28.付き合ってはいけない人々
シリルはリディの背後にいる傷痍軍人たちを見渡し、額に青筋を立てる。
「何だね、君たちは。うちの娘に何か用か」
クラリスが慌てて前に出た。
「あ、あの。彼らも病院に用があるんです。ちょっとそこで行き会ったもので、一緒に……」
「ん?クラリス殿。あなたはこんな乱暴な輩とお知り合いなのかね?」
いつもは温厚なシリルの口調から敵意の声色を聞き取り、クラリスは青ざめる。
「し、知り合いというか、えーっと……」
クラリスが困惑していると、
「彼らはうちの従業員だ」
ずいとロランがシリルに迫って見せた。シリルは訝しむ。
「……従業員?」
「ああ。現在、複数の貴族たちと彼らの雇用を計画中なんだ。国も親族もアテにならなかった彼らを雇用し、街の治安を守る計画でね」
ロランの真っすぐな、ともすると攻撃的な視線に、シリルは少しためらいを見せる。
「ふーむ。しかしそんな計画、聞いた事がないが……」
「そうでしたか?では、今お伝えしましょうかね」
「待て。とりあえず、リディはここで引き取ろう。……あんなのと一緒に領内を歩くのは許さん」
ロランは苛立たし気に公爵から目を逸らす。
シリルはロランの横をすり抜けると、リディに駆け寄った。
「リディ、ここでお別れだ。私と屋敷に帰ろう」
すると。
「嫌よ」
リディは頬を膨らませ、父の誘いを速攻で拒否する。シリルは苛立った。
「何を言っている!公爵の令嬢ともあろう者が、傷痍軍人なんかとつるむのは許さん!」
「さっきから何よ、ショーイ軍人ショーイ軍人って。彼らは元々軍人、つまり騎士様なのでしょう?お父様がなぜ彼らを嫌いなのか、私には分からないわ」
「聞き分けろリディ。お前には、彼らの足や手のない醜悪な姿が見えないからそんなことが言えるんだ。あいつらは街の治安を悪化させる悪漢だ。あんなのと付き合っていたら、いつかお前が悲しい思いをする」
リディは父の言葉に耳を澄ませる。
隣にいたクラリスは、リディが張り詰めた空気を纏い始めたことに気がついていた。
「リディ……」
「あらそう。じゃあ、逆に問うわ。お父様は、容姿端麗・五体満足、そのような人とのみお付き合いしていると言うのね?」
シリルは答えた。
「そうだ」
するとリディははっきりと言い捨てる。
「では、私はやっぱりいらない子なんですね」
シリルは目を丸くした。
「ばっ、馬鹿なことを言うな!私はお前のことを思って……」
「そうかしら。やっぱりお父様は私が五体満足じゃなくてみっともないから、屋敷に閉じ込めていたのよね。さっきの言葉でようやく分かったわ」
「落ち着けリディ。君がクラリス殿に教わり、杖を手に外の世界へ出られるようになれば、その限りではない。君が普通の人と同じようになれば、社交界に出られ、結婚も出来るんだぞ──」
今度はクラリスが顔をしかめる番だった。
「シリル様。あなたは今、どれだけ娘さんに残酷なことをおっしゃったか理解していますか?目はもう確実に治らないんです。普通になれば幸せだと言われてしまったら、永遠に幸せにはならないと言われているようなものです」
「待て、クラリス殿まで……これは誤解だ!」
「それに……普通にならなければ、結婚出来ないと言うのですか?または普通だから、結婚出来るのだと?」
シリルは心を読まれたかのように、ハッとして黙った。
「シリル様。これは生きるための訓練です。ブライダル・レッスンの一部、ましてや〝盲目の矯正〟ではありません。自由に動ける術を身に着け、より幸せに生きるための訓練なのです。もし、このレッスンによってシリル様がリディから〝リディらしさ〟を取り上げ、あなたの定義する〝普通〟という理想の形に押し込める意図があるのならば、私はこの訓練の講師を辞めさせていただきます」
風が吹き、再び鳩が飛び立つ。
白けた空気が漂っていた。ふとトリスタンがリディに声をかける。
「何かよく分かんねーけど、どこが欠けてても、後ろ指差されても、生きなきゃいけないんだよ」
リディが顔を上げる。
「はいずり回っても、盗んででも、生きなきゃいけないんだよ、リディ。負けるんじゃないぞ」
彼はそう続けると、仲間と共に貴族たちの元を去って行った。
それを聞いたシリルは、痛々しく顔を歪める。
ロランは公爵の表情に、少し思うところがあった。
「……ところでシリル様。あなたは一体、この界隈に何用で?」
シリルは、再び心を読まれたかのように青ざめる。
「我々は今、傷痍軍人たちとエストーレ医院へ向かうところだったのですが──シリル様はどちらへ?」
すると。
シリルは人の目もはばからず、溢れ出る涙を拭い始めた。涙は止まらなくなり、彼は次第に嗚咽し始める。
リディも呆然としている。
「お、お父様……?」
「わ、私はもう、どうしたら……」
「!お、お父様。しっかり──」
しゃがみ込む父に近づき、リディは杖を捨てて探り探りその肩を抱く。
クラリスは目が見えないが、夫と顔を見合わせた。




