24.運命の13日
13日がやって来た。
サミュエル屋敷の客間には、アズナブル伯爵、イクリュ伯爵、レネ伯爵がそろい踏みしている。
三人はまだ若い当主だ。
ロランより年上だが、皆20代と言ったところか。
加えて全員、前歯が欠けている。
その内二人の頬には、血で滲む女の爪跡がある。
ロランは怯える三人を泰然と見回して言った。
「今回のところは、君達の妻の懇願に免じて許してやろう」
伯爵たちは全員今にも死にそうな顔をしている。
「それと引き換えと言っては何だが──君達にちょっと頼みたいことがあってね」
全員逆らえない。
「街にあぶれている傷痍軍人に、仕事を与えて欲しいんだ。それぞれ30人ほどの雇用を創出して貰いたい」
それにはアズナブル伯爵が意見した。
「手がない、足がない連中に出来る仕事があるか?」
「つべこべ言わずに創出しろ。ひとりで出来ない仕事ならば二人一組でさせるがよかろう」
「そんな金はない」
「ああそう。なら、まとめて慰謝料を払ってもらおうかな」
「……!」
「あとは、陛下に戦勝祝賀会で起きたことを知らせよう。奥様の実家はどこだったかな……」
「ま、待ってくれ。分かった、やるよ」
その時、イクリュ伯爵が割って入る。
「出来る出来ないというより、使い物になるのかね?職業を持つには、訓練が必要だが」
ロランは答えた。
「お前たちからも、傷痍軍人にはっきりと言うんだ。ここ以外君らが働ける場はない、とな。うちでも30人を見ることにしている。この四家で適性を見て、人員を循環させて行けばいい」
「……ロランのところでも、面倒を見ると?」
「そうだ。それで少しでも、傷痍軍人が助かればいいじゃないか」
レネ伯爵が問う。
「なぜこちらがそこまでしてやらんといかんのだ?」
場は静まり返った。
「あっちだっていい大人だ。しかも多くは貴族の出身だろ。好きで戦場に行ったわけだし、自分達で何とか出来るだろうに」
ロランは応戦した。
「自分の両足がなくなったら、どうする?」
レネは黙った。
「目が見えなくなったら?家族に邪険にされ、養えないと追い出されたら?」
全員気まずそうに下を向く。
「俺たちは嫡男だ。しかし、彼らはそうではない。継ぐ爵位がない。障害のせいで住む場所も借りることが叶わない。仕方なく街をぶらつき、教会で物乞いする。彼らが戦い、国が戦争に勝ったから。どうだ?納得の行く人生か?そのような咎を背負わされ、自力で這い上がれる自信がある、とでも?」
その言葉に、レネは目を逸らす。女の痛みは分からなくても、男の痛みは分かるらしい。
「この際だからはっきり言わせてもらおう。たまにはお前ら、誰かの役に立てよ。その大きな頭に、しょうもない性欲の代わりに無欲でも詰め込んどけ。逆に俺に見つかって良かったくらいだ。天に富を積めるチャンスが与えられたわけだから」
三人は互いを見交わした。
「クラリスのことも、目が見えないからと侮っていたのだろう?ところがどうだ、情報をちゃんと掴んで持ち帰って来た。お前たちが思っているほど、他者は弱くない。体の自由度は違っても、心の強さは同じなのだからな」
三人は視線を下に落とす。
「まあいい。別に反省などしてもらわなくて構わん、とにかく俺の命令を聞け。今話したことをそれぞれ家に持ち帰り検討するんだ。話はまた、二週間後に聞く」
三人は肩を落とし、それぞれ帰って行った。
「さてと……」
ロランは窓の外を見渡した。
「クラリスの元に行かなくては、な」
一方その頃。
クラリスはリディと共に、衣装を召し換えられていた。
いつもの華美なドレスではなく、町娘風のワンピースだ。
「街に出るの、楽しみ!」
リディがにこにこと笑う。
「そうね。小銭は持った?」
「持った持った」
「全部のお金の感触、ちゃんと覚えたわね?」
「うん!」
「そろそろロランも来るわ。みんなで一緒に街を歩きましょうね」
「えへへ」
二人は杖を手に屋敷を出る。
クラリスはあの後何度かヴォルテーヌ屋敷を訪れ、リディと歩く練習をした。クラリスが去った後も、リディは使用人と共に杖を頼りに歩く訓練を重ねていたようだ。
そして今日、ようやく街へ繰り出す。
ロランも一緒に。
庭で待っていると、馬車に揺られてロランがやって来た。馬車から降りて来た彼も、いつもの華美な衣装ではなく町民風の服を着ている。
「お待たせ、二人とも」
「あら、ちょうどいい時間に来たわね」
「今日は街中のレストランで食事と行こう」
「わーい!外で食事!」
「……言っておくがリディ。外の食事はこの家で出て来る食事より、相当お粗末だぞ。大丈夫か?」
するとリディは言った。
「味なんかどうでもいいのよ。みんなと同じことがしてみたいの!」
クラリスとロランはくすくすと笑う。
ロランは周囲を見渡した。
「……シリル様は、出て来ないんだな」
「お仕事が忙しいそうよ」
「……ふーん」
その少し引っかかる物言いに、クラリスも思うところがあった。彼女は夫の耳元に囁く。
「実は、ちょっと気になることが」
「……ああ」
「ヴォルテーヌ公爵夫人の話をひとつも聞かないのですが」
「……実は、別の病院で寝たきりになっているらしい」
「そうだったんですか」
「末の子を産んでから、少し精神を病んでしまって……これは内密に」
クラリスが肩を落とすと、それを跳ね飛ばすようにリディが叫んだ。
「何二人でこそこそしてるのよ!街に行きたい!早くー!!」
「はいはい」
クラリスは苦笑いでリディに寄り添い、歩き出した。
ロランもその後をそろそろとついて行く。