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33.秘密のお茶会

 クラリスは何度も手紙に落とされた封蝋を触って確認する。


 これが、王家の印。


 執事が言う。


「中身はロラン様に読んで貰いましょう」


 クラリスは執事を見上げた。


「ロラン様は最近お忙しく、二人の時間が取れないと嘆いてらっしゃいましたから」


 執事はクラリスの目が見えないのをいいことに、黙って顔を赤くしている彼女にバチンとウィンクをした。




「親愛なるクラリス。


しばらくあなたが王宮に現れないので心配しております。


戦勝記念パーティーから早三ヶ月。またあなたに触って欲しいものをたくさん見つけて来ました。


好奇心旺盛で、ちっとも遠慮や忖度のないクラリス。私はあなたをいつも恋しく思っています。


私を見えないあなたが、一番私の心に残っています。


15日に離宮で秘密のお茶会を催します。


今回は、二人だけで会いましょう。


あの夜を思い出させてね。


ベルナデッタより」


 夜の寝室で燭台を頼りにそれを読んだロランは、どこか苛立ちを隠さずこう言った。


「何だよこれ……ラブレターみたいだな」


 クラリスはベッドの中でくすくすと笑う。


「あら、嫉妬?」

「ああ、嫉妬だね」


 ロランは燭台の火を吹き消すと、クラリスの隣に滑り込んだ。


「でも、クラリスの夜を独り占め出来るのは俺しかいないんだからな」

「ふふふ……はいはい。王妃様と張り合わないでくださいな」


 ロランはいつものように、彼女の唇をなぞってからキスをする。


 目の見えないクラリスが、突然のことに驚かないようにするロランの配慮だ。


 妻とはいえ、触る前にある程度の了承を得るのが最低限の礼儀だろう。


 ロランはクラリスを抱き締めて問う。


「……行くのか?」

「ええ。王妃直々に誘われたら行くしかないわね」

「王妃も、そんなに会いたいならもっと早く手紙を寄越せばいいのにな」

「会いたくなるような理由が出来たんじゃないかしら?」

「ふむ……」


 遠慮や忖度のないクラリスを今、王妃は求めているらしい。


「ロランは最近どう?とっても忙しいようだけど。トリスタンは元気?」

「ああ、傷痍軍人たちは頑張ってるよ。この仕事を外されたら終わりだということは分かっているらしい」

「そうですか」

「やはり腐っても軍人だ。与えられた責務を全うしようとする意識がある。思ったより、よくやってる」

「ならよかったです」

「でもなぁ、戦争に勝ったからもう戦はないんだよ。あいつらに仕事をさせたいのは山々だが、防具を売る先がないんだ」


 クラリスは微笑んだ。


「いつも使っているあの杖。あれは防具屋で作ったのではないですか?」

「ああ。あの模様は俺が彫ったんだ」

「まぁ、そうなの?あれはよく褒められるわ。お年寄りに」

「お年寄り……」

「ああいった工芸を売ればいいんじゃないかと思うの。そっか、ロランが彫ったのね。今日初めて知った……嬉しい」


 ロランは妻の首筋に埋もれてふと思い出す。


「あいつらは色々なことを言う。防具に不満があったようなんだ。あと、義足が欲しいとか」

「へー、そうなの?じゃあロラン、義眼は作れる?」


 ロランは目を点にした。


 義眼。


「昔、少し聞いたことがあるの。目の無い人が目の中に入れる義眼っていうものがあるんだって」

「あるにはあるが、ガラス細工だから結構難しいぞ。現状ほぼ輸入に頼っている分野だ」

「そうなの?リディが欲しがってたわ」


 ロランは考える。


 戦争が今後確実に起こるとは限らない。


 防具屋の可能性を今のうちに広げておくのも、悪くない話だ。


「少し寄り道して、障害者用の義足や義肢を作ってみるかな。あいにく防具の注文がないのでね」

「それもいいんじゃないかしら。誰かの役に立つという点では、一緒だもの」


 ロランはクラリスを眺める。


「誰かの役に立つ……なるほど、そうか」


 クラリスは微笑む。


「みんな、誰かの役に立ちたいんだ。あわよくば感謝してもらいたい」

「そうね。私も、リディと出会ってから考え方が変わった気がします」

「俺はクラリスの役に立ってるか?」

「何を言うの?もちろんよ」

「きっと傷痍軍人も、みんな誰かの役に立ちたかったんだ」


 クラリスは頷いた。


「役立てる舞台を用意すれば、彼らも二度とやさぐれることはなくなるはずよ」

「役に立つ道具を作らせて……まず、奴らの自尊心を回復させるか」

「あら、ロラン……」


 クラリスはうっとりと夫を眺めた。


「あなたは聖人か何かなの?いつも、自分ではなく誰かのことを考えているわね」


 ロランは少しの間、真顔になる。


「……そうか?」

「そんなところが好きなんだけど」


 クラリスは抱きついて、ロランにキスをする。


「私も、もっとあなたの役に立ちたい」

「うーん。じゃあ今から……役に立ってもらおうかな」

「まぁ。ロランったら」


 クラリスは夫の重さを受け止め、幸福そうに微笑んだ。




 そして、いざ離宮でのお茶会の日。


「やっと来てくれたのね。待ってたわ、クラリス」


 そこには、クラリスの目には見えないほど着飾った王妃の姿があった。


「あなたに見せたいものがあるの」


 クラリスは、目が見えないのでその言葉に大いに戸惑った。


 王妃の言う「盲人に見せたいもの」とは、何だろう。

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― 新着の感想 ―
[一言] >「みんな、誰かの役に立ちたいんだ。あわよくば感謝してもらいたい」 ある意味これも根源的な欲求ですよね( ˘ω˘ )
[一言] 王妃様、クラリスは見えないのにきちんと装って会うんですね。フェアな人なんでしょうね。 さりげなく二人が熱い夜を過ごしていているのがステキですね…!!
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