宙賊達の楽園編13
ME軍を撃退した後『ロンバルディア』は『トルトゥーガ』のリースマン商会専用港に入港した。こちらの港は誰もが使えるわけではないのでセキュリティが段違いに高い。税関も通る必要がなく街に入るのに通行料も要らず至れりつくせりだ。
しかし『バルバロッサ』内は浮かれた様子はまったくなかった。フリードリヒ大尉はスペース・トルーパーを2機撃墜し、臨時収入が入ることがわかっているが、それよりも俺が『ヘーニル』に乗れなくなったことが『バルバロッサ』内に暗く影を落としていた。
単純に戦力が半減した状態だ。ひとまずリースマン商会の専用港に居る間は安全が確保されていると思って問題ない。問題は『トルトゥーガ』を出た後だ。『トルトゥーガ』の近くでの戦闘はご法度だが800マイルも離れればその限りではない。宙賊同士の諍いなど日常茶飯事なのだ。
フリードリヒ大尉以下『ロンバルディア』の上層部は色々策を考えているようだ。その沙汰が出るまで俺は自室待機となっていた。
俺は『トルトゥーガ』専用端末でひたすら暇つぶしをしていた。ニュースサイトでは防衛戦の特集が組まれていた。観戦ツアーだけでなくニュースサイトまでも従軍して取材をしていたようだ。
動画の中で一際俊敏な動きを見せているスペース・トルーパーがあった。おそらくこれが『オーディン』なのだろう。偽装前の『ヘーニル』や『ローズル』と共通の意匠がある。
そしてその動きはまるで質量などないかのような滑らかな移動をしていた。これがレベル3の力か。その流れるような動きで次々と敵のスペース・トルーパーを撃破していく。それはまるで舞踊もようにも見えた。
それは俺の未来の姿だったかもしれない。だがその望みは絶たれた。
軍は退役だろうな。『へーニル』に乗れない俺に価値なんてない。高校に編入して養父さんの仕事を継ぐか。今までの規定路線だ。
スペース・トルーパーに乗って敵のスペース・トルーパーを打ち倒していく。そんな物語の主人公のような生活はきっと不幸な俺に神様がくれた一時のボーナスステージだったのだろう。
取り止めもなくそんなことを考えていると、目の前に水滴が浮いていた。どうやら俺は涙を流していたようだ。水滴はエアクリーナーによって排気口に吸い込まれていった。
俺は気分転換するために熱めのシャワーを浴び、服を着替えると食堂に向かった。出撃前に食べて以来、何も食べていないことを思い出したのだ。情緒不安定なのは腹が減っているせいだと思い込み、食事を摂ることにした。
食堂には何人かの船員と部屋の片隅にヴァレリーが座っていた。目を瞑っているので充電時のスリープモードになっているのだろう。
俺はパワーバーベンダーでパワーバーを入手すると、ヴァレリーから一番遠い席に座った。と言ってもそれほど広くない部屋なので声を掛ければ余裕で届くだろう。
俺はヴァレリーを見ながら食事を摂ることにした。目を瞑り眠っているように見えても、ヴァレリーのその美しさは少しも損なわれることはなかった。その楚々とした姿は1枚の絵画のようですらあった。
俺はどうすればヴァレリーを許せるのだろう。頭ではヴァレリーに非がないことは理解しているのだ。彼女に決定権はなかった。しかし心のどこかで両親を奪った原因がヴァレリーであると思っている。フリードリヒ大尉の見立てではそれが原因ではないかとのことだった。そして直感的に俺もそれは正しい感じている。
パワーバーを食べ終わり、俺は食堂を後にした。
「グレン!」
自室に戻ろうとした時、後ろから呼び止められた。呼び止めたのはラウル曹長だった。
「どうしたんです?」
ラウル曹長はニヤニヤしながらカードを取り出した。
「この間のジャックポットのメダルを換金してきて貰った。」
なるほど。そのカードの中には大金が入っていると言う事か。するとラウル曹長はもう1枚カードを取り出した。
「これはフリードリヒ大尉からだ。気晴らしでもして来いってさ。」
2枚とも使って良いらしい。豪遊しても十分お釣りがくるほどの大金だ。
「ほらほらさっさと着替えて来い。その格好じゃ、お前は出歩けないだろ。」
ラウル曹長に押し負けて、俺は再びシールド付のメットを被るはめになった。
専用港にはエレカーの停車場があるため、街へのアクセスはかなりよい。以前にも来た真ん中当たりの街までやってきた。
「さて風俗でも行きますか。」
どうもラウル曹長のテンションが高いと思えばそう言うことか。
「この格好じゃ入店拒否だろ。」
シールド付メットにパイロットスーツの風体の男はかなり怪しい。
「生身は難しいかもしれないが<ドールハウス>なら行けるだろ。」
生身は普通の女性が相手をしてくれるところだろう。<ドールハウス>はセックスボットが相手をしてくれるところだ。
「そもそも俺は未成年だしな。」
小さな声でラウル曹長に注意を促す。
「何言ってるんだ。ここは『トルトゥーガ』だぞ。なんでもありだ。」
そう言うとラウル曹長はいかがわしい店が立ち並ぶエリアに向かって歩いて行った。未成年であることはハードルにはならないと言うことか。ちょっと行ってみたいような、格好を咎められて入りたくないような微妙な気分で俺はラウル曹長のあとを付いて行った。
「ここはアジア系みたいだな。」
店の外のモニタには所属しているセックスボット達の映像が流れている。店によって人種を寄せて特色を出しているようだ。隣の店は北欧系のようだ。どれもこれも綺麗だな。でもヴァレリーほどじゃないなと思ってしまった。
やはり俺はヴァレリーの事が好きなのだ。俺が軍に身を置いた理由はなんだ? ヴァレリーと一緒に居たいが為だったんじゃないのか?
「ラウル。行こう。」
「お? 店が決まったか? どの店だ?」
浮き足立つラウルに向かって俺は行き先を告げた。
「リースマン商会へ行く。」




