宙賊達の楽園編17
「行こう!」
俺はヴァレリーの手を取ると自室に向かって逃げ出した。きっと俺の顔は恥ずかしさで真っ赤になっているだろう。
自室に戻ってきた俺とヴァレリーはウルズラに貰った動画を見ることにした。室内の端末に動画を転送し、モニターで動画を再生した。そこには見知らぬ男性が映っていた。俺がヴァレリーの方を振り向くと、
「クスタヴィ大尉です・・・。」
とヴァレリーが答えた。俺は画面に向き直り、こいつが元凶かと顔をしげしげと見つめた。痩身の中年男性だ。ぼさぼさの髪に怜悧な瞳が印象的だ。その男が口を開いた。
《我が娘よ。久しぶり。私は生きているよ。》
恐らく『トルトゥーガ』を離れた4年以上前の動画だろう。撃墜されていたものと言われていたので生存報告からなのだろう。
《この動画を見ていると言う事は、アーシュラのクローンであるウルズラに会ったのだろう。彼女にもしヴァレリーかサンドラと会うことがあれば渡してくれとこの動画を託した。》
ウルズラがどこかでヴァレリーたちと会うこともあると思っていたと言う事か。確かにウルズラのナノマシンが強化された人間を見つけることが出来る能力があれば、見つけることは容易そうだ。
《私はユーラシア連邦のシベリア軍閥の中尉の地位を買った。私と合流したければユーラシア連邦と尋ねるといい。クサヴェリーと名乗っている。》
ウルズラは亡命したと言っていたが・・・。知らされていなかったのかもしれない。彼女はこの動画を託されただけで見てない可能性はある。
しかし『トルトゥーガ』は本当に何でも買えるんだな。地方軍閥だろうが地位まで買えるとは・・・。
《それではまた会おう。我が娘よ。》
これで動画は終わりだ。短い動画だったが重要な情報が含まれていた。俺はもう一度動画を再生しようと思ったが動画ファイルはどこにも見当たらなかった。自動削除するようになっていたのだろう。復旧アプリケーションを使えば復旧できるかもしれないが、恐らくそれも対応済みなのだろう。
「動画ファイルが消えてしまった。」
「はい。残らないよう細工がされていたようです。」
相変わらず用意周到な奴だ。
「ヴァレリー。この動画をクスタヴィが君に見せた理由はなんだと思う?」
「私たちHTXシリーズは3種類それぞれに別の意図を組み入れて作成されています。彼の手元にはアーシュラしか居ないので、それぞれも手元に置いておきたいのかもしれません。」
わざわざ別の顔にしてるぐらいだから、さらにコンセプトの違いがあることぐらいでは驚かない。しかし全員手元に置いておきたいのか。
無くなってしまったものは仕方がない。俺は動画を諦めて『トルトゥーガ』専用端末で、売られている身分を確認した。さまざまな種類が売られており、どれもかなり値が張っている。犯罪者などが身分を偽るのに使うのだろう。残念ながら軍人の身分は売っていなかった。しかし地方の軍閥とは言え中尉の肩書きをは相当高いことが予想される。一体いくらで買ったのだろうか。そして
「どうやってお金を工面したんだろうな。」
俺が疑問をぼそっと話すとヴァレリーが
「『オーディン』を売却したのは、その為ではないでしょうか。」
と答えた。
クスタヴィが人工進化を進めるに当たって必要なのはアーシュラだけだ。故障したスペース・トルーパーなんて確かに邪魔になるだけだろう。しかし『トルトゥーガ』ではUS軍の最新のスペース・トルーパーである『オーディン』の価値は計り知れない。それが例え故障していたとしてもだ。
「なるほどな。ありそうな線だ。」
そして『オーディン』を売却するにしても戦術AIであるアーシュラが居なければ運用はできない。
しかしヴィルヘルムがアーシュラを欲しがったと言っていたような…。
となると順番としてはまずヴィルヘルムがアーシュラを欲しがった。クスタヴィは『オーディン』を売却したかったのでアーシュラのクローンと共に抱き合わせで売った。それならば辻褄は合いそうだ。
「ヴァレリー。スペース・トルーパーが動かせるから試してみたい。手伝ってくれ。」
俺がヴァレリーに告げると、ヴァレリーは満面の笑みで
「はい。喜んで。」
と答えた。
俺たちは格納庫へ向かった。格納庫に人気はなくがらんとした雰囲気だ。<マウス>の整備も終わったのだろう。前回と変わらずそこに置かれている『ヘーニル』に俺とヴァレリーは乗り込んだ。
いつもの所定の位置に付いた俺は1つ大きな深呼吸をしてコネクトを開始した。
「コネクト正常完了です。」
俺の視界は『ヘーニル』のものに変わっている。俺はゆっくりと腕を上げてみた。右の腕は普通に上がったが左の腕は遅延が酷い状況だった。前回よりはマシだが、やはり本調子とはいかないか。
「コネクト解除。」
「コネクトを解除します。」
俺の視界はコックピット内に戻ってきた。
「やっぱり遅延が出るな。」
「前回よりは大分状態が良さそうです。前回はもっと通信に問題がありましたから。」
ヴァレリーは笑顔で慰めてくれる。しかしそれに甘えるわけにはいかない。俺は医者から貰った薬を服用した。薬が効くまで少し時間を空けて再度コネクトした。視界がまた『ヘーニル』のものとなる。
左の腕を上げてみるとスムーズに持ち上がった。薬が効いているようだ。しかしこの薬、脳に作用するなら判断能力とか鈍らないだろうな…。
その後も全身の動きを確認してみたが、薬が効いている間は今まで同様の動きができそうだ。
「この状態なら十分に戦闘に耐えれそうですね。」
ヴァレリーの声も心なしか嬉しそうだ。
「じゃあ薬が切れる時間を調べるためにもう少し付き合ってくれ。」
「はい。勿論です。」
こうして俺はなんとかヴァレリーのパートナーとしてパイロットを続けられる算段が付けられたのだった。




