宙賊達の楽園編10
返電があった翌日、フリードリヒ大尉はヴィルヘルムと連絡を取るため市街地へ出かけて行った。会談ではある程度素性がバレるだろうが、それまでは出来る限り情報を伏せるためだ。そして帰ってきた大尉は何故か髭は生えていたものの、散髪でもしたのか妙にこざっぱりして帰ってきた。
「一体どういう風の吹き回しです?」
フリードリヒ大尉は宙賊ぽさのために良く言うとワイルド、悪く言うと小汚い格好をわざわざしていたのだ。何故急にこざっぱりしたのか聞いてみると、、
「会談は明日になった。それから先方が自分が経営しているリゾートを会談場所に指定してきた。」
と苦い顔で行った。
「それと何の関係が?」
「リースマン商会が経営している高級リゾートカジノはドレスコードがあるんだ。つまり盛装でないと入れないし、清潔感が要るんだよ。」
それで散髪か。しかし盛装とな。
「衣装はどうするんですか?」
「そう言ったところへ行きたい人向けの貸衣装屋がある。宙賊が盛装なんて持ってないだろうからな。会談までにそこへ行って着替えから行く。」
「大変ですね。」
他人事のように俺が言うと、フリードリヒ大尉は不機嫌そうな表情で
「グレンも行くんだよ。」
と言い放った。
「いやいや、どちらかが船に残らないと駄目なのでは?」
「先方からの要請だ。トニーは必須だと。場所を高級カジノにしたのも、お前のパイロットスーツを脱がすためじゃないのか?」
「正体を隠したいならパイロットスーツで行って追い返された方がいいんじゃないですか?」
フリードリヒ大尉は憮然としながら言い放った。
「そういうわけにもいかんだろう。そう言うわけで俺たちが居ない間は船内は第二種警戒態勢だ。あとヴァレリーも連れて行く。」
ヴァレリーも外に出すと危ないので船内待機のはずだ。
「それも先方の要請ですか。」
「お前が目立たないようにするためのカモフラージュだ。」
翌日俺たちは3人で出かけた。港から直ぐにエレカーに乗ったが短い距離でもヴァレリーに向けられる視線はそれはもの凄かった。今は露出が高めな服を着ているのでなおさらだ。俺たち3人は観光でやってきた父親と若く綺麗な母親、そしてその子供に見えるだろう。待遇としては不本意だが目立たないという目的は達成していると思われる。
貸衣装屋に到着すると大尉が店員に予算と目的を伝えて衣装を見繕わせた。それぞれ試着室で手伝って貰いながら着替えることになった。
大尉はフロックコートになったようだ。髪を整えて髭を刈り揃えただけでダンディさがアップして気がする。いつももうちょっとこぎれいにしていた方がいいのではないだろうか。
俺はオーソドックスなダークスーツだ。正直初めて着るので鏡で見ても着慣れていないのが丸わかりだ。
ヴァレリーはアイカラーに合わせた水色のロングドレスで露出しすぎないようにケープを羽織っている。男性陣は馬子にも衣装だが、ヴァレリーはその容貌から高貴さすら漂っていた。衣装でこうも印象が変わるのか・・・。
俺たちは支払いを済ますと直ぐに地下に降りてエレカーに乗り込み、目的地である『ニューベガス』を目指して出発した。
『ニューベガス』もヴィルヘルムのオフィスと同じように地下にエレカーの停車場があり、立派なエントランスに続いていた。昼間だと言うのにそこそこの人が居る。お忍びの観光客と言うのもかなり居るのかもしれない。
中は豪奢な内装で着飾った人たちと相まって現実感のない景色となっていた。この場所は宙賊は逆に浮くだろう。
俺たちが中に入ると直ぐに案内係がやってきた。
「トニー様ご一行ですね。お待ちしておりました。こちらへどうぞ。」
俺たちは促されるままに歩いて行くとエレベーターに辿り着いた。エレベーターに乗り上へ上がっていく。着いた先はさらに高級そうな内装の部屋だった。
そこかしこにテーブルがあり、おそらくVIP用のカジノルームなのだろう。今は案内係と俺たち3人しか見当たらない。
部屋の奥のソファーには2人の人影があった。1人は20代に見える男性でその実60歳を超えると言っているヴィルヘルムだ。ヴィルヘルムもフロックコートを着ていたが、彼の場合は当然貸衣装などではなく、彼自身の持ち物だろう。布や仕立ての良さから高級品であることが見て取れる。癖はあるが美形と言っていいその顔は自信に満ち溢れている。その隣に座るのはヴァレリーに勝るとも劣らない美貌の持ち主でヴァレリーの姉妹機に当たるウルズラだ。彼女は黒いアフタヌーンドレスを身にまとい、大人の雰囲気を醸し出してた。
なんと言うかこの場で一番の場違いは俺だな。フリードリヒ大尉も着慣れている感じはしないが、立ち居振る舞いから生まれの良さが感じ取れる。
ソファーからヴィルヘルムが立ち上がり自己紹介を始めた。
「初めまして。私はヴィルヘルム。そちらの男性はなんとお呼びすればいいかな?」
指された大尉は
「フリードリヒと言います。」
と本名を名乗った。事前のミーティングでも本名で行くこと決まっていたので予定通りだ。
「なるほど。君がトニーでいいのかね。」
今度は俺の方を見てヴィルヘルムが問うた。前回ヴィルヘルムは俺の顔を見ていない。背格好で判断したのだろう。
「はい。トニー改めグレンと言います。前回は偽名を騙り申し訳ありません。」
「いいよ。前回も言ったが『トルトゥーガ』で疑り深いのは美徳だ。」
ヴィルヘルムは鷹揚に答えた。そして隣に控えるガイノイドの紹介をした。
「こちらのガイノイドはウルズラと言う。私の秘書だと思ってくれ。」
「はい。」
フリードリヒ大尉の顔はにこやかだが目は笑っていない。ウルズラは顔もアーシュラのコピーなのだろうか。
「さてさっそくだがこれでも忙しい身でね。単刀直入に聞くが君たちはどこまで情報を提供してくれるのかな?」
「はい。ここに居るグレンの今の情報を提供します。」
そう言うとフリードリヒ大尉は懐から情報チップを取り出し、目の前の机に置いた。
「ほう。」
ヴィルヘルムは一瞬目を細めたが元のにこやかな笑顔に戻った。
「それでそちらの要求は何かね?」
「ここ『トルトゥーガ』に宙賊『バルバロッサ』の専用港を頂けませんか。」
「なるほど。大きく出たね。」
『トルトゥーガ』の専用港は『トルトゥーガ』を支配していると言われる企業のみが持っている港だ。なんでもオールパスで『トルトゥーガ』へ物を持ち込めて、『トルトゥーガ』への入場料もタダだと言われている。あとは港の使用料も不要だ。
「残念だがそれは難しいな。ここに拠点を持つ必要があるからね。」
やはり敷居はかなり高いらしい。宙賊風情では夢のまた夢だろう。
「代替案としては、1隻ならばリースマン商会の専用港の使用権を貸そうじゃないか。」
駄目かと思われたが思わぬ収穫を得られたようだ。これで『トルトゥーガ』での活動は一層しやすくなるだろう。
「ではその条件でお願いします。」
フリードリヒ大尉は握手を求め手を差し出した。
「交渉成立だ。」
ヴィルヘルムも手を差し出し、がっちりと握手を交わした。ヴィルヘルムは情報チップを拾い上げると流れるような手付きで手元の端末へ情報を転送した。しばらくヴィルヘルムは資料を読み込んだ。
「なるほど。基本的な情報は押さえてありますね。」
そう言いながら端末をウルズラに渡した。ウルズラは端末を一瞥するとヴィルヘルムに返した。
「中尉。できれば私の方でも情報を収集したいのですが。」
ウルズラがフリードリヒ大尉に向かって言った。
「この場で取れるなら構いません。」
「では失礼します。」
そう言うとウルズラは立ち上がり、俺の方にやってきて手を握った。ヴァレリーと同じように少し冷たい。
「私の目を見て下さい。」
そう言うとウルズラはじっと俺を見つめてきた。ヴァレリーで大分慣れたと思っていたが、美人に見つめられるのはやはり気恥ずかしい。30秒ほど見つめあっただろうか。
「ありがとうございました。終了です。」
そう言うとウルズラは俺から手を離した。そしてその時コール音が鳴った。
「失礼。」
そう言いながらヴィルヘルムが通信端末を取った。
「私だ。」
相手が何か話しているが俺たちにはわからない。しばらくしてヴィルヘルムが通信を切った。
「少し困ったことになりました。ME軍が『トルトゥーガ』に攻めてくるようです。」




