帰郷編5
俺たちはグレック軍曹に付き添われて<サークル>内にある防衛隊の基地まで連れて来られた。ここにやってくるのも1年ぶりだ。基地に入り部屋までの道すがら、俺は疑問に思っていたことをグレック軍曹にぶつけた。
「実家の方もちゃんと護衛は居るんでしょうね。」
俺が軍へ入る交換条件として実家の両親の安全を保障して貰っているはずだ。
「それは勿論万全さ。ただグレンとヴァレリーまでとなると人員が足りなくてね。」
「俺たち2人が増えただけで?」
俺が訝しむと
「君の想像を超えて君たちの価値は上がっているんだよ。まぁ明日になったらわかるさ。」
そう言いながらグレック軍曹は肩をすくめた。
「と言うわけで明日は事情聴取をする。迎えに来るまで部屋に居てくれ。」
グレック軍曹はそう言い残して部屋を出て行った。ふと時計を見るととっくに日付が変わっていた。
「寝るか。」
「そうですね。もう休んだ方が良いと思います。」
ヴァレリーにも賛成され、俺は休むことにした。
「起きてるか?」
翌日グレック軍曹が迎えにやってきた。
「起きてます。」
昨夜は結局あまり眠れなかった。興奮状態だったからなのかナノマシンのせいなのかはわからない。少しまどろんだところでグレック軍曹が迎えにやってきたのだ。
「あまり休めなかったようだな。」
「少しは寝ましたよ。」
「そうか。じゃあ事情聴取に行こうか。」
俺たちはグレック軍曹の後に付いて行った。廊下を歩きながら
「腹が減ったんですけど。」
とグレック軍曹に抗議すると
「部屋にパワーバーを用意してある。事情聴取と言っても確認だけで終わる予定だ。」
との答えが返ってきた。
「ならいいです。」
朝食の心配が要らなくなったので俺の足取りは軽くなった。
「ここだ。」
連れて来られた先は奥まったミーティングルームだった。部屋には既に一人の男性が居た。年齢は20代だろうか。男性は俺を見るなり立ち上がり敬礼してきた。
「こいつは部下のマックスだ。事情聴取に参加する。」
「マックス上等兵です。グレン准尉にお会いできて光栄です。」
俺も軍人の端くれなので答礼を返す。
「そんな大袈裟な。ただの学生ですよ。」
「いえ!貴方は<ルナ>戦争の英雄です!」
あまりの勢いに俺は気圧されてしまった。
「昨日も言ったが、君が思っている以上に大物になったんだよ。」
「でも最後は月面に転がっていただけですよ。」
俺が謙遜すると
「いえ、公式スコアで20機ものスペース・トルーパーを撃墜しているんですから、まさにエース・オブ・エースですよ!」
とマックス上等兵から捲し立てられた。年上にこんなに褒められると面映ゆい。
「まぁ、立ち話もなんだからとりあえず座って飯でも食おう。」
グレック軍曹に促され俺たちは着席した。そうするとマックス上等兵がパワーバーとアルミパウチの飲み物を出してきた。
「いただきます。」
俺は適当にパワーバーと飲み物を選んだ。グレック軍曹とマックス上等兵もそれぞれパワーバーと飲み物を選んで食べ始めた。俺もそれに続く。
「それにしてもよく生きて帰ってこれたな。」
食事を終えるとグレック軍曹は、手元の端末を操作しながら物騒なことを言い出した。
「どう言う意味です?」
俺は意味が今一つわからなかったのでグレック軍曹に問うた。
「その筋では有名な殺し屋だからな。<サークル>内で狙撃なんて大道芸みたいなもんなのに成功率が高くて有名だったんだ。狙撃されたのによく生還できたなってことさ。」
<サークル>は回転することで人口重力を発生させている。狙撃銃はソニックブームを出さないように音速を超えない速度で射出されるため、<サークル>内で狙撃すると着弾する際には相当ズレが発生するのだ。それを補正しながら当てていると考えれば、確かにそれだけで凄腕と言えるかもしれない。
あの時は俺は何かを予感して回避行動を取ったが、そうしていなければ傷は胴のど真ん中だったであろう。
「確かに避けてなければ即死だったかもしれませんね。」
俺がそう言うとグレック軍曹はぽかんとした顔をし、マックス上等兵の目は輝きだした。
「避けた?外れたではなくて?」
グレック軍曹は念を押すように確認してきた。
「あの時空気を切り裂くような音がしたんですよね。なんかヤバいと思って、その場から動いたら脇腹に穴が開いたんですよ。」
「凄い。並みの反射神経じゃない…。」
マックス上等兵は恍惚とした表情をしていた。この人ヤバいんじゃないだろうか…。
「そんなことより今回はユーラシア連邦は絡んでないんですか?」
俺がやや強引に話題を変えた。なんとなくこの話題は藪蛇な気がしたからだ。そうするとグレック軍曹も何かを悟ってくれたようで話題転換に乗ってくれた。
「殺し屋はプロらしく依頼人を吐いていない。ただ金で動くからな。奴らユーラシア連邦を依頼主と知らず、いくつものダミーを経て依頼を受けている可能性もある。」
「要するに分からないってことですね。」
「君が大物になりすぎてミドル・イーストに命を狙われてもおかしくないってことさ。」
いつも間に俺はそこまで大物になったのだろう。本人にはその自覚がまったくなかった。
「そうだ。忘れないうちにこれを見せておこう。」
グレック軍曹が端末を操作して壁面モニタに何かを映し出した。何かの集会のようだ。広場に沢山の人がひしめき合っている。そして壇上の一人の顔が大写しになったところで映像は止まった。
「クスタヴィ…。」
モニタに映った人物を見て、ヴァレリーがぽつりと呟いた。
「これがあの…。」
そこに映し出された人物はとても40歳を超えているとは思えない若々しさだった。それはナノマシン強化のレベルが3を超えていることを意味している。
「これが最新のクサヴェリー大尉の姿だ。場所はマーズ・ラグランジュ・ポイント1。彼は今火星圏に居る。」




