30.隠せば、見える
屋敷で計画を話し合いの末、エストーレ医院に再び向かったクラリスたちは、診察を終えたトリスタンに行きあった。
「お?帰ったと思ったら、また来たのか」
ロランが言う。
「ちょうどよかった。トリスタンにちょっと、協力して貰いたいことがあるんだが」
「何だいきなり」
「ちょっとついて来てくれ。ものは試しだ。ある部屋に、給仕をお願いしたい」
「……はぁ?」
「金ならやる」
トリスタンはそれを聞くとほいほいついて来た。
ロランは盆にティーセットを乗せ、トリスタンに渡す。
「これを、この部屋のアネッサ様に持って行って欲しい」
トリスタンは疑問に思いながらも、ティーセットを片手に持った。
扉が開けられる。
「……奥様。お茶のご用意が出来ました」
「あら、そう」
アネッサは声のする方を振り返ってから、怪訝な顔をした。
「……奥様?」
「変ね。何か声が聞こえた気がするんだけど」
アネッサは部屋をぐるりと見渡した。
「……気味が悪いわ」
トリスタンも、同じことを思ったに違いない。
青くなって退散した彼は、ロランにずいと詰め寄った。
「……あのさぁ。もうちょい事前に色々教えてくれない?ビビって漏らすところだったんだけど」
「どうだった?」
「どうもなにも、幽霊扱いされた挙句無視されたぜ。声は聞こえているようだがな」
「クラリスの予想だと、次に義手をつければ……」
「おいおい。俺、まだ何かやらされるの?」
「まあまあ。これをつけてくれ」
ロランが差し出したのは、甲冑の上半身部分だった。
「……なんか懐かしいな。甲冑か」
「次はこれを着て給仕しろ」
「いいけど……またあのホラー体験しなくちゃいけないのかな?」
「次はホラー体験になるかどうか分からないぞ」
「?」
トリスタンは甲冑を被った。そして今度はお菓子を乗せた盆を持つ。
「奥様、お菓子のご用意が出来ました」
「まあ、ありがとう」
アネッサはトリスタンをまじまじと見上げた。
「あら?あなた、どこかで……」
「私、先程お茶をお届けいたしました」
「ああ、そうなの。ちょっとお聞きしたいんだけど、シリル・ド・ヴォルテーヌはまだ来ないのかしら?」
「ヴォルテーヌ公爵様なら、そろそろこちらに来ます」
「いつも来る時間より遅い気がするの……」
アネッサは、寂しそうに窓の外を見つめる。
トリスタンは冷や冷やしながらも、ロランたちの元へ帰って来た。
「何でだろう。今回は俺のこと、見えたみたいだ」
「なるほどな」
ロランたちは顔を寄せ合って会議を始めた。
「どうやら身体の欠損を知ると、見ないようにする傾向があるようだな」
「つまり、欠損部分を隠すとその人を見るようになる、と」
「私の欠損部分ってどこかしら?」
「やはり、目じゃないか?クラリスのと違って、リディの目は落ちくぼんでいるからな」
リディは自分の目を触った。
「え?私の目って、落ちくぼんでるの?」
「ああ、眼球自体が小さいようだが……」
「知らなかったぁ」
シリルが割って入る。
「リディは生まれつき、眼球が小さい病なんだ」
「お父様。そういうことは早く教えてよ!私は目が見えないから、人と見比べようがないんだから!」
「うーん、とすると、目の部分を隠せばあるいは……」
クラリスは少し眉をひそめる。
「……何だか辛いですね。欠損を隠さないと見てくれないだなんて」
「仕方ないだろう。もしかしたら少しづつ娘の姿を見慣れれば、精神的な病も回復して行くかもしれない」
「やはりこれでは根本的な解決にならないわ……」
「でもこればっかりはしょうがない。まずは対処療法を試してみようじゃないか」
クラリスは深いため息をついた。
「やはり……がらっと意識を変えないと、根治は無理そうね」
「うーん、アネッサ様が娘を認めれば、見えるんじゃないか?」
「でも、それじゃあ条件付きの愛みたいで、嫌だわ」
と、リディがこんなことを言う。
「条件付きでも愛されたいわ、私」
大人たちはそう呟いた少女を見下ろし、覚悟を決めるように互いを見交わした。
「……そうだよな」
「……そうね。目隠しをしましょう、リディ。これは、〝目隠し遊び〟よ。お母様にもそう伝えて、一緒に遊ぼうと提案してみましょう」
「分かったわ」
「頑張れよ、リディ」
リディは目隠しをされた。杖を手にしているので、別に目隠しをされていても進むことは出来る。
リディは、そうっと扉を開けた。
母、アネッサがいる。
「……誰?」
母の問いに、リディは答えた。
「お母様。私よ、リディよ」
アネッサは振り向いて、ふと声を詰まらせた。
「お母様、一緒に〝目隠し遊び〟をしましょう」
アネッサは目隠ししている娘を見て、立ち上がる。
「……リディ。リディなの!?」
「二年ぶりね、お母様」
「大きくなって。探したのよ?」
「ご、ごめんなさい」
アネッサは近づいて行って、娘を愛おしそうに抱き寄せる。
リディは久方ぶりの母の体温に、感じ入るように目を閉じた。
一方、クラリスは部屋の外で、どこか悩まし気に顔を歪めていた。




