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「お兄ちゃん、“密”です!」

作者: 餅角ケイ



 高校はまだまだ休みだが、毎日自宅学習だなんてほんと疲れる。来年なんて受験生だぜ? 大学入試制度もどうなるのか分からないままだし、お先真っ暗だ。だがな……。


 そんなときは、これだよこれ。

 冷蔵庫の前に立ち、俺は口元を緩ませる。唯一の自粛対象外ともいえる「生活の維持に必要な買い物」として購入した、愛すべきコンビニスイーツたち。家族の誰にも取られないよう、ご丁寧に中身の見えない紙袋にひとまとめにしておいたのだ。


 ーーさあ今こそ消費の時!

 俺は冷蔵庫をガバッと開いて躊躇いなくそれを確保した。



 ああそこで悲劇は起こる。


「よぉしちゃんと冷えてる冷えてる……あ!」

 ビールを出すときの父ちゃんみたいなことを悠長に呟いていたら。いつの間にか背後に潜んでいたのかは知らないが、妹が勢いよく俺の紙袋を奪ったのだ。

「ちょいちょいちょい、何すんだよ!」


 妹は俺の大事なお宝を取り上げたまま、片手を腰に当てながら勝ち誇ったような顔でこう言い放つのだった。

「…………お兄ちゃん、“密”です!」

「は?」



 いやいや、なんで急に東京都知事の真似? クラスで流行ってんの? いやいや俺と同じでずっと休校じゃんこいつ。


 妹は、掛けてもいない眼鏡をクイッとやるウザさ満点な動作をやってから例の紙袋をテーブルに置いた。

「それでは“密”の中身をチェックしていきましょう。……まあどうせお兄ちゃんのことですから、『あ〜〜勉強ばっかりで疲れるぅ! スイーツでも食べて頑張ろう!』とでも思っていたのでしょう」

 図星だし、敬語なのも腹立つ。つーかこんな時だけ午前中に起きてくるんじゃねーよ。いつもみたいにツモツモとかやってベッドで適当にくつろいどけよ!


「あのさぁ返してくれる? 言っとくけどあげねーよ?」

 だが一切こっちを向かず、お構いなしに妹は紙袋に手を突っ込んでガサゴソやり始めた。

「無視してんじゃねー」

「『滑らかはちみつプリン』。『はちみつ香るプレミアムクッキー』。『ハニーレモネード』…………」



 ハッとして動きを止めた妹は、やっと俺を見たかと思えば、唾が飛んできそうな勢いで叫び散らす。

「やっぱり3蜜じゃん!!!!!」

「はあ?」

「3つのはちみつ! 3蜜!」

「……3密ってそういう意味じゃねーよ」


 何をどうツッコまれようが、陰気臭い笑みを妹は崩さない。いかにも中2とかが好きそうな暗黒微笑だ。

「やはり私の読みは、あたっていたようだ」

 いや何その口調。最近読んだラノベにでも影響されたんだろうか。

 だが侮ってはいけない。これは警鐘なのだ。いっつもアホ丸だしな妹が急に敬語ベースになるのは、相手に何かを交渉するときの常套手段。決して緩めるな、気を……。



 精いっぱいの渋さを装って妹が切り出してくる。

「お兄ちゃん。いや、Puーさん」

「誰がPuーさんだテメェ! はちみつ大好きだからって決めつけてんじゃねーよ」

「長引く自粛で部活が休みになろうがいつものペースでコンビニスイーツをたしなみ続けるお兄ちゃんのお腹…………。かな〜り、脂肪で満ちておりますね?」

「うっ」

「現にあなたの内臓脂肪、かなり満ちてます。これすなわちお腹に脂肪が“密”です」

「ううっ…………」

 この野郎、結構ズバズバ刺してくるじゃねーか。

「体型までPuーさんリスペクトといったところでしょうか?」

「やかましいわ!」


「そ・こ・で・です!!! 痛っぁ……」

 両手を勢いよくテーブルに叩きつけて自爆しながらも、妹が負けじと声を張り上げる。

「あ?」


「現状は深刻です。これ以上、お兄ちゃんの“蜜で密”な事態を避けなければいけません。そのために…………」

「ああっお前! あっ……!」

 このアホいも、よりによって3つの蜜の中でいっっちばん楽しみにしていたプレミアムはちみつクッキー(1枚入り320円・税別)を遠慮なく口に頬張りやがった!


 他人の咀嚼音って、なんでこんなにイライラするんだろう。終いには、あっけなく胃に落とされていく俺のクッキー。



 ああ、ああ……。

 言葉がない。出てこない。おい妹。お前も13年同じ場所で生きてきたんなら分かるだろ。田舎舐めんなよ? 最寄りのコンビニまでチャリで何分かかると思ってんだ? あ?



 こいつ……。

 わざと俺を煽るように、口をモゴモゴさせながら、空になった袋をヒラヒラ見せつけながら。満面の笑みで蜜を楽しんでいやがる。


「うま〜〜。はいっ、これにてお兄ちゃんの内臓脂肪の“密”は避けられました。これすなわち、お兄ちゃんと蜜との『ソーシャル・ディスタンシング』」

 ドヤァ……と滲み出る余韻。

「お前それ言いたかっただけだろ!」


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