コンスタンツの日々編4
仕事が終わり俺とラウル曹長はトレーニングルームにやってきた。トレーニングルームは重力ブロックである居住区の奥にあり、無重力エリアが多い『コンスタンツ』では階級に関係なく皆が筋力維持のために利用している。ピッポ上等兵はまだ来ていないようだが、別の先客が居た。
「ガストーネ中佐。」
俺とラウル曹長は敬礼した。
「居住区ではそんなに形式ばることはないぞ。」
『コンスタンツ』では重力があるのは居住区だけであり、全ての人間の生活の場である。その為、居住区では特に階級にはこだわらないと言う風潮が暗黙の内に出来上がっているのだ。ガストーネ中佐はその暗黙の了解を暗に肯定しているのである。もしかするとガストーネ中佐が基地司令として決定したことなのかもしれない。
ガストーネ中佐とは階級が違い過ぎるのと、俺はほとんど現場で仕事をしているため接点がない。たまに食堂などで見かける程度だ。普段は制服をきっちり着ているのでわからないが、トレーニングウェアで薄着の中佐は細く見えても軍人らしく、しっかりと鍛えられた体をしていた。
かなりハードなトレーニングをしていたらしく、かなりの汗を掻いていた。
「えらく汗を掻かれてますが、そんなに長時間されていたんですか。」
俺が中佐に聞くと、中佐はタオルで汗を拭きながら
「最近少し太ってな。絞るために追い込んでいるんだ。」
絞られていると思った体型で太ったらしい。あまりそうは見えないが・・・。中佐はきっちりしていそうだがからポンド単位ではなくオンス単位で体重を管理していそうだ。
中佐と話をしていると着替えたピッポ上等兵がやってきた。中佐を見るなり上等兵も敬礼した。
「居住区では敬礼は無用だ。。」
中佐は俺たちに言ったことと同じことをピッポ上等兵にも言った。
俺たちはウォーミングアップをした後、レスリング形式のスパーリングを始めた。打撃はなしで転がしあうのを競う。いつも通りの負け残りで3人で交代して行うのだ。2人に比べると俺はパワーでは劣るので反射神経が命だ。虚を突いたタックルが決まればこの体格差でも相手を転がすことができる。
幸い俺はナノマシン強化の影響で反射神経については常人を遥かに超える速度を備えている。コックピット内ではヴァレリーの助けを借りて任意に使用できるのだが、それ以外の場所では常に使えるわけでない。発動の条件として集中した時やナノマシンが危機を検知した時などであり、俺の意思ではまだコントロールできない。
今日は虫の居所が悪いラウル曹長に俺もピッポ上等兵もかなり投げ飛ばされた。何順か目のピッポ上等兵とラウル曹長の対戦を俺が傍で見ていると
「相手になろうか?」
とガストーネ中佐がやってきた。中佐は俺たちのスパーリングを横目に筋トレをしていたはずだが、いつも間にか俺の隣にやってきていた。
「いいんですか?」
「あぁ。勿論。」
俺は折角なので相手をして貰うことにした。中佐は50歳前後だろうか。身長の差もほぼない。年齢や体重差を考えてもラウル曹長やピッポ上等兵に比べれば、俺に有利な相手だと言えるだろう。
「お願いします。」
そう言うと俺は構えた。中佐は掴みに来るが俺はそれをいなす。なんとなく中佐の動きは経験者なのではと思わせる鋭さがあった。次の瞬間俺の見ている景色がスローモーションになった。
(ナノマシンが発動した!?)
俺の視界から中佐の姿が消えた。俺が眼球の動きだけで中佐を探すと俺の足元でタックルの体勢に入っている。俺のお株を奪うような高速タックルだ。
俺は脚を引き上体から中佐の上に覆いかぶさった。上手く中佐の高速タックルを潰すことができた。
「素晴らしい反応だな。」
ガストーネ中佐はぽつりと呟いた。
「反射神経だけは良いもので。」
俺は気を張りながら返事をした。
「なるほど。それがナノマシンの力か。」
ガストーネ中佐は組んで転がす方針に変更したようだ。そして俺は散々に転がされた。
「中佐はレスリング経験がおありですね。」
俺と中佐は休憩していた。交代制ではなくなったので休憩の時間が無く、かなり長時間スパーリングをすることとなった。
「あぁ、しかし高速タックルは全て潰されてしまったな。自信があったんだが。」
中佐の得意技だったのだろう。中佐のタックルはあまりに早すぎるので、その時だけはナノマシンが活性化して潰すことができたのだ。
「俺の場合はドーピングのようなものですしね。」
俺は自嘲気味に言った。
「そうか。ドーピングに引っかからないなら国の代表にもなれるぞ。」
ナノマシンは引っかかるのだろうか?身体能力の向上についてはまだ世間には認知されていないだろうから、反射神経を使うものなら俺はメダルを連発できるかもしれない。
「もしかして中佐はレスリングの国の代表だったのですか?」
「昔の話だよ。」
どうやら本当にガストーネ中佐は国の代表だったようだ。どおりで強いわけだよ。
さすがに明日からの作戦もあり、これで解散となった。筋力の維持は大切だが、オーバーワークはよろしくない。今日はラウル曹長とリンダ曹長の関係や、ガストーネ中佐の過去など意外な一面を知った1日だった。




