月面大戦編5
俺たちが月面で人民軍と戦ってから1日後、US軍の月面基地は慌しい雰囲気に包まれていた。何故なら諜報部から間もなく人民軍からの大規模侵攻が開始されると言う情報がもたらされたからだ。
3日以内での侵攻開始が情報確度Aと言う信憑度の高さは、月面基地を緊張で張り詰めさせるのに十分な内容だった。
基地のパイロットは全てブリーフィングルームに集められ、ルナ艦隊のブリーフィングルームとも通信が繋がれていた。
壇上に立つ月面基地スペース・トルーパー部隊隊長のチャールズ少佐は、その厳めしい顔を一段と厳しくしていた。
「まずは諜報部から入った情報を話す。」
チャールズ少佐がコンソールを操作すると月の地図が現れた。
「敵は3方向からの同時侵攻を行う。」
ブリーフィングルームがざわつきすぐに静かになった。何故なら戦力の分散は数を減らすことになるのに敵はわざわざ3方向から攻めてくるのだ。それは人民軍のスペース・トルーパーが質に勝ることを意味していた。
「1つの艦隊には航宙母艦1隻を中心とする打撃艦隊だとわかっている。」
ブリーフィングルームはさらにざわついた。航宙母艦にはスペース・トルーパーが約30機載せられる。全てが『スルト』である場合、US軍が対抗するためには2.5倍の『クロウ』を投入する必要がある。つまり1艦隊につき約75機。
3艦隊であるならば225機の『クロウ』が必要だ。現在月面基地とルナ艦隊全てのスペース・トルーパーを合わせてたとしても200機しかない。人民軍のスペース・トルーパー90機全てが『スルト』である場合、US軍は部の悪い戦力比で戦うことになるのだ。しかもそれは航宙母艦に搭載された数だけである。打撃艦隊である以上、巡宙艦も居るこれにも大体6機程度のスペース・トルーパーが搭載可能だ。
「残念ながら、相手スペース・トルーパーの部隊構成はわかっていない。」
つまりは全て『スルト』である可能性もあるが、『玄武』や『青龍』などを混ぜて30機以上の可能性もあると言うことだ。
「ただ基地司令では全て『スルト』である可能性が高いとされている。」
「戦力比は絶望的だな…。」
誰かがポツリと呟いた。月面基地、いやルナ艦隊も含めて皆『スルト』の強さを嫌と言うほど感じている。
半年で反撃すると言う時間は、US軍が人民軍を分析した結果、相手の準備が完了するのに必要な期間と割り出された結果だと『コンスタンツ』基地司令のガストーネ中佐は言っていた。
こちらも手をこまねいていたわけではない。人民軍の月面基地に向けて揺さぶりは掛けていたそうだ。『ロンバルディア』の補給線に対する攻撃も反撃時期を遅らせるための方策だ。本来は敵の侵攻前にこちらが攻撃を仕掛けるのが最善の策であった。しかしUS軍は反撃のための最後のピースが到着する前に敵軍の侵攻を受けることになった。
そう言う意味では前哨戦で既に負けているのだ。
「1部隊でも抜かれれば月面基地は落ちるだろう。それを阻止すべくこちらも全力で迎撃する。迎撃は部隊を3つに分けて対応する。部隊分けは次の通りだ。」
モニターに3隊に分けられた小隊一覧が表示された。振り分けとしてはルナ艦隊がほぼ2分されており、少数が月面基地の部隊と合流した形だ。ベアータ隊も月面基地部隊に入る。
「以後作戦を『アポロ作戦』と呼称する。作戦要領は各隊長より受領せよ。解散!」
全員が起立し一斉に敬礼した。隊長以外の隊員達は次々とブリーフィングルームを退出して行く。俺たちも自分たちのスペース・トルーパーの元へ移動した。
ベアータ隊は直ちに航宙母艦へ乗船した。これからは作戦終了まで艦船での生活だ。ついこの間まで『バルバロッサ』で生活していた俺は特に気にはならなかった。
不謹慎だがむしろ始めての航宙母艦に少しワクワクしている。だがベアータ中尉はそうも行かず少し顔色も悪い。
ベアータ中尉は息子としばらく離れて暮らすことになるのだ。夫であるジャック少尉はすでにルナ艦隊のパイロットとなっているので夫婦2人がルナ艦隊に居ることになる。2人は息子のアランを月面に残し、月面を守るために戦うのだ。アランのためにも必ず人民軍を押しとどめなければならない。それ故、ベアータ中尉には悲壮感すら漂っていた。
月面基地から航宙母艦1隻と巡宙艦4隻が衛星軌道上のルナ艦隊と合流した。総勢50機のスペース・トルーパーは現在の月面基地全戦力に当たる。これに20機ほどのルナ艦隊のスペース・トルーパーが合流し、70機弱のスペース・トルーパー大隊ができあがるのだ。それがあと2部隊。恐らく史上初めてのスペース・トルーパー同士の大規模戦闘となるだろう。
俺は航宙母艦内で与えられた部屋にヴァレリーと2人でいた。部屋は狭い2人部屋だが、ヴァレリーと一緒なので1人で使用してよいそうだ。
戦力比だけ見れば勝ち目は低い。だが俺は『コンスタンツ』脱出の時と違い戦うことができる。
あの時、俺は命令で戦うことすら出来なかった。戦友とも言えるフリードリヒ大尉を手伝うことも出来ず、ラウル曹長やピッポ上等兵たちを死地に送り出すことしかできなかった。
しかし今回は違う。俺も死地に立つ。俺はこの状況を少しでも打開できる策を考えた。しかしそんなに頭も良くない俺にはたった1つの方法しか思い浮かばなかった。
そしてそれにはヴァレリーの協力が不可欠だ。俺はヴァレリーに話を切り出した。
「ヴァレリー。頼みがあるんだ。」
俺は真剣な顔でヴァレリーを見た。ヴァレリーが俺を見つめ返す。ヴァレリーははいつでも美しい。
「なんですか?グレン。」
ヴァレリーも真剣な表情になった。俺のただならぬ雰囲気を感じ取ったのだろう。これは仲間を守るため、ひいては自分が生き残るための方策だ。俺は一息ついてヴァレリーに言った。
「ヴァレリー。俺をレベル3に引き上げてくれ。」




