32.防具屋はじめ
一週間後。
ロランは防具屋の事務室にいた。
目の前には、20人の傷痍軍人たち。
その中にはあのトリスタンもいる。
「まずは全員、防具職人に弟子入りしてもらう」
全員緊張の面持ちだ。
「うちには30人の防具職人がいる。全員特殊技能に秀でた職人だ。君達より年下の職人もいる。年功序列の頭は捨てて、口答えせず、必ずその職人たちに師事するように」
はい、とばらけた返事が聞けたところで、ロランは立ち上がる。
「早速工房に行こう」
ぞろぞろとやって来た異形の衆に、職人たちは目を丸くしている。
「前にも話したな。彼らが例の職人見習いだ。指示を頼む」
職人たちは彼らに圧倒されながらも、自分達の作業を教え始めた。
ロランは再び事務室に引っ込んでから、先日のクラリスとの会話を反芻する。
ああ言ってしまった手前、どうにか彼らを職人にするしかないけれど。
(いつまで続くかな。それに戦乱が治まった今、これ以上の防具の需要など見込めない)
傷痍軍人が戦争の勝利の後に防具を作ったところで、戦争は終結してしまったので売り込む先がないのだ。
実のところ今のロランは彼らが職人として続くかどうかではなく、防具屋自体をこの先どうすべきかの方が、差し迫った難題なのであった。
(防具以外を作らせようか?)
とすると、また新たな熟練の職人を連れて来るしかなくなる。
今、彼らに防具を作らせておくのが最善なのかどうか、ロランには将来図が描けずにいた。
と、ひとりの職人が設計図を持ってやって来た。
「親方、ちょっといいかい?」
ロランは設計図を覗き込む。
「何だ」
「この鎧、肩と腕の間の可動部ありますよね」
「ああ」
「傷痍軍人が言うに、戦闘中にこの隙間に剣や矢が入っちまうんだそうだ」
ロランは頷いた。
「ああ、そうだな。でもこの隙間がなければ、腕を上げ辛いんじゃないのか?」
「それも聞いたんだが、戦場では横に薙ぐ動きの方が多いらしい。相手の馬を狙うもんで」
「へえー。てっきり斬り合いになるから腕を上げるのかと」
「大剣と槍は払う動きが多い。小剣は突く動きが多い。とすると、腕はそんなに上げる機会がない」
「ふーむ」
初耳だった。ロラン自身戦場に出たことがないから知らなかったのだ。
加えて、兵士からの聞き取り調査は生存者から出される。死んだ者になぜ死んだかは聞けないのだった。防具の隙間に剣が入り込んで大怪我をしたという証言が多数ならば、確かにここを塞いだ方がいい。
「じゃあこのビスは抜いて、金属部分を溶接するか」
「親方。考えたんだが、肩を覆う形より、肩に平行に金属の庇が出るような形にすればどうかと思うんだ。格好悪いしちょっとかさばるが、腕を平行に動かせるのと、怪我を防ぐという点ではこっちの方がいい」
「そうだな。それにビスの分のコストと手間が削減されていいかもしれん」
「試作品を作って見ますかね」
「いいだろう。ものは試しだ」
事務室にロランはまたひとり残された。
思いがけない収穫があるものだ。実際防具の不備のせいで怪我を負った軍人は思ったより多いのだろうか。五体満足で兵士を続けられる人間にばかり防具に関する要望を聞いていたのも、今思えば防具屋として反省すべき点だったのかもしれない。
と、今度はトリスタンが入って来た。
「おいロラン。ここの具足なんだが」
「……何だ急に」
「あれの中に木の足の型を入れたら、義足になるぜ!」
「!」
思いがけない話に、ロランはぽかんと口を開けた。
「……おい、お前。仕事に集中しろよ」
「そんな怖い顔すんなよロラン。ほら、覚えてるだろ?アネッサ様のことを。ちょっと動きがおかしくても義足があれば、俺たち人に睨まれずに済むんじゃないかって思ったんだが、どうだろう」
ロランは首を捻る。
「うーん。トリスタンは、そうしたいのか?」
「ああ。だってあの嫌なものを見る視線、普通の人間は耐えられないぜ」
「……」
ロランもかつてはあの視線に悩まされたことを思い出した。
「確かに顔とは違い、足や腕の不足は見た目に補うことが出来る、か……」
「一見して、敵視されることはなくなると思うんだ。その内不自然さに気づかれて、二度見くらいはされるかもしれないけど」
「……なるほど」
トリスタンのいう事も一理あるとロランは思った。根本的な解決にはなっていないが、一目見て嫌われたり阻害されたり無視されたりという被害は免れるかもしれないのだ。
どうせ防具を作り続けていも売る先が見つからない。彼の話に乗ってみるのもアリかもしれない。
「ちょっと考えてみるか。また何かいいアイデアが思い浮かんだら教えてくれ」
ロランがそう言い置くと、トリスタンが何かを思い出したように、くすぐったく笑う。
「……どうした?トリスタン」
「いやね、誰かに求められるって、やっぱりいいよなーと思って……」
ロランは目を点にしてから、得心したように微笑んで椅子にもたれる。
「ああ……そうだな」
一方その頃。
クラリスは執事から震える手で手紙を受け取り、頬を輝かせていた。
「……本当?これが、王妃様からのお茶会の招待状……!?」




