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15.努力を好きになる

 庭に出て門を目指し歩き出すリディだったが、行き先は右へぐんぐんそれて行く。


 クラリスはロランに問うた。


「私の感覚だと、リディはずいぶん右に向かっているようね?」

「よく分かったな」

「この地面に敷かれているタイルは恐らく、門の方へ垂直に伸びる道のタイル。昼の太陽は真南。庭は南向きに作られることが多いから、そこから見当をつけると……」


 クラリスは門の方を指し示した。


「門はあっち」

「正解だ」

「リディはまだ、そういった法則を知らないのね。だから道を外れてしまう」


 杖の音が遠ざかる方へクラリスは走り寄る。


「リディ。あなたは今、芝生を踏んでいるの。分かる?」

「ええ、分かるわ」

「この家の庭は門まで、タイルで舗装がされているの。その上を歩けば門を出られるわよ」

「えー、そうなの?早く言って?」

「……そういったことも、教えて貰ってないのね」

「そうよ!つい最近まで、お父様は私をどうやって閉じ込めておくかってことばかり考えていたんだから」


 そう言うと、リディはUターンした。


「ええっと、タイルの道……」

「あなたの今向いている方向から10分の方向へ行きましょう。こう言って、通じるかしら?」

「なにそれ、知らない」

「さっき、時計のおもちゃをいじっていたでしょう。あの短針と長針の並びを完璧に覚えればあなたが誰かに方向を指示してもらう時、役に立つわ」

「へー。時計って、時間を知る道具のことよね」

「見方はあなたのお父様に教わるといいわよ」


 リディは外れた道に戻ろうとする。


 戻りながら、ふとリディはひそひそ声でクラリスに尋ねた。


「クラリスは、結婚出来たのよね?」


 思わぬ質問に、クラリスは面食らう。構わずリディは言った。


「ロランって、かっこいい?」


 クラリスはしばし呆然としたが、ふっと笑って答えた。


「ええ、とっても」

「いいなぁ。凄いイケてるボイスじゃん?あの人」

「ふふふ」

「私も結婚出来るかしら……お父様は、出来ないんじゃないかって言うの」


 クラリスの胸は再びきしむ。


「そんなことないわ。私だって出来たんだから、あなたも出来るはずよ」

「そうかなぁ」

「多分、シリル様だってそう思ったから、私を呼んだんじゃないかしら。私が出来たんだから娘も出来る。そうお思いになったから、呼んだに違いないのよ」


 二人は再び道に戻って来た。


 ふと、ロランの声がクラリスの耳に届く。


「普通の女性と変わらないですよ。何も大変なことはありません。案外何だって出来るし、目以外は健康なわけですから」


 ロランはシリルと話し込んでいるらしい。クラリス達が立ち止まっていると、彼らはようやくその姿に気づいたようだった。


「ああ、もといた場所に戻れたみたいだね、リディ」

「ねえお父様。何の話してたのー?」

「大人の話だ」

「ふん、内緒話はいけないんだよ!」

「こら、リディ……!」


 ロランは答えた。


「君のお父様に聞かれたんだ。盲目の妻は大変じゃないかって。でも別に大変じゃないって答えたんだよ」

「本当!?」


 リディの声が弾む。クラリスはじんとする鼻を押さえた。


「ロラン……」

「でも、こうも思う。クラリスの努力があるから、こちらがそう思わされているだけなのかもって」


 リディは胸の前で大人っぽく腕を組み、相槌を打った。


「なるほどなるほど……」

「俺は、彼女のその努力を好きになったのかもしれないね」

「私の努力も、いつか誰かが好きになってくれるの?」

「そうは言い切れないが、可能性は大いにある」

「そっか……」


 リディは庭の道を歩き始めた。


「努力したら、好きになって貰えるかもしれないのね」

「ま、それは目が見えてる人も見えていない人も……そうだろうな」


 そう言いながら、ロランはシリルをちらと見やる。


 シリルの目は真っ赤だ。


 彼自身、とても辛い思いをしたのだろう。娘の目が見えないと知った時は、それこそ地獄に突き落とされた気分だったに違いない。


 しかし、クラリスを見て希望を抱いたのだ。


 自分で歩き、自分で食べ、人を愛し、何かを楽しんで生きている彼女に。


 目が開いていても、顔が半分赤いというだけで、勝手に絶望していた自分のような人間もいるというのに、だ。


 この世は単純で複雑だ。何が幸で何が不幸かの基準は個人の中にしかなく、皆それに振り回されて生きている。

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― 新着の感想 ―
[一言] >「ま、それは目が見えてる人も見えていない人も……そうだろうな」 結子さんの小説を読んでいると、深く考えさせられることが多いです( ˘ω˘ )
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