23.はたらきたい
隻腕のトリスタンがサミュエル屋敷にやって来た。彼の手には、数枚の紙が握られている。
「ようこそトリスタン。まあ座れ」
トリスタンは恐る恐るソファに腰掛けた。
ロランはトリスタンから書面を受け取る。
クラリスは少し離れた場所で椅子に腰かけ、耳をそばだてている。
「ふむ、君は男爵家四男か」
「一応な。ほぼ捨て置かれているけれど」
「親兄弟は援助してくれないのか?」
「俺を家に置いておくほどの余裕がない。男爵家とは言うが、売られた爵位を格安で買っただけの成り上がり貴族だ」
「ああ、なるほど。領地を持たない類の」
「そういう貧乏貴族の子が騎士の大半だ。だから武勲を上げ、なけなしの爵位に自分の代で裏付けを与えようと躍起になる。その焦りが戦場での活躍に繋がるが、この通り──前線に出たら出ただけ傷を負ってしまう」
ロランはトリスタンを眺めた。金髪に精悍な顔立ちの、美丈夫という言葉がよく似合う青年。腕を一本失ったが、その目には他の傷痍軍人にない光があった。
「なるほど。名誉の負傷というわけだ」
「平和になったら邪魔者扱いだがな」
「いや、私は君に敬意を表す。だから、今から言うことを実行してくれないか」
トリスタンは待つように黙る。
ロランは告げた。
「君が集めた単身者の傷痍軍人は120人。これを5人グループに分けよう。しばらくはその5人で助け合って生きろ。仕事も住居も、その5人で動いてもらう」
トリスタンは苦々しそうに頬を掻いた。
「男5人で?」
「手がない、足がない。皆いろいろと欠損しているが、5人で支え合えば生活が出来る」
「無理だろ。なんで他人と住まわなきゃいけないんだ」
「……好き嫌いを言っているような状況か?」
トリスタンは黙る。ロランは鋭い視線を向けた。
「街で乱暴を働く傷痍軍人が問題になっている。それは、彼らが放っておかれているからだ。5人まとまりで住み、5人まとまりで働きに出れば自然と連帯意識が生まれる」
トリスタンは腕を前に組んだ。
「はー、そういうことね」
「全員騎士だったんだから、団体行動は得意だろ」
「言われてみればそうだな。団体を外れたから、人の目を失ってそいつらが暴れ回っているという側面はあるかも」
「この資料に付け加えて欲しいことがある。肩書だ。軍の中でどういった立ち位置だったのかを書いてくれ。下官ばかりで集まらないよう、ひとクループにつきひとり上官を配したい」
「げーっ。まじかよ」
「暴れ者をこれ以上増やさないようにする措置だ。彼らも先輩には逆らえまい」
クラリスは、どこか興奮気味に話に耳をそばだてている。
「分かった。もう少しみんなの情報を集めて来るよ」
トリスタンは紙を畳んで懐にしまった。
「ところで……」
彼は厳しい表情で続ける。
「俺たちが出来る仕事はもう見つかったか?」
クラリスの表情が不安に歪んだが、
「もちろん」
と、ロランは平然と言ってのけた。
「本当か!?」
「数名の伯爵が名乗りを上げている。もう少し話を詰めようとしているところだ」
クラリスは額を押さえた。
「その話をしたらみんな喜ぶよ」
「してやるといい。少しでも希望が見えれば明日への活力になるだろう。二週間後にまた来い」
トリスタンは浮き足立って帰って行く。
クラリスはそろそろと歩いて行くと、夫の隣に腰を下ろした。
「いいんですか?あんなこと言っちゃって」
「何が?」
「何がって……まだ本決まりではないじゃないですか」
ロランは鼻を鳴らす。
「下衆伯爵共が逃げられない状態にする」
「?」
「断られたところで、傷痍軍人が集結して取り囲めば首を縦に振らざるを得なくなるだろう」
「!」
ロランはクラリスの肩を抱いた。
「かわいいクラリス」
「えーっと……」
「君を傷つける奴は全員この足元に屈服させてやる」
「ロラン……思ったより攻撃的なのね」
「何、大事なものを守るためだ。奴らに上下関係を叩き込む」
「あんまり無茶しないでよ?」
「さて、伯爵に手紙を送るとするか。手紙が返って来るようなことがあれば、伯爵の妻宛に手紙を書こう」
「ロランは悪魔ね」
「どちらかっていうと、いい方の悪魔だ」
ロランはさも楽しそうに笑った。
一週間後。
執事が手紙の束を持ってやって来た。
ロランは封を開け、まず三通の手紙に目を滑らせる。
「……想定の範囲内だ」
更に三通の手紙に目を滑らせる。
「うむ、これで逃げ道は塞いだ。バレたくない夫、夫を追い詰める妻……両者が相互に補完し合い、勝手に袋小路に入って行く」
「ロラン様は悪魔ですね」
「よく言われる」
ロランは机に手紙を投げ出した。
「残らずぶん殴っといたのが良かったようだ」
「動かぬ証拠になりました」
「伯爵くらいの地位だったのもよかった。ちょうど評判を気にするくらいのお家柄だからな。公爵まで行くと、権力で握り潰される」
「……左様で」
「三人まとめて13日に呼ぼう。クラリスはその日、別の予定があるんだろ?」
「はい。お出かけのご予定を入れておきました」
ロランはソファの背にもたれた。
「……13日が楽しみだ」