帰郷編2
朝、目が覚めた時に見慣れた天井が目に入った。そう言えば実家に帰ってきているのだった。脳がそう認識するまで暫く時間が掛かった。
いつもなら6時間ほどの睡眠時間で目が覚めるのだが、時計を見ると8時間近く寝ていたようだ。やはり実家の寝床は寝易いのだろうか?
「おはようございます。グレン。」
スリープモードで充電していたヴァレリーも起きてきたようだ。
「おはよう。ヴァレリー。」
俺はヴァレリーに挨拶しながら寝床を出ると服を着替えた。
「おはよう。養母さん。」
「おはようございます。副社長。」
リビングで養母さんが1人でニュース番組を見ていた。
「おはよう。グレン、ヴァレリー。グレンは何か食べる?」
「お願いできるかな?」
「えぇ。勿論。」
俺たちはそのままダイニングへ移動した。勝手知ったるダイニングで、コーヒーメーカーにカップをセットし、いつものカフェ・オ・レの設定を呼び出す。コーヒーメーカーは自動でカップにカフェ・オ・レを注いでいく。
「養父さんは?」
俺はカップ片手に食卓に着くと養母さんに聞いた。
「シャワーを浴びてるわ。もう出てくる頃よ。」
養父さんは朝までぐっすり眠ったようだ。次は何時出港なのだろうか。流石に今日ではないと思うが・・・。
「養父さんは次は何時出発するの?」
「明後日の昼ね。昨日帰ってきたばかりだったのよ。」
俺はとても良いタイミングで帰ってきたようだ。
「はい。お待たせ。」
養母さんが俺の前に朝食を置く。それは毎日食べていたお決まりのメニューだったが、この1年食べていなかった俺に取ってはごちそうだ。
「いただきます。」
俺が朝食と食べていると養父さんがシャワーから出てきた。
「おはよう。養父さん。」
「おはよう・・・。」
養父さんは昨日の飲み過ぎたせいか調子がよくなさそうだ。
「いつまで実家に居られるんだ?」
昨日も言った気がするが覚えていないのだろう。今仕入れた新しい情報と伴に伝えておく。
「5日だね。養父さんが出港するまでは居られるよ。帰ってくる頃には<ルナ>に帰ってるけどね。」
「そうか・・・。」
士官学校が再開されるのは来週だ。養父さんが帰ってくるのは早くて6日後なので流石に会えない。
「グレン。今日の予定は?」
養母さんが養父さんに朝食とコーヒーをついで席に着きながら聞いてきた。
「高校の同級生と外で昼食を食べる約束をしてるんだ。夕食までには戻るよ。」
「わかったわ。夕食を準備しておくわね。」
俺は朝食を摂り終わると部屋で2時間ほど来週の予習をして、ダニーとネイトに会う為にヴァレリーと街へと繰り出した。
ダニーとネイトには昨夜の内に帰ってきたことを伝えていた。すぐに返信が帰ってきて一緒に昼食を食べることになった。
俺はもう高校の生徒ではないので学校内には入れない。その為近くのファストフード店で昼食を摂ることにした。
お昼には少し早い時間に到着した俺とヴァレリーは4人席を確保し、机にある端末から適当に2人分を注文した。着席時間と注文が来てからの時間で退店を促されてしまうので、長時間居座るには細かく注文を続けるのがコツだ。更に1人だとカウンターにしか着けないため、席を確保するためにヴァレリーに付いてきて貰ったのだ。
程なくして注文した品が届いた。とりあえず飲み物だけに手を付けて2人を待った。お昼が近くなり段々と人が増えていく。席を確保しておいて正解だった。そんな事を考えているとダニーとネイトがやってきた。
俺が手を挙げて2人を呼ぶと、こちらに近づいてこようとして足が止まった。
「2人ともこっちだ。」
俺は2人に声を掛けた。ダニーとネイトはお互いの顔を見合わせたあと恐る恐るこちらへとやってきた。
「や、やぁ、グレン君。げ、元気かね。」
ダニーが挨拶してきたが様子がおかしい。ネイトに至っては俺ではなく隣を凝視していた。そう俺の隣にはヴァレリーが座っているのだ。そこで合点がいった。最近はすっかり周りの人間もヴァレリーに慣れている環境に身を置いていたが、ヴァレリーは人目を惹きすぎるのだ。<コンスタンツ>でも最初はよくこう言うリアクションを見たものだった。
「こっちはガイノイドのヴァレリーで、仕事上のパートナーだ。」
こんなオープンな場所でヴァレリーの詳細を明かすわけにもいかず、咄嗟に誤魔化して説明した。
「はじめまして。ヴァレリーと言います。」
ヴァレリーは120点の笑顔で挨拶した。
「は、はじめまして。ダニーと言いいます。」
ダニーは柄にもなく緊張しているようだ。ネイトは挨拶すらできず固まっている。
「ヴァレリーは場所取り要員だから気にするな。」
「こんな美人を席取り要員って・・・。一体士官学校って所はどう言う所なんだよ・・・。」
ダニーが違う方面で恐れ戦きながら突っ込みを入れた。
楽しい時間はあっという間に過ぎるものだ。久しぶりの旧友との会話はそれは楽しいものであった。裏を読まなくて良い関係と言うのは素晴らしい。クリストフと会話するとどうにも裏があるのではと思ってしまう。腕前は同僚パイロットとしては頼もしい限りだが、人間的には疑問符が付く。旧友たちにとっても士官学校の様子などは別世界の話で興味深く聞いていた。高校の方のトピックスとしては、ネイトがリンダと別れたぐらいだ。次のガールフレンドを物色しているらしい。
俺からしてみてもルナ・ラグランジュ・ポイント2は至って平和で、<ルナ>とは別世界の話のようだった。直接的ではないが、この平和を守れたことを誇りに感じた。またこの平和の裏には<ルナ>戦争で命を落とした兵士だけでなく、<バルバロッサ>の皆の命の上に成り立っていることにも思いを馳せた。
これが成長なのかは俺にはわからない。ただ平和と言うものが多大な犠牲と努力によって守られていると言う事を俺は旧友たちより知っている。大人の世界に触れたことで少し大人になった俺はそこに隔たりを感じてしまった。きっと旧友が大人になることでそのギャップはまた埋まるのだろう。俺が少し先に行ってしまっただけだ。
《ピピッ》
端末に何か連絡が入ったようだ。俺はおもむろに端末を覗き込んだ。そこには懐かしい名前から重要な情報が通知されていた。俺は極力笑顔で
「ダニー。ネイト。今日は楽しかったよ。急用ができたから行かなくちゃならない。」
と告げた。
「まだ食い物がこんなに残ってるぞ。」
長居をするために細かく注文された食べ物がまだ机の上に残っていた。
「食べておいてくれ。ここは俺が奢っておくよ。」
俺は端末で支払を済ますとヴァレリーとともに席を立ち上がった。
「また帰ってきたら連絡する。」
「達者でな。」
「必ず連絡しろよ。」
「約束する。」
そう言うと俺とヴァレリーは出口に向かって歩き出した。
「グレン!」
出口手前で呼び止められて、俺は2人を振り返った。
「次もちゃんと生きて帰ってこいよ。」
「空っぽの棺なんて担ぎたくないからな。」
2人は笑顔で見送ってくれた。
「それも約束する。」
俺と旧友たちにそんなに差はなかったのかもしれない。俺は零れる笑みを隠さず店を後にした。




