火星圏遠征編2
クリストフとの約束からすぐに作戦が発令されとる思っていたが、新学年が始まってもしばらくは発令されることはなかった。そして3か月が経った頃に作戦の発令が通達され、俺はクリストフとの約束通り火星への遠征へ参加することになった。
作戦が発令されたことにより、隠れて進められていた準備はオープンになり速やかに進むようになったようだ。しかし火星圏での作戦行動は軍としても初めてのこととなるため慎重に進められることになっていた。地球圏からの出発は更に9ヵ月後、俺は士官学校附属高校を卒業後となり大変助かるスケジュールとなっていた。火星との距離が一番縮まるのがそのタイミングらしく、俺は火星の公転周期に感謝した。
そして俺の所属部隊も決まった。アスク部隊のスヴェン隊だ。メンバーは以前とは変わっているとのことだが、隊長と顔見知りと言うだけで心強かった。
そして俺は3年の中で最も平穏な士官学校生活を過ごし、士官学校附属高校を無事卒業した。
「あれが噂の『リオ・グランデ』か。」
「大きいですね。」
「あぁ…。」
俺とヴァレリーは『ヘーニル』に乗り、ルナ・ラグランジュ・ポイント2付近で行われている演習に参加していた。早いもので火星圏への出発まで1週間を切っていた。
『リオ・グランデ』と呼ばれた艦船は、航宙母艦よりも更に大きかった。今回の作戦行動のために建造された大型補給艦だ。
その中には疑似重力を発生させる居住区があり、さながら移動できる『シリンダー』や『コンスタンツ』と言ったところのようだ。
マーズ・ラグランジュ・ポイント1までは片道約6か月と長期間の移動が必要となり、作戦行動全般を鑑みると帰還まで一年以上の月日が必要となってくる。現在の軍の艦船はそのような長期間の作戦行動を想定して造られていないため、様々な問題が発生することが予想された。
例えば長期間の無重力状態による兵員への健康問題であったり、酸素や燃料、弾薬などの必要不可欠な消耗品の補給であったり、その問題も多岐に渡る。
そう言った様々な問題を一手に解決するために『リオ・グランデ』は建造されたと聞いている。遠征に関わる全艦船の改修も大幅に削減できたとのことだ。
『リオ・グランデ』は既に3か月のテスト航宙を終えて、集結地点のルナ・ラグランジュ・ポイント2で最終調整を受けている。従来の宇宙港には入らない大きさのため、外に係留されており、演習ポイントから見えているのだ。
《スヴェン5。『リオ・グランデ』ばかり見てないで、こっちの演習にも集中してくれ。》
「スヴェン・リーダー。失礼しました。」
《気持ちはわからんでもないがな。こちらもかなり壮観だぞ。》
演習は火星遠征に参加する全てのスペース・トルーパーが参加している。総勢100機を超えるスペース・トルーパーが参加する演習は確かに壮観だった。
火星圏へ出発してしまえば実機を使った演習はできない。持って行ける推進剤に限りがあるからだ。当然火星での補給もできない。シミュレーターを使った演習は可能だが、これほど大規模なものは難しいだろう。
《スヴェン・リーダーから各機へ。もう一度フォーメーションの確認を行う。》
「了解。」
《了解。》
「コネクト解除。」
「コネクトを解除します。お疲れさまでした。」
「ヴァレリーもお疲れ。」
演習が終了し、航宙母艦へ帰投してきた。格納庫内には『アスク』が並んでいる。全てが見えるわけではないが、この航宙母艦には29機の『アスク』が積まれている。増産され大分数が増えてきたとは言え、まだ配備が行き届いたわけではない。特に『アスク』はパイロットの育成のノウハウがまだ手探りなところもある。しかしそんな貴重な『アスク』を30機近く投入していると言うことは、作戦本部は今回の作戦行動が一筋縄では行かないと考えていることの証左だろう。
「果たしてクサヴェリーに勝てるだろうか。」
結局クサヴェリーには2年もの年月を与えてしまった。それが長かったのか短かったのかはわからない。だがこの作戦でクサヴェリーを討つことができなければ、奴は更なる災厄を振り撒くだろう。それだけは止めなければならない。
それに演習中に感じたことだが、以前ほどの鋭敏な感覚が失われているように感じたのだ。それはこれからクサヴェリーと雌雄を決しようとする今は致命的に思えた。
「きっと大丈夫ですよ。」
ヴァレリーが俺の手をそっと握りそう言った。
「ヴァレリーに取って、クサヴェリーは親だろう?覚悟はできているの?」
「はい。でも私の今のパートナーはグレンですから。パートナーと生きて帰るのが戦術AIの本懐です。だから私はグレンと再び帰ってきます。」
「ありがとう。ヴァレリー。」
作戦前で少しナーバスになっていたようだ。ヴァレリーに話したおかげで少し気持ちが楽になった。
「少し弱気になってたみたいだ。大分実戦を離れていたからかな。」
<ルナ>大戦以降、大きな戦闘は行われていない。<ルナ>は完全にUSが掌握しているので尚更だ。また学業を優先していたので宙賊討伐などもしていなかった。週に1度の哨戒業務と授業の演習以外ではスペース・トルーパーもほとんど触っていなかった。
平和だったことの代償として自分の感覚が鈍ってしまったのは皮肉なことだ。そしてその感覚のズレが今回の演習に参加したことで、不安となって噴出してしまったようだ。
「これは鍛えなおさないとダメだな。幸い火星までは遠いからその間にシミュレーションでなんとかしよう。」
「そうですね。頑張りましょう。」
目標ができたことで火星までは退屈せずに済みそうだ。なんとしても<ルナ>戦争直後のあの感覚を取り戻さなければならない。




