青空 【月夜譚No.31】
夏になると、早起きをしてカブトムシを捕りにいっていた幼い頃を思い出す。
まだ薄暗い朝靄の中、畦道を進んだ先にある小高い山。木々が鬱蒼と茂ったその場所は、当時の自分にとって宝物の眠る特別な空間だった。
田舎の祖父の家に遊びに行った時だけの、夏休みのほんの僅かな時間。それだけの時しか過ごしていないのに、夏といえば、そこでの思い出ばかりが甦る。
夏なんて、今は暑くて鬱陶しいばかりの季節になってしまったが、子どもの時分には暑さなんて露程も苦にならず、一日中外を駆けずり回っていた。
いつからこんな大人になってしまったのだろうと、ふと頭を掠める時がある。あの頃に戻ることができたならと、埒もなく淋しさを覚えることもある。
見上げた太陽に手を翳すと、自分とは違ってあの時と何も変わらない空が見える。なんて綺麗な空なのだろう。思わず漏れた溜息は、誰にも気づかれることなく空気に溶けた。