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星の海で会いましょう  作者: 慧桜 史一
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火星圏遠征編3

 マーズ・ラグランジュ・ポイント1へ出発する日がやってきた。パイロットは全員がスペース・トルーパーに搭乗している。

 これから出撃すると言うわけではなく、初期加速時に安全に着席できる場所であるためだ。

「いよいよだね。ヴァレリー。」

 俺は表情を引き締めながら言った。以前にグレック軍曹が言っていた通り、USはクサヴェリーの存在を許さなかった。だから俺たちはこれからクサヴェリーの居るマーズ・ラグランジュ・ポイント1へ向かうことになる。間接的とは言え最後にクサヴェリーと関わったのが<ルナ>戦争だ。あれから1年半の歳月が経っていた。

「はい。でもまだ目的地まで半年ありますからね。」

 ヴァレリーは少し窘めるように言った。以前ヴァレリーが予想した通り、時間稼ぎの為に火星圏へ逃げたとしたら、果たしてこの2年と言う年月は時間稼ぎになったのだろうか?

 そしてこの2年でクサヴェリーは、また新たな何かを画策しているのだろうか…。


 1年半の準備期間はUS軍にも与えられた時間だ。今回の作戦に参加する艦船は大型補給艦『リオ・グランデ』と『プレジデント』級航宙母艦4隻、『アパラチア』級巡宙艦4隻の9隻からなる艦隊だ。

 スペース・トルーパーの参加総数120機は<ルナ>戦争の規模と遜色がない。マーズ・ラグランジュ・ポイント1にどれだけの軍勢が居るかは不明であるが、これより多いとは思えなかった。USにとっても十分な準備期間だったと言えるだろう。

 一応の建前は<ルナ>戦争の首謀者とされるクサヴェリーを討つことだ。USは再三、ユーラシア連邦へ身柄の引き渡しを求めた。が当然返信はなしのつぶて。そこでUSは止む無くマーズ・ラグランジュ・ポイント1に潜伏しているクサヴェリーに向けて軍を派兵するという筋書きだ。

 USの本音としては、火星圏への進出を先を越されたため、巻き返しを図りたいのだろうが…。俺はそこで違和感を感じた。なんだろう…?


 しかしそこで思考を打ち切るように警告音が鳴りアナウンスが始まった。

≪本艦はこれより初期加速を行います。総員速やかに配置に着いて下さい。繰り返します。本艦は…≫

「グレン。初期加速が始まります。」

「あ、あぁ…。了解。各部チェック開始。」

「各部チェック始めます。」


 現在、全ての艦船が連絡通路を通じて『リオ・グランデ』と接続されており、人の往来が可能となっている。『リオ・グランデ』を中心に周りに艦船が張り付いている状態だ。さながら1つの巨大な艦船のような状態になっている。

 当然作戦行動時や有事の際は各艦船が『リオ・グランデ』と切り離されて行動することになるが、目的地付近まではこの形態で進んで行く。

 合体した艦船群はルナ・ラグランジュ・ポイント2付近から専用のタグボートで牽引され、タグボートの外部バーニアを使用し初期加速を行う予定だ。その後はそれぞれの艦のメインバーニアを連動させながら更に加速していく。


「各部チェック。完了。オールグリーン。」

「了解。コネクト開始。」

「コネクトを開始します。」

 俺は初期加速に対する準備を始めた。視界はコックピットの前に座るヴァレリーから、薄暗いスペース・トルーパー格納庫内へと映し出した。

 コネクトしたのは、コネクト状態の方が加速重力を感じないからだ。実際の肉体はちゃんと重力を受けているがコネクト状態であれば、ホワイトアウトなどが発生しない。

≪カウントダウンを開始します。600秒前。≫

 そしてカウントダウンが開始された。出発してしまえば1年間は帰ってこれない旅程だ。

≪10秒前、9、8…≫

 カウントダウンは刻々と進んでいく。俺は自宅がある<シリンダー>に向かい小さく

「行ってきます。」

と呟いた。あの事件以来、一度も実家には帰っていない。

≪…3、2、1、発進します。≫

 アナウンスが終わるや否や加速が始まった。進行方向である横から重力が容赦なく襲ってくる。しばらく耐えていると段々と重力が緩んできた。


「コネクト解除。」

≪コネクトを解除します。≫

 かなり重力が緩まった頃、俺はコネクトを解除した。

「シミュレーションの時間までまだあるな。部屋に戻って課題でもしてくるよ。」

「わかりました。シミュレーションの30分前にアラームが鳴るようにしておきます。」

「ありがとう。頼むよ。それじゃあ、また後で。」

 俺は『ヘーニル』から降りると、『リオ・グランデ』にある自室に向かった。


 航宙母艦と『リオ・グランデ』とを繋ぐ連絡通路を通り抜け『リオ・グランデ』に入った。居住区には全船員に部屋が割り当てられている。ただかなり狭いので、戦術AIたちの待機場所はスペース・トルーパーのコックピットとなっている。原則ヴァレリーたちは『リオ・グランデ』には入れない。

 部屋に戻ってきた俺は課題を始めた。この課題は士官学校で取得できる単位と互換性がある単位が取得できる通信制のもので、気を利かせたクリストフが調べてきてくれたのだ。人を人とも思わない性格だと思っていたが、案外俺には気を遣ってくれているようだ。

 しかし俺は士官学校へ行かず、もうこのまま軍属でも良いのではないかと考えていた。

 士官学校を卒業すると言うことは将来の幹部候補生である。幹部候補は昇進が早く、早々に現場から離れる事になる。パイロットは尉官でなければなれない性質上、比較的長期間に渡って現場に居られるがそれにも限度がある。

 今の俺はできるだけ長くヴァレリーと一緒に居たいと願っている。だからもうこのままでも良いのではないかと考えているのだ。

 しかし折角クリストフが教えてくれたのだ。単位だけは取ろうと課題を進めた。


 課題がかなり進んだところでアラームが鳴った。これからの日課になる部隊シミュレーションの時だ。俺は『ヘーニル』に向かうべく部屋を出た。

 パイロットに課せられた仕事はこのシミュレーションとトレーニングジムでの肉体トレーニングのみだ。それ以外は待機となるのだが、俺は単位のための課題があるが他のパイロットたちはどうやって時間を過ごすのだろうか。

 少し気になったのであとで皆に聞いてみよう。何しろ時間はたっぷりあるのだ。

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