第五話 無意識の油断
時々、夢をみる。
十年くらい前から同じ夢をずっと。
でも、何かが足りない。
分からないけど、何かを忘れている気がする……
それは、とても大切な……忘れてはいけない事だった気がする……
十年前、俺と怜那と俺達兄妹の実の両親はとある研究所で保護されていた。
拉致されて研究を強制された様に見えるかもしれないが、此処は違った。
研究所の職員は皆んな優しく、決して強制などしなかった。
だと言うのに事件は起こった。
「後ろにガキ共をこちらへ引き渡せ。そうすれば命だけは助けてやろう」
銃を手にした武装集団の一人が要求してきた。
職員は皆殺しにされ、俺達が避難していたシェルターも破られていた。
「子供達を連れて逃げろ!!」
父が立ち向かったが、無理だった。
蜂の巣にされ、もはや誰なのかすら判らなくなってしまった。
「この愚か者の様になりたくなければ、大人しくガキ共を渡せ!」
父を撃ち殺した奴が脅してきた。
愚か者? それはどっちだよ!
当時の俺は怒りの任せ、飛び出しそうになった。
「ダメ! 抑えて!」
背後から羽交い締めをされた。
俺は拘束を解こうと、能力で強化した。しかしビクともしなかった。
「お願い! 私はどうなっても良いからっ、子供達だけでも!」
母が武装集団にそう訴えた。
ダメだ……そんな事したら……
案の定、母も撃たれた。
でも一発だけだった。
気づくと俺の拘束も解かれていた。
そのかわり、足に対能力者用の手錠がつけられていた。
「ごめんね、響。でも大丈夫!あとは────にまかせて!」
よく聞こえない。
あの人は誰だっけ?
とても……大切な人だった気がする……
「────っ!」
あれ? 俺は今なんて言った?
ダメだ、思い出せない。
あの人は誰だ……
────────────────────
目が覚めた。
此処は何処だろう?
知らない天井だ。
少し体を起こして辺りを見回すてみると、そこは病院のベッドだった。
カーテンの隙間から外を見ると既に真っ暗だった。
何故ここに俺がいるのか思い出してみた。
そうだ、警備員が駆けつけてきた後に能力の反動で倒れたんだ。
それで、その後病院に運ばれて……そして……
「また、あの夢……」
また見てしまった。
何か忘れている気がする。
だが以前、怜那に聞いてみたが記憶は全て一致していた。
つまり、俺が忘れている気がするというのは気の所為ということになる。
……そういえばお腹の辺りに何か乗っているな。
「ムニャムニャ……お兄ちゃーん」
怜那だった。
夢にうなされていたのか、手まで握ってくれていた。
よく見ると目元に少し隈も出来ている。
徹夜で看病してくれたのだろうか?
「ありがとう。怜那」
怜那の頭を撫でながら礼をした。
普段はふざけて寝床に侵入したり、抱きついてきたり変な事言い出したりする子だけど、なんだかんだで俺の為を思って行動してくれているのかな?
俺が体調を崩した時とか、代わりに家事をやって色々と失敗してたっけ。
結局、後で俺がやる羽目になったけど、中々譲ってくれなかったなぁ。
「エヘヘ……そんなとこ触っちゃ駄目だよぉ〜お兄ちゃん」
笑顔でトンデモナイことを言ったな……
一体どんな夢を見てんだコイツ!
……でもコイツがこんなだから俺はしっかりしようって思えたのかな?
今さらだけど
「本当にありがとう。怜那」
ウザイときもあるけど、優しい妹を持てて幸せだな。
……おや?
なんか腰の方に手の感触が……って
いつの間にか腰に抱きついてきやがった!
「お兄ちゃん大好き〜……ムニャ……」
俺は離れようとしたが、更に締め付けが強くなる。
コイツ絶対起きてるよ!
解こうにも妹に乱暴したくないからあまり力が入れれない。
その時、病室の扉が開かれた。
「如月君! 目が覚め……たんですか」
神嵜さんが入室してきた。白い目で俺を見ながら……
ちょっと怖いです。神嵜さん。
「如月君……一緒に警察行きますか?」
笑顔でそんな事言わないで下さい。
それと誤解です。
「えっと……いや、これは違うからね? ご、誤解です!」
何だろう……この逆に怪しい返答は……
神嵜さんはそれを聞いて、なんかニヤッてしたし。
……え?
「ごめんなさい、冗談です。あんなに慌ててたから少し面白くてつい……」
そう言って神嵜さんはごめんなさいと頭を下げた。
よかった。冗談だった。
でも笑えない冗談は心臓に悪いよ? 神嵜さん。
心の中ではそう思ったが、口には出さなかった。
だって教室では見ない、心から楽しそうに笑ってたから。
「では改めて……如月君。昨晩は本当に、ありがとうございました。」
神嵜さんは突然、俺に向かって頭を下げた。
えっと……昨晩って、もしかして襲撃事件のことか? もう一日経ったのか。
というか何故、神嵜さんがここに? 目が覚めてから来たには早すぎると思うけど……
「実はさっきまで、私も病院室に居たんですけど飲み物が切れたので買いに行っていたんです」
言われてみると右手にはペットボトルの入ったビニール袋が握られていた。
そして床にはボストンバックが二つ置いてあった。
これって……
俺の目線に気づいたのか、片方をこちらへ持ってきてくれた。
「これは如月君と怜那さんの着替えが入ったカバンです。あそこに置いてあるのは私のなので間違えないで下さいね」
神嵜さんも泊まっていたのか。
もしかして負い目を感じて無理をしているのではないかと心配した。
俺は気にしていないのに……
俺がなんて言葉をかけたら良いかと考えていたら、神嵜さんが先に口を開いた。
「ごめん。私、みんなに隠している事があるの」
神嵜はゆっくりと告白し始めた。
隠し事……ってもしかして瞬間移動のランクの事か?
気付いた事が顔に出てたのか神嵜さんは俺を見て、やっぱりねと苦笑いをした。
「こんな事を頼むのは図々しい事だというのは分かってるけど、それでもお願いします。みんなには黙っておいて下さい」
なんだ、そんな事か。
なら拒否する理由なんてないな。
「わかった。絶対に他人なは漏らさないよ」
俺は承諾した。
もともとバラす気なんて無いけどね。
「え? 良いいのですか? 本当に?!」
ここで嘘ついてどうすんのさ。
もしかして俺、信用無い?
「本当。絶対にバラさない」
でもどうして、そんなに伏せておきたいのだろう? 何か凄い事でもあるのかな?
例えば、隠されし闇の力が! とか?
……いや何考えてんの俺。
「如月君、本当にありがとうございます。命を助けて貰っただけでなく、秘密も守ると約束してくれて……私はまだ何も返せてないのに」
俺はお返しが欲しくて助けた訳じゃない。
だから、気にして欲しくない。
俺としては普段どおりに接してくれるだけで満足なのに……
なんか……やだな、こういうの。
いっそ任務だからって言って突き放そうかな……ってダメだ。俺の首が飛ぶ。
「そこまで気にしなくてもいいって。俺が勝手にやった事なんだから」
感謝されるのは嬉しい。でも、負い目を感じられるのは嫌だな。
負い目を持たれるくらいなら恨まれた方が……は言い過ぎか。
でも、どうしたら……
「じゃあ、せめて一つで良いから返させて下さい。私に出来る事なら何でもしますから!」
ん? 今何でもするって……
「あ、でも何でもって言っても……エッチな事はちょっと……でも、如月君がどうしてもって言うなら……む、胸を見せるまでなら……」
最後の方、涙目じゃないか!
無理すんなよ。ったく……
これだと何か命令しないと引き下がりそうにないな。
でも神嵜さんって意外と頑固だったんだな。
「はいはい、わかったから落ち着け。そこまで言うなら一つだけお願いします」
それ聞いた神嵜さんはホッとしつつも、少し怯えているように見えた。
そして俺も面と向かって言うのが、少し恥ずかしい。
時間が経てば経つほど、神嵜さんが不安そうにする。
ここは神嵜さんのためにも言うしかない!
「俺と……と、友達になって下さい!?」
何を言ってんだ俺!?
別に間違えたわけじゃ無いけどさ!
友達になりたいのは事実だし。
けど友達になっては無いだろ……
もうちょっと何かマシなの考えろよ……
「……へ? と、友達?」
うん、驚くよね。
俺も初めて言ったもん。
やっぱ迷惑かな?
「あははははー。ごめん、迷惑だよね……やっぱ今のn」
俺が取り消そうとしたが神嵜さんに阻まれる。
「わかった。あ、改めてよろしく、如月君!」
顔を真っ赤にしながらもOKしてくれた。その証拠に、敬語をやめて握手すら求めて来た!
「ありがとう。こちらこそよろしく、神嵜さん。あと、女の子が『何でもする』とか言っちゃだめだよ?」
俺も握り返した。
こんな友達の出来方は二度と無いだろう。
うん……なんかパッとしないけどいっか。
神嵜さんは嬉しそうだし。
「ううん……あ……お兄ちゃんだー。おはようー」
妹が起きた……って寝てたんかい!
心の中で突っ込みをしてたとき、違和感がした。
あれ? 微かだけど足音が聞こえる。看護師かな?
と思ったがその正体は予想外の人物だった。