宙賊達の楽園編15
《クスタヴィぃぃ!どういうつもりだぁ!》
映し出された立体映像には音声まで付いていた。映像の『オーディン』と『へーニル』は高速で移動していた。その状態でパイロット同士は会話をしていたようだ。この声はバーナード少尉なのだろう。
《別に。より私を買ってくれるところを選んだだけだ。》
こちらはクスタヴィ特任大尉か。2機のスペース・トルーパーはお互いを牽制しながら<シリンダー>の方へ近づいて行った。
《バーナード! <シリンダー>に近づいているわ。》
これはヴァレリーの声だ。
《わかってる! クスタヴィ! 決着をつけてやる! <シリンダー>から離れろ!》
《知らんな。》
『オーディン』は<シリンダー>に近づいて行く。『オーディン』を逃すわけには行かない『へーニル』は必死で追いかけていた。
《畜生!》
『へーニル』は『オーディン』の背後に<シリンダー>がない位置まで移動し攻撃を開始した。『オーディン』の反応は非常に良く、当たる気配はない。
「うまいな。」
俺は思わず声が出てしまった。
「何がだ?」
横で見ていたラウル曹長が尋ねてきた。
「焦れて攻撃しているように見せかけて『オーディン』を<シリンダー>から遠ざけるコースにずらしている。』
反応速度に差はないかもしれないが、パイロットとしての力量には差があった。徐々にだが『ヘーニル』に『オーディン』が追い詰められるような場面も出てきた。
《敵機<シリンダー>から離れています。その調子です。》
ヴァレリーたちはなんとか『オーディン』を<シリンダー>から引き離そうとしているようだ。
しかし追い詰められながらも今度は『オーディン』が<シリンダー>に近づき始めた。通信が傍受されていたせいで意図がバレてしまったようだ。
「ここでクスタヴィ様は賭けに出たわ。」
唐突にウルズラから解説が入った。『ヘーニル』が<シリンダー>を背負った瞬間に、『オーディン』は追加武装の小型ミサイルを発射した。
避ければ<シリンダー>に甚大な被害が出る。『ヘーニル』が避けずにミサイルに当たれば機体に深刻なダメージがあっただろう。『オーディン』に取っては起死回生の逆転だ。『ヘーニル』がミサイルを撃墜しようとしても隙が生じるだろう。
《バーナード!》
ヴァレリーの悲痛な叫びに『ヘーニル』は一瞬躊躇した。だがミサイルを避けると『オーディン』に向かって体当たりを敢行した。そのまま2機は絡み合いながら<シリンダー>を離れていった。
「どっちもどっちね。酷い2人。」
ウルズラはさらりとパイロット2人を非難した。お互い命が掛かった局面だった。だが俺がクスタヴィの立場なら撃たなかっただろう。
バーナードについても同様だ。俺はミサイルを撃墜しようとしただろう。バーナードのあの力量ならば十分にできたはずだ。
俺の手は堅く握り締められている。激しい怒りが俺を包み込んだ。この2人さえ居なければ、俺の両親は死ぬことはなかっただろう。
映像は続いていて<シリンダー>から十分離れたところで2機は離れ、『へーニルの射撃が『オーディン』に引導を渡した。『オーディン』は動かず宙の向こうへと流れて行く。『ヘーニル』も推進剤を使い果たして流されていった。
映像は消え、部屋は明るさを取り戻した。
「私がわかるのはここまでね。この後直ぐにたまたま近くを通りかかったリースマン商会の輸送船に助けられたわ。」
俺は溜息を吐いた。この映像でヴァレリーが、<シリンダー>に被害が及ばないように心を砕いていたことはわかった。だがそれで俺はヴァレリーとスペース・トルーパーに乗れるようになれるとは思えなかった。
「どうしたの?溜息なんて吐いて。」
俺はウルズラの方を見て
「現場の詳細な状況はわかったけど、結局ヴァレリーが関与した事実を補強しただけだなと思ってね。」
と答えた。ウルズラは薄っすらと笑みを浮かべながら
「私たちは所詮道具よ。道具をどう使うかは使用者に委ねられているわ。」
と強烈に批判してきた。
「それは解っているよ。」
ウルズラは頭を振って言った。
「いいえ、解ってないわ。解っていたらヴァレリーに責任を押し付けることはしないもの。」
正論だ。俺が黙っているとウルズラは更に追い討ちをかけてきた。
「貴方はヴァレリーに甘えているだけよ。自分の立場を利用してね。」
そう言われてはっとした。なんとなく俺の中でモヤモヤしていたものの正体が解りかけてきた。俺は自分の不幸についてのやり場のない怒りをヴァレリーに向けているのだ。それはヴァレリーが当事者の近い場所に居たからだ。
本来ならばウルズラの言う通り、決定権のない道具であるヴァレリーにはどうしようもなかったのである。何だか少し実感が沸いてきた。
「いい顔になったじゃない。」
「ありがとう。ウルズラ。なんとなくヒントが掴めた気がする。」
俺の今の顔はきっと憑き物が落ちたようになっているのではないだろうか。
「力になれたのなら何よりよ。人間は生きている限り前に進まなければならないの。過去を振り返ってばかりでは前へは進めないわ。それを忘れないで。」
「あぁ。肝に銘じておくよ。」
俺はおもむろに立ち上がるとエレベーターホールへ歩き始めた。
「おい。帰るのか?」
ラウル曹長が慌てて俺に着いてくる。
「帰る。今、無性にヴァレリーに会いたいんだ。」
帰ったらヴァレリーに謝るのだ。そうすればまた俺はスペース・トルーパーに乗れるようになる気がした。




