 新着の感想 ―
[一言] 「評価もすれば試練も与える」グンシサマ()やサイショーサマ()、いわゆる「No.1を操るNo.2。都合が悪くなればいつでもNo.1を切り捨てる」なんてのがエドモン陛下の側にいたらもっと壊れて…
[一言] >「そうですか。陛下は常に評価に怯えていらっしゃったのですね」 まるでなろう作家みたい( ˘ω˘ )(い つ も の)
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