月面大戦編1
脱出艇は予定航路を進み、1日後にはUS軍の護衛艦隊と合流した。俺は1日ぶりにスペース・トルーパーのコックピットから解放され、降りる事ができた。脱出艇にはスペース・トルーパーを収容する設備が無く、『ヘーニル』はずっと外装に固定されたままだったのだ。
護衛艦隊と合流したことで脱出艇から離れて、巡宙艦に乗り移ることができた。俺は伸びをして体をほぐしながら更衣室へと向かった。そこで軍服とナイトウェアを受領し、パイロットスーツから軍服へと着替えた。US軍の軍服を着るのは何ヶ月ぶりだろうか、そんなに昔でもないはずなのに懐かしい気がした。
着替えた後は与えられた船室に向かって移動する。隣にはヴァレリーも一緒だ。すれ違う度に視線を感じるが、ヴァレリーを見る驚きの視線にももう慣れてしまった
。
部屋に着いた俺は、とりあえずシャワーを浴びて眠りたい気分だった。
「シャワーを浴びて寝るよ。」
俺はヴァレリーのそう告げると
「お疲れ様でした。」
と満面の笑顔で労われた。沈んでいた心が少し軽くなった気がした。フリードリヒ大尉たちは未だ行方不明だ。生きていればいいのだが…。
合流から2日掛けて俺たちは月基地へ帰ってきた。桟橋から降りてきたところで誰かから声を掛けられた。
「グレン!」
声のした方を見るとそこにはベアータ中尉が居た。
「ベアータ中尉!」
俺はベアータ中尉の元へ駆け寄った。
「ご無事でしたか。」
「あぁ、なんとかね。そっちも元気そうで何よりだわ。」
俺たちは笑顔で再会を喜んだ。月は最前線と化しているので尚更だ。
「さっそくだけど今日はグレンが<ルナ>へ帰ってくると聞いてスカウトにきたの。」
「スカウトですか?」
俺はまだ『バルバロッサ』所属だ。早晩解体されてどこかに所属することになるだろうが、計画されている反攻作戦の時だと思われる。
「月のパイロット不足は深刻でね。相手はあの強化兵が相手だからね。」
月の人民軍はパイロットの質を上げるために薬物の投与や人体改造を行っている。US軍がやれば人権侵害で即訴えられるであろうが、相手は人民軍である。彼らに人権意識などは今も昔もなかった。
どうやらそのせいでUS軍はかなり押されているらしく、パイロットの被害も甚大のようだ。
「俺は構いませんけど、上がどう言うかですね。部隊長は行方不明なので…。」
俺がそう言うとベアータ中尉は憐れむような眼で俺を見て言った。
「貴方たちも大変な目に会ってるみたいね。」
否定はしないな。本当に色々ありすぎた。
「まぁ良いわ。貴方に入る意思があることが確認できたから。」
「はい。入れるならそれに越したことはありません。」
戦闘経験は積めるのならば積むに越したことはない。特に俺は爆弾を抱えている身だ。定期的に実戦を積むことで、もしかすると症状が緩和するかもしれない。
「わかった。じゃあ上と掛け合ってくるわ。」
そう言うとビアータ中尉はどこかへ行ってしまった。
以前<ルナ>に住んでいた頃は士官学校の寮に住んでいたが、今日からは月基地の居住ブロックに住むことになる。度重なる移動で俺の荷物はほとんどない状態になっていた。個人用の端末ぐらいしかなく、それこそ小さな鞄一つと言ったレベルだ。基地生活ともなれば衣類は支給品で大体ことが足りるだろう。
学校の寮ほどではないが、それなりに広い部屋を割り当てて貰った。ヴァレリーも居るのでその方が助かる。
そして1日も経たない内に俺のベアータ中尉の隊への期間付き移籍が実現した。想像以上にあっけなく移籍は実現したが、それだけパイロット不足が深刻なのかもしれない。
ベアータ中尉も一度は部隊長を引退した身だったのだ。そうでなければ小さな子供も居るのに復帰はしなかっただろう。
ベアータ中尉は直接俺に辞令を持ってきた上で、部隊員を紹介するからと強引に基地まで連れてこられた。
「紹介するわ。新入りのグレン准尉よ。」
「准尉…ですか?」
紹介されが側が一様に困ったような表情をしていた。US宇宙軍には今まで准尉はなかった。
「辞令にはそうなっているわ。」
どうやら俺とクリストフの階級の扱いに困り、新設したようだ。その名の通り少尉の下に当たるようだ。
「それに若すぎませんか?」
パイロットとして十分に若いであろう20代の女性に言われた。ふんわりとした雰囲気のなかなかの美人だ。
「なので准尉なのだろう。実績は君たちより上だから心するように。」
そんなところで煽らないで欲しい。
「グレンです。よろしくお願いします。」
とりあえず無難に挨拶を済ませた。皆複雑な表情に変わりはなかった。それはそうだろう。いきなり補充要員が10代なら軍に不信感を持っても仕方がない。それほどパイロットが不足しているのかとも思うだろう。
「こっちがルフィナ少尉。」
「よろしくね。」
先ほどの美人はルフィナと言う名前らしい。20代前半で学校を出てそんなに経っていないだろう。
「そしてこれがイレネオ少尉。」
「よろしくな。」
飄々とした雰囲気の若い男性だ。なんとなくトニーを彷彿とされる。年齢もトニーと大差なく20代前半に見える。彼も学校を卒業してからそんなに経っていないだろう。
「最後に彼がコンラド少尉よ。」
「よろしく。」
実直そうな雰囲気の男性だ。年齢も2人に比べれば上だろう。それでも若く30代前後と言ったところだろうか。
これにベアータ中尉と俺を入れた5名がベアータ部隊になるとのことだ。




