帰郷編3
俺とヴァレリーは<シリンダー>の端にほど近い公園にやってきた。手を繋ぎ肩を寄せ合っている姿は一見すればデート中のカップルに見えなくもないだろう。
しかし2人が手を繋いで行っていたのは声を使わない通信のためで、話している内容は剣呑そのものだった。
(近くにいる工作員と思われる候補者は何人居る?)
俺が思考するとその内容に対して直接脳内に響くようにヴァレリーの声で回答が返ってきた。
《3人にまで絞れました。全員が同じ組織かは不明。》
スペース・トルーパーを操縦するためのイメージ・フィードバック・システムは、人間の思考をナノマシンを介して手から送受信する技術だ。
普段コックピットではコネクト状態であるが、声を出して音声認識でヴァレリーに指示していると思っていた。しかしどうやらそれだけではなく、イメージ・フィードバック・システムを介しても思考がヴァレリーにも届いているらしい。普段はスペース・トルーパーを介して行っている通信を今は手を繋ぐことでダイレクトに行っている状態だ。
何故このような状況になったかと言えば、ダニーとネイトの2人と食事をしていたファスト・フード店で情報端末にメッセージが入ってきたことが原因だ。
《他国工作員の潜入の可能性あり。狙いはグレンかヴァレリーと思われる。 グレック》
懐かしの諜報部員からの情報だったが、その内容はまったく嬉しくない内容だった。とりあえず友人たちと市街地に居る多数の市民を巻き込まないため、人が少ない公園に移動したのだ。
返信でグレック軍曹へはこの公園へ移動する旨は伝えてあるが、それに対してのリアクションは特に返ってきていない。あとグレック軍曹がどうやって俺の端末番号を知っているのかと言う問題はあるが、相手はUS軍の諜報部員であると考えればそれほど不思議なことではないのかもしれない。。
黄昏時のこの公園にはほとんど人が居なかった。それもそのはずでそろそろ<シリンダー>の採光ミラーが閉じて夜の帳が降りる頃だ。薄暗い公園は危険が多いため、堅気の人間は近づくことはない。巻き込む人数は最低限に減らせたはずだ。あとはこの公園は港と反対方向にあるため、工作員たちが脱出するためには、かなりの距離の移動を強要される。それは工作員の脱出成功率を下げるのに有効な手段であると考えたからだ。
あとはグレック軍曹次第だが、俺はグレック軍曹をかなり信頼していた。きっと上手く対処してくれると信じていた。
《2名が動きました。取り囲まれます。》
ヴァレリーの警告後、直ぐに右手の森から人影が1人踊り出てきた。帽子を目深に被っており、顔はよく見えないが立派な髭を蓄えている。
左を見ると頭に頭巾のようなものを被った女性が立っていた。そして背後には正面の男より少し大柄な男が立っていた。こちらも帽子を被っており、サングラスを掛けていた。服装は民族衣装っぽくあまり見たことがない格好だ。
「グレン准尉だね。」
誰何の言葉が正面の男から発せされた。発音は流暢でネイティブと言っても差し支えないだろう。
(諜報部の動きは?)
《公園に対して警備ロボットの出動要請がなされたようです。》
警備ロボット?警察が管轄するそれは対テロ武装と言っても過言ではなかった。結構な武装集団だと言うことだろうか。
相手はこちらの沈黙を肯定と受け止めたのか更に話を続けてきた。
「そのガイノイドを渡して貰おうか。」
正面の男は腕を曲げてこちらに向けている。男の民族衣装っぽい服装は長袖で袖口が大きく広がっていた。袖も長く手先は見えない。恐らく銃器をこちらに向けているのだろう。後ろの男も同様の体勢であったので、銃器を上手く隠せる民族衣装なのかもしれない。
左手側の女性は小さなバックのようなものをこちらに向けている。どう言う物かはわからないが武器なのだろう。
「どうなんだ?渡すのか渡さないのか?」
銃器を持っていると思われる腕を振り、生殺与奪を握っていることを強調しながら返答を促す。ヴァレリーが必要であるのに、姿を晒した事に違和感を感じた。拉致するのであればもっと他の方法がありそうだからだ。
そう考えた次の瞬間風を裂くような音が聞こえた気がした。俺は咄嗟にヴァレリーの手を振り解き身体を捻った。左脇腹がカッと熱くなり、もんどり打って地面に倒れた。
「ぐっっ・・・。」
熱いのか痛いのかもよくわからない。押さえた左脇腹からはドクドクと脈打ち血が滴り落ちた。
「グレン!」
ヴァレリーが咄嗟に俺に覆い被さる。右手で俺の手の上から更に脇腹を押さえて圧迫止血を試みる。左手は俺の手を握っていた。
《狙撃です!私の目を見て下さい!》
ヴァレリーの悲痛な叫びに俺は必死に顔を上げてヴァレリーの目を見た。すると脈打っていた傷口は嘘のように収まり流血が止まった。
《ナノマシンを使って止血と沈痛をしました。しかし一時的なものなのですぐに治療が必要です。》
ヴァレリーの能力でナノマシンへ止血するための指令を下したのだろう。沈痛効果は完全ではなく多少の痛みはあるが先ほどまでの痛みとは段違いだ。
すると周囲からサイレンの音が鳴り始めた。遠くから砂埃が見える。警備ロボットがこちらに向かってきているようだ。
工作員たちは俺にわからない言葉で何かを喚いている。ヴァレリーは俺に覆いかぶさりながら工作員たちに提案した。
「グレンにこれ以上危害を加えないなら、貴方たちについて行きます。」
ヴァレリーの提案に3人は一言二言を言葉を交わし、
「わかった。」
と答えた。女が通信機器で誰かに連絡すると
「来い。」
と大柄な男がヴァレリーの手を引き走り出した。他の2人もそれに続き走り去って行った。
俺だけがその場に取り残された。約束は守られたらしく、狙撃手からの2射目もなかった。俺は自分の血溜りの中で警備ロボットの到着を待った。
手を離す最後の瞬間、ヴァレリーがこう言っていた。
《大丈夫です。助け出されるのを待ってますから。》
程なく完全武装の警察官と警備ロボットが到着した。俺を見た警察官たちは慌しく救急救命の手配を始めた。そしてひょっこりとグレック軍曹が現れた。
「酷い出血だが、大丈夫か?」
「とりあえず血は止まってます。」
「・・・そうか。」
グレック軍曹は辺りを見回して不思議そうな顔をしたが、少しほっとした様子だった。
「ヴァレリーは大丈夫でしょうか。」
俺がグレック軍曹に尋ねると、
「追跡中だ。見失っていないようだからすぐに捕まるさ。」
と頼もしい返事が返ってきた。
「よろしく頼みます。絶対に見失わないで下さい。」
「任しとけ。港も完全に封鎖する。逃げ場なんてないさ。」
グレック軍曹のその言葉に俺はほっとしたのか意識を手放した。




