35.新しい仲間たち
あれからひと月が経った。
ロランは工房にて義眼の制作に取り掛かっている。
滑らかな白いガラスに歪みのない瞳を乗せることは、非常に難しい。
ロランは虹彩の部分も、本物と見間違うほど違和感なく仕上げたかった。
一方、ガラス職人は早くも音を上げ始めていた。
「親方、これ以上うまく作るのは無理ですって。義眼はある一国が製造方法の秘密を知ってる工場を税金で囲ってるぐらい、大変価値が高く、作るのが難しいんですよ?」
「理屈は分かるが──それはつまりここで作れるようになれば、俺たちもかなり儲けられるということだよな?」
「何スかそのロジック……マジキッツイっスわ」
「うーん。リディのためにも、ワンセットでいいから作りたいんだが……」
輸入品の義眼と自工場での義眼を交互に眺め、ロランは商いへの神経を尖らせていた。
と、そこへ。
「どうだ?これ!」
トリスタンの声と共に、何やら足を引きずった傷痍軍人が現れる。
トリスタンはその隣に寄り添って得意げだ。
「義足の素材を前よりしなる木材に変えたら、こいつもここまで二本の足で歩けるようになったんだ」
ロランは満足げに微笑む。
「一週間でここまでとは……やるな、トリスタン」
「昔から器用貧乏なところがあったから、案外役に立ててるぜ」
「売り出すとしたらかなり値が張ってしまうな。もう少し安価な素材で出来ないか?」
「経営者ってやっぱりそういうこと言うんだ?萎えるわ」
「とはいえ、売れに売れればお前たちの給料だって上がるんだぞ?」
トリスタンの目の色が変わった。
「あ、そっか……」
「どこかで戦乱でもあれば、需要がぐっと上がる。それまでみんなで研鑽しようじゃないか」
言いながら、ロランは杖を彫っていた。
「ロラン、それは……?」
「ああ、最近ばたばたと盲人用の杖の注文が入ってね」
「クラリスが持っていた杖だな?」
ロランは静かに笑う。
最近、街中を盲人が出歩くようになって来ているのだ。
「クラリスが出歩くようになって、徐々に街の空気が変わりつつある」
「ああ、分かるぜそれ。俺たちが街から一斉に消えて働き出したのも相まって、ちょっと欠損者への市民の見る目が変わった気がするよな」
クラリスは最近、使用人やロランを連れて街を散策するようになっていた。その姿を見て、盲人の家族がいる人々が、彼らを隠し立てせず外に出すようになったらしい。
だからこそ、ロランは更にクラリスを飾り付ける。身分の高い美しい盲人の登場が、盲人の家族に、彼らを出歩かせる勇気ときっかけを与えたのだ。彼女が目立てば目立つほど、目の見えない彼らを隠す必要などないという明確なメッセージを発し続けられる。
「みんなが見ないふりをしていたのは、障害者じゃないよ。障害者を見ないようにする自分を、見ないようにしていたんだ」
ロランの呟きに、トリスタンはふーむと唸る。
「何だ急に。まあ言いたいことは分かるよ。誰かを蔑むことは、結局自分を蔑んでいるのと同じことだからな」
「盲人をしっかりと見よう、という意識というのかな。そういう空気が出来て来たように思う」
「ロランは本当にいい嫁さんを貰ったな?」
「……違いない」
ロランははにかむと、杖にまとわりつく木くずをふっと吹いた。
「さて……今日も素敵なお嫁さんを迎えに行って来るか」
クラリスは今日、ヴォルテーヌ公爵家でリディにテーブルマナーを教えていた。
いつもと違うのは、更に二人の女の子が加わってテーブルマナーを学んでいる、ということ。
それぞれの乳母が、小さなレディたちを見守っている。
ひとつひとつ運ばれて来るのを、皆慎重に切り分けて口に運んでいた。
リディも脂汗をかきながら食事に勤しんでいる。
クラリスは執事に肩を叩かれた。それを合図に、彼女は声をかける。
「はい、みなさんよく出来ましたね」
ほっとした空気が流れ、三人の子女は子どもらしくきゃっきゃと話し始めた。
「では、今日のレッスンはこれでおしまい。さ、お迎えが来るまでは自由時間よ。隣の部屋へ移りましょう」
「はーい!」
女の子たちは、めいめい椅子から降りる。
そして、壁に立てかけてある杖を持ち、するするとそれを滑らせながら部屋を出た。
全員、目が見えない。
それでも三人の盲目娘は、楽しくみんなでおしゃべりをする。
リディの部屋には、たくさんの楽器が置いてあった。
どれもシリルが買い与えたものだ。
三人の貴族の子女は、すっかり皆仲良しになっていた。全員目が見えないと言う共通の特徴が、結びつきを強固にしている。そして彼女たちは、お互いがお互いの初めての友達だった。それまでは、皆家にずっと閉じ込められていたのだ。
クラリスとリディが出歩いたことによって噂が噂を呼び、今まで隠されていた盲目の令嬢が二人発掘されたのだった。それまで彼女たちは貴族の娘にも関わらず、勝手に絶望していた親の元で一般的な貴族教育をされず、放っておかれていた。
クラリスがマンドリンを爪弾き始めると、三人は色んな楽器でセッションする。
目の見えない小さな音楽隊だ。
「クラリス先生、いつになったら私達も街へ出られるの?」
「ふふ、待ってて。今、あなたたちのご両親に許可をいただく話し合いの最中なのよ」
「もう、嫌だわ。私たち、親の許可がないと出歩けないなんて」
「そうは言うけど、貴族の令嬢なら目の見える子だって、親の許可なしには街をうろつけないものよ」
「ちぇーっ」
と、聞き慣れた馬車の音が聞こえて来た。
「ああ、この馬車の音は──ロランが来たんだわ」
「わっ、イケてるボイスの人だー!」
目の見えない女子の間では、異形のロランは声が男前で大人気であった。
シリルが入って来る。
「待たせたな、君たち。親御さんとの話し合いは今終わった。そろそろ帰る支度をしてくれ」
「公爵様!私たち、街へ出られそう?」
「ああ、スケジュールの都合がついた。一週間後、みんなで出かけよう」
「やったあ!」
続いて、ロランが入って来た。
「やあみんな。それにリディ。今日、義眼の試作品が出来たんだ。つけてみて貰っていいか?」
リディは目を輝かせて立ち上がる。
「本当!?」
「まだ、もうちょっとリアルに近づけたいんだけどな」
「これがそれこそ本物みたいに見えれば……きっとお母様も私を見てくれるようになるはずよ!」
ロランとシリルは顔を見合わせると、リディに聞こえぬよう、互いに小さなため息を吐いた。




