帰郷編1
USとユーラシア人民共和国連邦との間で争われた<ルナ>の覇権戦争、所謂<ルナ>戦争はUSの勝利で幕を閉じた。USはユーラシア連邦を月面から追い出すことに成功し基地を接収した。USは<ルナ>を支配する唯一の国となったのだ。
しかし<ルナ>戦争におけるUS宇宙軍の損耗は激しく、<ルナ>近辺に戦力を集中したツケとして、それ以外の宙域での影響力を大きく下げる結果となった。一方負けたユーラシア連邦においては、<ルナ>近辺の影響力がルナ・ラグランジュ・ポイント2の<サークル>のみとなり、宇宙においての影響力の低下は絶望的なものと考えられた。
しかしユーラシア連邦は、次の一手として<ルナ>戦争の裏で火星圏への進出を成功させていた。ソル・ラグランジュ・ポイント2を経由せずにマーズ・ラグランジュ・ポイント1への<サークル>の投入は、手垢の付いた<ルナ>を見限り、まだ開拓されていない<マーズ>への開発に注力する意思の表れと言える。ソル・ラグランジュ・ポイント2の開発で<マーズ>の開発が滞っているUSを嘲笑うかのようなこの行為は、ユーラシア連邦がより一層<マーズ>の開発に未来を託していると言っても過言ではなかった。そしてそれはユーラシア連邦からUSに向けての別の方向からの新たな宣戦布告とも言えた。
宇宙での覇権争いはまだまだ続くことが確定した。それはすなわちUSが弱体化した宇宙軍を早急に立て直す必要に迫られたと言うことだ。
そんなわけで終戦後まもなく、士官学校を1ヶ月後に再開することが決定された。戦後処理の雑務と勲章の叙勲などに追われた日々が終わり、束の間の休暇を得た俺は半年ぶりに実家へと連絡した。
すると養父さんには怒鳴られた後に泣かれ、養母さんには開口一番泣かれた俺は休暇を利用してルナ・ラグランジュ・ポイント2にある実家に帰ることとなった。
《当機は間もなルナ・ラグランジュ・ポイント2のUS<サークル>に到着します。》
先ほどから徐々に減速していく船の中で案内放送が流れた。自分の席にあるモニターから外部カメラの映像を見る。破壊された宇宙港は完全に修復されたようで、元の姿に戻っていた。
「宇宙港は直ってますね。」
隣に座るヴァレリーが俺の前にあるモニターの映像を見ながら答えた。2人で巻き込まれた人民軍による襲撃事件の爪痕はきれいさっぱり無くなっていた。
今回の里帰りはヴァレリーも連れて帰ることにした。ここのところずっと一緒に行動していたので、傍に居ないとなんとなく落ち着かないのだ。
幸い軍から支給されている給金に関しては、それほど使うところもなく貯まる一方だ。叙勲された勲章にも金一封が付いており、ヴァレリー1人分の席料ぐらいは余裕で出すことができた。
前回はヴァレリーの身分を偽って通ったルナ・ラグランジュ・ポイント2の税関も、今回は偽装する必要もなく通り抜けることができた。
「グレン!」
税関を抜けたところで名前を呼ばれ、声のした方を向くと、なんとそこには『エーシュリオン』の乗組員たちが出迎えに待っていてくれた。
「トニー! テッド! ジェイク! ニック!」
俺は皆の元に駆け寄った。
「皆仕事は?」
「今日はグレンが帰ってくるから早仕舞だとよ。」
トニーがニヤニヤしながら養父さんを指さした。俺が帰ってくると言うことで、社長である養父さんが出迎えのために仕事を早く終わらせたようだ。何故か少し離れたところに養父さんは立っていた。俺は養父さんに近づいて
「ただいま。養父さん。」
と言った。それだけで養父さんはなんとも言えない表情をしたあと、俺をきつく抱きしめた。
「心配したんだぞ。連絡も寄越さないで。」
「ごめん。養父さん。任務で月を離れて連絡ができなかったんだ。」
俺は幸せ者だな。こんなにも心配してくれる親がいるのだから。皆を見ると柔らかな笑顔で俺たちを見ていた。
「マーサが待ってる。家に帰ろう。」
養父さんが恥ずかしさを誤魔化すようにそう言ってきたので
「そうだね。早く帰って養母さんの顔が見たいよ。」
俺も気恥ずかしさを隠すかにように同意した。俺たちはそそくさと宇宙港をあとにした。宇宙港からリニアで自宅のある<シリンダー>まで移動し、懐かしのトラムを乗り継いで家に帰ってきた。
士官学校へ入学するために家を出てから1年が過ぎていた。住み慣れた家は1年前とまったく変わらず、その場所に佇んでおり、その姿を見ただけで少しうれしくなった。
「ただいま。」
俺は扉を潜ると養母さんに向かって言った。養母さんは料理の準備をしていたようだ。テーブルには俺の好物が並んでいた。
「グレン!」
養母さんは俺の名を呼ぶと駆け寄ってきて俺を抱きしめた。
「おかえりなさい。グレン…。」
養母さんの温かさと懐かしい匂いを感じながら俺はもう一度
「ただいま。養母さん。」
と囁いた。
俺の歓迎会は深夜まで続いた。皆明日も仕事だったが、そんなことはお構いなしに飲んで食べた。俺はこの1年にあったことを土産話として披露した。ただ任務の詳細を話すことはできなかったので、ほとんどが士官学校時代の話となった。
後半の任務の話は守秘義務もそうだが、あまりにも色々ありすぎたし、親しい人たちが行方不明になっていることもあり、安易に話す気にはならなかった。
ただ<ルナ>戦争に参加したことは伝えた。そうしないと勲章の話ができないからだ。叙勲を受けた話はかなり盛り上がった。
皆と楽しそうに飲み食いしている光景を見て、改めて俺はこの光景を守るために戦ったのだと実感することができた。
「じゃあな。グレン。また明日。」
「おやすみ。トニー。」
養父さんが酔いつぶれたところで会はお開きとなった。皆で養父さんをベッドへ運ぶと、三々五々に帰って行った。
養母さんとヴァレリーが後片付けをしていて、それを手伝おうとしたら
「疲れただろうから、シャワーを浴びて寝なさい。ここはヴァレリーと片付けておくから。」
と養母さんから言われた。
「わかったよ。」
俺は養母さんの言葉に甘えることにした。久しぶりに皆と会った事ではしゃぎ過ぎたようだ。疲れを感じた俺はシャワーを浴びると自室に戻った。そこは1年前に出て行った時とまったく同じ様相だった。
俺は幸せな気分でこの日を終えることができた。




