月面大戦編8
俺たちは航宙母艦へ帰ってきた。格納庫へ移動するが、格納庫内には小破のスペース・トルーパーが並んでいた。自力で帰ってこれたものだ。格納庫内は引っ切り無しに人が動いていた。軽微なものは修理後再出撃させるためだ。
俺は『ヘーニル』を係留位置に着けると整備班へ連絡した。
「こちらベアータ5。推進剤と弾薬の補給を。修理不要なので最優先で頼む。」
《了解。》
推進剤注入口へノズルが伸びてきて推進剤の注入を始めた。『ヘーニル』の銃はアリサ大尉の特注のため弾数が多い。こちらは自動給弾できないのでパワーアシスト外骨格を着た整備員が弾を補給してくれている。
「コネクト解除。」
俺がそう命令すると視界が『ヘーニル』のコックピット内に切り替わった。
「水。」
俺がそう命令すると、メット内のストローが伸び口元までやってきた。俺はそれを咥えると水分を補給する。
「ヴァレリー。各部チェックを頼む。」
「了解です。」
ヴァレリーは即座に『ヘーニル』のチェックを始めた。被弾はしていないが、結構な無理をした。『ヘーニル』は俺の操縦にも耐えられるように設計されているが、それでも絶対はない。
俺はバイザーを上げてポーチから薬を取り出すとそれを飲んだ。さっき飲んでからかなり時間は経っている。もう一度出撃するためには飲んでおいた方が無難だろう。
「各部チェック終わりました。問題ありません。」
「ありがとう。ヴァレリー。」
俺はヴァレリーに礼を告げると目を瞑り、手足を弛緩させた。
「グレン。大丈夫ですか?」
ヴァレリーが遠慮がちに声を掛けてくる。
「大丈夫。できるだけ休憩しておこうと思って。」
実際少し疲れてはいた。単機で敵の懐に飛び込んだのだ。疲れない人間など居ないだろう。
「糖分を摂取した方がいいですね。」
バイタルを確認したであろうヴァレリーからアドバイスをくれた。俺はポーチを漁るとカプセル状の錠剤を飲んだ。
「水。」
再びストローを口に咥えて、錠剤を飲み干した。
《補給完了です。》
「了解。」
整備班から補給完了の連絡がきた。少し休めたのと糖分を補給したことがよかったのだろう。疲労が少し回復した気がした。
「ヴァレリー。行こう。」
「はい。グレン。」
俺はヴァレリーの返事を聞いてコネクトした。
「発進オペレーターへ連絡。」
「了解。繋ぎます・・・。どうぞ。」
ヴァレリーがオペレーターへ通信を繋いでくれた。
「こちらベアータ5。補給完了。発進したい。」
《了解。2番カタパルトへどうぞ。》
オペレーターの指示通り2番カタパルトへ移動する。機体の発進準備が完了すると、信号機が青に変わった。今回は普通に発進する。先ほどとは比べ物にならないほどゆっくりした速度だが、加速に拠る負荷は掛かる。
歯を食いしばりながら宇宙空間に放り出された。ベアータ中尉たちは無事で居てくれるだろうか。船には居なかったが・・・。俺は一路戦場を目指した。
戦場は辛うじてUS軍が持ちこたえていると言った状況だった。数的有利を使い、補給をローテーションさせながら『スルト』を押し返す。『スルト』は『スルト』でその圧力を物ともせずに前進してくる。厚い弾幕の中を華麗に避けながら進んでくる。
俺も味方の弾幕を避けながら『スルト』に近づく。『スルト』もこちらに気づき撃ってくるが、俺は難なく避けた。弾が暴発しない距離でおもむろに顔に向かって弾を放った。『スルト』の頭は吹き飛んだが、カメラは胴にも付いている。しかしその切り替りが完了する前に、俺は『スルト』の武器を持った腕をプラズマ・ブレードで切り落とし、そのまま右足も切り落とした。
次の瞬間、敵の弾を敵機の陰でやり過ごし、友軍の弾幕を避けながら次なる獲物に向かって移動する。
太古の昔から戦場では流れ矢や流れ弾で死ぬことは日常だった。友軍からの誤射もよくある話だ。だが今の俺には全ての弾が見えている。当たらないだけでいいのであれば、さほど難しい芸当でもない。
俺は敵味方の弾が飛び交う戦場を悠然と飛び回り、『スルト』を潰していった。4機落としたところでついに戦力の均衡が逆転した。US軍の攻撃の圧力が『スルト』を次々に撃墜していく。
しばらく抵抗を続けていたが敵のスペース・トルーパーは撤退を始めた。このまま戦っても全滅さえあり得る。当然の措置だろう。
「追撃に入る。」
「待って下さい。」
俺が追撃に入ろうとしたところで、ヴァレリーに止められた。
「追撃禁止の命令が出ています。直ちに帰投せよとのことです。」
追撃すればさらに痛手を与えられそうだが・・・。俺は命令違反をしてでも追撃しようかと考えたが他の可能性を思いついた。
「他の2部隊の戦況は?」
俺は友軍の救援に向かうのではないかと考えたのだ。だがヴァレリーに確認すると意外な答えが返ってきた。
「先ほどの着艦時の情報だと優勢でした。」
戦力比で不利と言われていただけに嬉しい誤算だ。もしかすると他の部隊は『スルト』の比率が低かったのかもしれない。
それでは何故追撃しないのかが余計にわからなくなった。とりあえず帰投しようとしたところ、見慣れた青い『クロウ』がこちらに飛んできた。青い『クロウ』が引き連れている『クロウ』は1機しか居なかった。
《グレン!》
怒っているような泣いているようなそんな声が飛んできた。これはこっぴどく怒られるパターンだな。俺は先手を打ってビアータ中尉に質問した。
「ビアータ中尉。イレネオ少尉とコンラド少尉はどうしたんですか?」
ビアータ中尉が引き連れている『クロウ』はビアータ3のルフィナ機だった。
《2人とも落とされたけど生きてるわ。月面で回収待ちよ。》
「そうですか。」
俺は一先ずほっとした。そして次のビアータ中尉の言葉にまた驚くことになった。
「軍司令がこのまま人民軍基地を落とすことを決断したわ。」




