ある男の話 08
アーサーはその少女の腕にしがみついて頼み込んだ。
「お願いだ!俺を仲間にしてくれ!
いや、してください!」
「え?」
アーサーがその獣人の少女にしがみついていると、その横にいた少女のような少年がその手を引き剥がして叫ぶ。
見かけと違って驚くほどの力だ。
「お前!何してやがる!」
この少年はかなり怒っているようだ。
しかし、アーサーも必死だった。
「うるさい!お前なんかに頼んでいない!
俺はこの一級の人に頼んでいるんだ!」
だが、その少女が困ったようにアーサーに答える。
「あの・・・私はその方の奴隷なので・・・」
「え?」
なるほど、言われてよく見ると、その獣人の少女は首に奴隷の首輪をしていた。
アーサーは気が動転するあまり、その事に気づかなかった。
一級の登録証だけに目が行っていたのだ。
まさか一級の組合員が奴隷とは思わなかったのだ。
しかも改めてよく見ると、何と女エルフも奴隷の首輪をしていた。
アーサーは町でエルフを見かけた事はあったが、奴隷になっているエルフなど見るのは初めてだった。
「あ、その・・・すまない・・・」
「すまないじゃないだろう!
お前、俺の大切なミルキィにいきなり抱きつきやがって!
事と次第によっては消し炭にするぞ!」
その少年の怒り方が尋常ではなかったので、さすがにアーサーはたじろいだ。
消し炭にするとは穏やかでない。
しかもこの少年の登録証を見ると、下半分に緑の横線が入っている。
戦魔士だ!
この登録証が何級かはわからないが、この少年が魔法を使えるのは間違いなさそうだ。
ならば本当に消し炭にされてしまう!
「いや、俺もつい焦って・・・」
「焦って?どういう事だ?説明しろ!」
「いや、それは・・・」
そこまで言うとアーサーはその場でフラリと倒れてしまった。
ここ数日の疲れと空腹で体が持たなかったのだ。
倒れたアーサーを見て少年が不思議そうに呟く。
「なんだ?こいつ?いきなり倒れたぞ?大丈夫か?」
「どうやらかなり疲れているようですね?」
「ふうん、このまま道端に放って置くのも目覚めが悪いし、何でこいつがミルキィに抱きついて来たのかも知りたい。
ガルド、こいつを担いでやってくれ」
「かしこまりました。御主人様」
少年にガルドと言われた大男がアーサーを背負う。
「仕方がない。こいつをこのまま組合に連れて行って、気がついたら話を聞くか?」
「そうですね」
「ええ」
そう言って少年一行はアーサーを連れて組合総本部に向かった。
アーサーが目を覚ますと、そこは組合の大食堂だった。
「ここは・・・?」
「目が覚めたか?
ここは組合の大食堂だ」
先ほどの少年がアーサーに話しかけてくる。
かなり機嫌は悪い。
「あ、ああ・・・」
「お前、もしかしたらかなり腹が減っているんじゃないか?」
「あ、ああ、そうだな」
「仕方がない。
そう思って食事を用意しておいてやった。
一食位は奢ってやる。
それを食べろ」
目の前にはミクサードとオレンジジュースが置いてあった。
アーサーは何も言わずに貪るようにそれを食べた。
久しぶりに食べたミクサードはうまかった!
その勢いに驚いた少年がアーサーに注意する。
「おいおい!
腹が減っているのはわかるが、もう少し落ち着いて食えよ?」
少年の忠告も聞かず、アーサーはガツガツと食べてあっという間にミクサードを食べつくす。
アーサーがミクサードを食べ終わり、オレンジジュースを飲み終わると、少年が尋ねてくる。
「さて、腹も一杯になったし、人心地もついたろう?
お前はどうしてミルキィに抱きついてきたんだ?」
「ミルキィ?」
「そこにいる俺の大切な奴隷の名前だ。
ちなみに俺の名前はシノブ・ホウジョウと言う。
お前の名前は?」
「俺の名は・・・アーサー・フリード・・・100番だ」
アーサーが名乗ると、少年の横にいたエルフが軽く驚く。
「まあ、アーサー・フリードですか?」
「何?何か変わった名前なの?エレノア?」
エレノアと言われた女エルフがシノブと名乗った少年に答える。
「いえ、アーサー・フリードと言えば、この辺一体の有名な昔話の主人公で英雄です。
おそらくこの少年の親御さんもそれにあやかってつけたのでしょう」
「なるほど、それはわかったが、最後の100番ってのは何だ?」
シノブ少年の問いにアーサーが答える。
「それはここでの登録者にアーサー・フリードというのはたくさんいるそうだ、
そこで登録した順に番号をふって区別をしているらしい」
「なるほど、それでお前はちょうど100番目のアーサー・フリードって訳か?」
「そうだ」
「それで?そのアーサー・フリード100番が何で俺の大切な奴隷に抱きついたんだ?」
その少年の質問にアーサーは逆に質問をした。
「その前に一つ聞きたい事がある」
「なんだ?」
「お前とそっちのエルフ、それとそっちの男たちの首から下げているのは組合の登録証なのか?」
この少年とエルフは白い陶器でも銅の板でもない、アーサーが知らない銀色の登録証を下げていた。
その上半分にはダイヤのような物がはまり、下半分には緑の線が一本入っている。
下半分から判断すると、どうやらこの二人は戦魔士のようだが、何級かはわからない。
不思議そうに尋ねるアーサーに少年が答える。
「ああ、そうだよ」
「しかし、俺が読んだ一般規約にはそんな登録証は無かったぞ?」
「登録証から察するにお前が読んだのは入門用の一般規約か?」
「そうだ」
「そりゃ、これは特級だからな。
入門用の一般規約には載っていない。
特級の記述があるのは七級以上の正規の一般規約だ」
「特級?何だそれは?」
そんな等級はアーサーは聞いた事がない。
アーサーは不思議に思って、この少年に尋ねた。
「ここの組合の等級には一級の上に特別等級と言うのがあって、その中でさらにまた細かく分かれているんだ。
これは白銀等級と言って、一級の一つ上だ」
「何?白銀等級?
一級の上だって?そんな物があるのか?」
アーサーは文字を読むのは嫌いだったし、特に親しい組合員もいなかった。
組合の掲示板を読まず、誰からも聞かなかったので、特級の存在を知らなかった。
だから一級が1番上ではなく、その上の等級があると知って驚いた。
「ああ、登録者は少ないけどな。
一級の半分もいない」
「何?それじゃそっちの男二人も、その特級なのか?」
アーサーが見た二人の登録証は青銅等級と同じ青銅の板で出来てはいたが、上半分には透明な水晶のような物が埋まっていて、その下には300と書いてある。
そして下半分には、それぞれ魔戦士の証である黄色の線と、戦魔士である緑の線があった。
アーサーはこのような登録証は見た事も聞いた事もなかった。
「いや、あれはジャベック専用等級の準青銅等級と言って、ジャベックに使われる等級だ。
滅多に使われる事はない珍しい登録証だからお前が知らないのも無理はない。
別名「水晶等級」とも言う」
「ジャベック?じゃあ、あの二人はジャベックなのか?」
「そうだ。二人とも俺のジャベックだ」
アーサーはこのような人間そっくりのジャベックを見たのは初めてだったので驚いた。
「こんな人間そっくりのジャベックがいるのか・・・?」
「ああ、これほど人間と区別のつかないジャベックは珍しいぞ」
「その登録証に300と書いてあるが、それはどういう意味なんだ?」
「それはジャベックのレベルを表している」
「レベル?だってその登録証には300って書いてあるぞ?」
「だからこいつらのレベルは300なんだよ」
「な・・・!」
アーサーもジャベックは見た事があるが、それは全てレベル50未満で、大抵は30から40前後だった。
レベル300のジャベックなど聞いた事もない!
驚いたアーサーが少年に聞き返す。
「そんなジャベックが存在するのか?」
「ああ、今、お前の目の前にな」
そんな途方もないジャベックの持ち主であるこの少年のレベルが気になって、アーサーは質問してみた。
「ちょっと待て!
お前のレベルはいくつ何だ?」
「俺か?俺は今は293だ」
「なっ!293だと?
じゃあそっちの獣人の一級の人は?」
「私は158です」
「158?」
「はい」
「そんなレベルの人間は見た事も聞いた事もない」
「まあ、120を超える奴は珍しいからな。
これで納得したか?
で、こっちの質問に戻るが、何でお前はミルキィに抱きついてきたんだ?」
もうこの連中しかいない!
こんな集団は他にいないだろう。
そう思ったアーサーは懇願した。
「お願いだ!俺をあんたたちの仲間にしてくれ!」
「は?何言ってるんだ?お前?」
「だから俺をお前たちの仲間にして欲しいんだ!」
「お前?人の話をよく聞けよ?
俺はお前にうちの奴隷に抱きついた理由を聞いているんだが?」
「それは・・・どこから説明して良いか・・・」
アーサーが考え込んでいると、この少年はため息をついて言った。
「仕方がない。全部聞いてやるから最初から話せ!」
アーサーはシノブ少年たちに話した。
故郷のハーブニアの町を出てきた事。
ロナバールに来て十級で登録した事。
その日のうちに毒消し草を三つ買って、九級に上がってしまった事、
そして現状でどうにもならなくなってしまった事を話した。
話を聞き終わった少年が女エルフに尋ねる。
「どう思う?エレノア?」
「そうですね。これは家を飛び出して組合員に登録して自滅する典型ですね。
特に毒消し草を3つ買って等級を上げる所などは、そのまま過ぎて呆れるほどです。
同情の余地は全くありませんね」
「やはりそうか?」
「そんな・・・!」
「聞いた通りだ。お前の行動に同情の余地はない。
あきらめて自分の町に帰って親父さんに謝るんだな」
「そんな!助けてくれないのか?」
「何で俺がお前を助けなきゃならないんだ?」
「それは・・・」
確かにこの少年たちがアーサーを助ける理由など何もない。
アーサーはそう聞かれて、どう言えば良いのかわからなった。
「話を聞いた限りじゃ、お前の行動は典型的なうぬぼれて都会に出てくれば何とかなるだろうと思って、出てきた馬鹿息子だ。
自分が馬鹿だった事がわかったら素直に家に帰るのが一番だ」
この少年の言う事はわかるし、それはもっともだとアーサーは思った。
しかしそれこそがアーサーの一番したくない事だった。
「それだけはしたくない!
お願いだ!
何とか俺を助けてくれ!
もうあんたがたしか頼る者はないんだ!」
「アホか!
そもそもお前帰れる場所があるってのが贅沢だってわかってないだろ?」
「え?」
アーサーにはシノブが言っている意味がわからなかった。
意味がわからず驚いているアーサーにシノブが説明をする。
「このミルキィなんて生まれ育った村が襲われて全滅したんだぞ?
もう帰りたくても帰る場所もないんだ!
お前、自分の街が襲われて焼け野原になって家もなくなって、家族もみんな死んだと想像してみろ!」
「それは・・」
その話を聞いてアーサーは驚いた。
平和なハーブニアで育ったアーサーは、そんな事を考えてみた事もなかったのだ。
しかし言われてみて、初めてそれを想像するとゾッとした。
今、もしハーブニアが襲われていて、家は焼かれ、両親も兄も、知り合いも全て死んでしまって、町すらなくなってしまったとしたら・・・?
そう考えると、アーサーは恐怖した。
確かに自分はこの少年の言う通り、甘い人生を送ってきたのかも知れないと思った。
「確かに俺が甘かったのかも知れない。
いや、多分そうなんだろう・・・
しかし、俺はやはり出来れば冒険者になりたいんだ。
何か良い方法はないだろうか?」
「ないな!諦めろ!」
アーサーが頼み込んでも、その少年はきっぱりと断り、立ち去ろうとした。




