コンスタンツの日々編5
US軍からの定期回収の作戦の1日目は、電磁カタパルトを経て順調な滑り出しだった。
しかし2日目に異変は起こった。説明のため船員たちは『ロンバルディア』ブリーフィングルームに集められた。説明は隊長であるフリードリヒ大尉から行われた。
「現在我々は『コンスタンツ』から約2日の距離に居るが、対象の定期便と思しき輸送船を捕らえた。」
合流予定は明日3日目だ。2日目に捕捉した事は今まで一度もないと言う。
「早い合流についての事例は無いが不測の事態が発生し、連絡を行う必要がある場合には、早期合流のシナリオが策定されている。」
ブリーフィングルーム内がざわついた。それは不測の事態が発生し、『コンスタンツ』側に連絡する事項があると言うことだ。
「静かに。俺たちは輸送船に早期合流することとする。1時間後には通信可能距離となる。それまでは第2種体制を採る。」
第2種体制は今後の状況のために休める者は休むことを意味している。つまり状況に因っては不眠不休になることを意味していた。そのため皆に緊張が走る。
「それでは掛かれ。」
フリードリヒ大尉の号令でそれぞれ持ち場に散っていった。パイロットの俺は休息を取るためヴァレリーと共に自室に戻った。
「とりあえず寝るよ。状況がわかったら起こしてくれ。」
俺はヴァレリーにそう伝えるとベッドの中に潜り込んだ。
「わかりました。おやすみなさい。グレン。」
2時間後俺たちは再びブリーフィングルームに集められた。今回もフリードリヒ大尉から説明が行われる。
「『ロンバルディア』は現在『コンスタンツ』に向けて移動している。」
ブリーフィングルームはどよめにに包まれた。
「輸送船からもたらされた情報は、『コンスタンツ』が近い内に人民軍から攻撃されると言うことだった。」
今度のざわめきはそれほど大きくはなかった。『コンスタンツ』の位置はかなり厳格に秘匿されているとは言え、いずれはバレるとは皆思っていたのだろう。
「敵戦力は2隻の宇宙母艦を含む打撃艦隊だ。拠点攻撃用のミサイル艦を含み、スペース・トルーパーについては50~60機とのことだ。」
今度のざわめきは悲鳴に近いものだった。
「何かの間違いじゃないんですか?月で事を構えている状態で、こちらに割かれている戦力が異常です!」
疑問は確かにもっともだ。しかしフリードリヒ大尉は
「情報確度はAだ。」
と言った。完全な裏が取れていると言う情報ということだ。今度はざわめきはまったくなくなった。皆がフリードリヒ大尉の次の言葉に注目している。
「軍司令部からの最優先事項は『アスク』2機とグレンが敵の手に落ちないように脱出させることだ。」
ブリーフィングルームは静まり返っていた。フリードリヒ大尉の声だけが響く。
「『コンスタンツ』は破棄となり、最優先事項の脱出に全力を傾けることになる。我々は一刻も早く『コンスタンツ』に戻り、脱出計画の実行準備をしなければならない。以上だ。」
ブリーフィングは終了した。皆は各々の持ち場に帰っていった。
「フリードリヒ大尉!」
俺は部屋に残っているフリードリヒ大尉に声を掛けた。
「俺が最優先事項と言うことは脱出作戦にパイロットとして参加できないのですか?」
俺がフリードリヒ大尉に問うと
「そうだ。」
と端的に返ってきた。
「しかし俺が参加すれば皆の生存率が上がります。」
むしろフリードリヒ大尉1人で50~60機のスペース・トルーパーと戦うなんて無理だ。
「お前の作戦参加は作戦要領でも禁止事項となっている。安心しろ。必ずお前を無事送り届けてみせるさ。」
作戦要領には俺の作戦参加禁止まで書かれていると言う。そうなると無理に作戦に参加するわけにもいかない。俺は
「よろしくお願いします。大尉も無理をしないように。」
と言うのが精一杯だった。
『ロンバルディア』が『コンスタンツ』に帰ってきたが、早い帰還に『コンスタンツ』自体も騒然となった。そしてその理由が判明すると基地は粛々と作戦を完遂するために動き出した。
今回の俺は最優先事項として脱出するのと作戦要領に禁止事項とされたため作戦自体には参加できない。しかしこの4ヶ月をここで過ごした仲間として準備は大いに手伝った。しかし短期間とは言え過ごした場所に爆弾を仕掛けて回るのは気が重かった。
俺とヴァレリーはフリードリヒ大尉を探しにプラントエリアに来ていた。大尉も作戦のためにかなり仕事が多い。決裁をして貰うべくフリードリヒ大尉を探してやってきたのだが、しかしプラントエリアにはフリードリヒ大尉だけでなくアリサ大尉の2人が居た。
「私も『ロンバルディア』に乗せて。」
「『ロンバルディア』は危険だ。」
どうやらアリサ大尉も『ロンバルディア』に乗船したいらしい。しかし『ロンバルディア』は死地に赴くことになる。敵の大群と正面向かってやり合うのだ。正直生き残るのは難しいだろう。それは陽動の輸送船もそうだし、恐らく本命の俺たちが乗る船ですら100%の保障はない。それほど相手の戦力との彼我の差があった。
「それでも一緒に居たいのよ。」
アリサ大尉は泣いている。
「俺は君に生きて欲しい。基地司令も君はまだUS軍に必要な人材だと言うことでグレンと同じ船で脱出できるんだ。お願いだからそちらに乗ってくれ。」
フリードリヒ大尉も必死で懇願している。俺は居た堪れなくなってプラントエリアを後にした。
『コンスタンツ』内では皆が死を意識しないよう、自分の仕事に没頭していた。軍人なので死は覚悟しているだろうが、そうだとしても死の恐怖感からは逃れられない。それは『コンスタンツ』に暗い影を落とし、俺の知った『コンスタンツ』の雰囲気とはまったく違うものになっていった。




