3.ロランの場合
クラリスはロランの言いつけで使用人に連れ出され、髪を整えに行った。
涙ながらに微笑んだ彼女の笑顔を思い出しながら、ロランはかつてのみじめな自分を回想する。
ロランの顔の赤痣は、生まれつきあった。
無論、美を愛する貴族仲間からは疎まれ、集まりに行ってはいじめられた。
防具屋の息子なので、家に兜は沢山あった。なので、兜を被って生きろと友人たちには笑われた。
余りにそう言われるものだからいざ被ってみると、暗闇でいまいち前は見えない。しかも思わぬ方向から石を投げられたりして危険極まりない。
そういうわけでロランは兜を外し、その金色の前髪を伸ばし、赤痣を隠して生きるようになった。
それでも、誰かと目が合えば避けられる。
子どもには泣かれる。
女には無視される。
男には笑われる。
全ては醜い顔面のせいだ。
正直伯父のジュストだって、自分には男児が出来ないとなった瞬間、こっちにすり寄って来たのだ。自分が一族でたったひとりの男子でなければ、きっと歯牙にもかけないだろう。もし別に男児が誕生していたら、疎まれ邪険にされていたに違いないのだ。
きっと、クラリスも同じような思いを──
あまりにも時間がかかっているのでうつらうつらしていると、ノックの音と共にクラリスが戻って来る。
「……ロラン様」
ロランはハッと顔を上げ、ぎょっとした。
その黒い御髪を結い上げられ、化粧を施されたクラリスの美しさは別格だった。ロランがぼうっと見入っていると、クラリスはうつろな目で微笑んで見せた。むしろその視線の曖昧さが妙な色気になって、彼女は燦然と輝いている。
「髪を結っていただきました」
ロランはごくりと生唾を飲み込んでから、ようやく我に返った。
「……やはり見立ての通りだ。クラリス、君は美しい。鏡で自分の姿が見られないのは、さぞかし残念だろう。これだけの器量があれば、もっといい縁談にありつけるぞ」
クラリスは恐縮するように肩をすくめて下を向く。
「いい縁談……?」
「ああ。伯爵どころか公爵、下手すりゃ王族だって相手に出来る」
クラリスはもじもじと杖を床にめり込ませた。
「私は、いい縁談なんか……」
「そうすれば、あの親をあっと言わせることが出来るぞ。そうなったら冷遇して仕返ししてやれ」
「あのう、私……」
クラリスはまるで見えているかのように、ちらとロランに視線を向けた。
「私、いい縁談になんか興味ありません」
ロランは頷いた。
「なるほど。きっと君は人間不信なんだ」
「……」
「俺にもその気持ちは分かる。冷遇されて来た人間は、誰も信じられなくなる」
「ええっと……」
「だがな、だからこそ鼻を明かして胸のつかえを取らなければならない。つかえが取れれば、きっと他人を信用できるようにもなるだろう」
「ロラン様」
急に名前を呼ばれ、ロランは口を結ぶ。
クラリスは頬を染めながら、もじもじと本音を言い出した。
「私は、不特定多数の誰かではなく、あなたを信じたいのです」
ロランはぽかんと口を開けた。
「……は?」
聞き返され、クラリスは更に恐縮した。
「あの……私が人間不信なのはあなたのおっしゃる通りです。けれど、さっきあなたが守って下さったことで、私はとても心を動かされました。私は、誰も信じられなくてもあなたなら信じられる。そんな気がするんです」
彼女の言わんとすることが何となく分かって、ロランは慎重に言葉を選ぶ。
「……醜い俺なんかを相手にしていたら勿体ない。君は別の家に嫁げ。その美貌なら、もっといい待遇が手に入る」
すると彼女は、ぽつりと告げる。
「私、もう少しだけあなたと一緒にいたいのですが……」
ロランはその余りにストレートな彼女の告白に顔を赤くする。
「馬鹿を言うな……よくない噂が立つぞ」
「構いません。このような体に生まれついたせいで、何かを反対されることには慣れています。でももし、本当に迷惑であるなら、私、ここを去りますけど……」
ロランは悩んだ。
どちらにせよ、あんなひどい家に帰す気はしない。それにようやく、孤独だった彼女が信頼を誰かに見出そうとしている。
この、美しい少女が。
ロランは心を決めてすっくと立ち上がると、彼女の前に佇んだ。
「クラリス……」
「はい」
「しばらくここで暮らすか」
「それって……」
期待の眼差しを投げかけるクラリスに、ロランは覚悟を決めて告げた。
「結婚しよう」
クラリスは頬を染め、驚きに胸を押さえた。